14.基本の薬草採取
サツキがダンジョン入場免許を取得してから最初の土曜日。
ヒマワリ達は、リヤカーの購入を目指して青熊村ダンジョンの植物ルートを進んでいた。
植物ルートの二階は森。木はそれほど密集しておらず、正規ルートを示すように草が生えていない平らな道が木々の合間に存在する、ダンジョン初心者向けの森林だ。
その森の中で、ヒマワリ達は地面を注視しながらゆっくりと歩いていた。
薬草を探しているのだ。
「あったにゃあ。ムラサキベリンにゃ」
「おっ、本当だ。綺麗な花だね」
「アトピー性皮膚炎を治す塗り薬の材料にゃあ」
「なるほど。じゃあ、これはこっちの袋に入れてと」
ミヨキチが見つけた紫色の花をヒマワリが軍手をはめた手で、丁寧に摘んでいく。
「わん!」
ヒマワリが花を透明なポリ袋の中に入れていると、何かを見つけた犬のホタルが吠えた。
「ホタル、何か見つけたの? あ、これ、ヘンリー草だね。偉い偉い」
ホタルのもとへサツキが近寄ると、ホタルの目の前に薬草が生えているのが目に入った。
サツキはホタルの頭をなでてやり、薬草の採取を始めた。
そんなサツキに、猫のミヨキチが言う。
「ヘンリー草はヘンリーポーションの材料にゃ。ヘンリーポーションは、イギリスのヘンリーさんがレシピを発見した、外傷治療用のポーションにゃ」
「ミヨキチさん、詳しいね。ワイズマンだからかな?」
そんなサツキの問いかけをミヨキチは否定する。
「違うにゃ。あちしの前の飼い主が、薬師系ジョブに就いていた薬剤師だったにゃ。世界的にポーション素材が不足しているとか言って、休日にダンジョンで薬草採取を手伝わされたにゃ」
「それなら、今回の採取も成果が期待できるね」
「ダンジョンごとに植生は違うから、どこまであちしの知識が役立つかは判らないにゃ」
「それでも、知識ゼロの私とヒマちゃんと比べたら、全然違うよ。役所から薬草の冊子は貰ったけど、私には全然見分けつかないな」
「そうかにゃ? それなら、存分に頼るといいにゃ」
ぷすー、と鼻息を飛ばしたミヨキチを見て、サツキはほんわかした気持ちになる。
そして、サツキは軍手をはめた手でヘンリー草を摘むと、ポリ袋に入れる。そのポリ袋を手提げバッグへとしまうと、彼女は再び地面を注視し始めた。
一方、ミヨキチは、手早く薬草を集めるためアビリティの力に頼る。
「≪サーチ≫。にゃっ、あっちにヘンリー草が群生しているにゃ」
物を探索するアビリティを使ったミヨキチが、皆を先導し始めた。
そんなミヨキチを見て、ヒマワリが感想を述べる。
「ミヨキチさん大活躍すぎる。それに、ホタルも匂いで薬草を嗅ぎ分けているし、人間形無しだね」
「そもそも、目の高さが違うよね。犬とか猫は、歩くだけで薬草が目に入ってくるんだよ」
サツキのその言葉に、ヒマワリはなるほどとうなずいた。
やがて、ヒマワリ達は森の順路から外れ、草が生い茂る一角に到着する。そこには、薬草であるヘンリー草が大量に生えていた。
「おー、ボーナスポイントじゃん」
群生するヘンリー草を見たヒマワリが、喜々として採取を始める。
それを見たミヨキチが、ヒマワリに向けて言った。
「あちしとホタルじゃ、薬草を見つけても採取はできないにゃ。持ちつ持たれつにゃ」
「確かに! パーティーは役割分担してこそだよねー」
そうして、一通りのヘンリー草を採取してポリ袋に収めたヒマワリとサツキ。
ポリ袋はパンパンに膨らんでおり、それをヒマワリが肩にかけているボストンバッグへとしまった。
「順調にゃ。ここまでの採取で五千円は固いにゃ」
「おー、そんなに。リヤカーも近づいてきたね!」
ミヨキチの言葉に、ヒマワリが喜んでそう答えた。
「リヤカー代はあちしも少し出すにゃ。その代わり、しっかりしたのを買うにゃ」
「ありがてえ……!」
「くぅーん……」
ミヨキチとヒマワリのやりとりを聞いていたホタルが、リヤカーの購入に関して力になれないことに気づいてしょぼくれる。
「あー、ホタルは別にお金出せなくてもいいんだよ。薬草を見つけてくれるだけで、十分役に立っているから」
それを見たヒマワリは、ホタルの頭をわしわしとなでながらなぐさめの言葉を向けた。
ちなみにヒマワリの手には薬草を摘んだ軍手がはめられているが、ホタルは特にそれを気にした様子は見せなかった。
「そもそも、ホタルはダンジョンの稼ぎはいらないって主張してたにゃあ。出せるお金が存在しないにゃ」
「私達がダンジョンで稼いだお金からリヤカー代を出せば、それは実質ホタルも出資したようなものだよね」
ミヨキチとサツキがそれぞれそんなことを言った。
ホタルは、ダンジョンで稼いだお金を受け取っていない。犬の自分にお金は必要ないと判断したのだ。
一方で、ミヨキチはしっかりお金を受け取っている。お金の大切さを知っているワイズマンであった。
そんなやりとりをしながらヘンリー草を摘んでいると、突然ホタルが鼻をひくひくと動かし始めた。
そして、森の一方向を見て、軽く吠えた。
「敵にゃ? ≪サーチ≫! にゃ、種鳥が来るにゃ」
「むむ、来たな、アクティブモンスター!」
ヒマワリは地面におろしていたボストンバッグから木刀を抜き、構えた。
サツキも警戒をあらわにし、ホタルが見つめる方向を注視する。
アクティブモンスターとは、積極的に人を襲ってくるタイプのモンスターのことだ。ノンアクティブのモンスターしかいなかったダンジョン一階とは違い、二階からはこの性質を持ったモンスターが混ざり始める。
ヒマワリ達が身構えていると、森の奥から「ピュイー」と鳴き声を発しながら鳥が飛んできた。大型猛禽類のサイズをした丸い鳥だ。
その鳥は、ヒマワリの後方に立つサツキの方向へと高速で向かってくる。
速さに対応できなかったサツキは、とっさに目をつぶって身体を縮こめる。
「わん!」
だが、突然サツキの前に現れたホタルが、空中で鳥と衝突する。
それを見たヒマワリが叫ぶ。
「ホタル、ナイス≪かばう≫!」
ホタルが行なったのは、彼女が持つアビリティ≪かばう≫の使用だ。
≪かばう≫は、攻撃を受けそうになった者の代わりに、モンスターの攻撃を受け止める。しかも、攻撃を受け止めるために、空間転移が行なわれるという強力なアビリティだ。
「わわっ、ホタル、大丈夫? ≪ヒーリング≫」
「わう!」
するどいくちばしによる突進を受けたホタルだが、特に怪我をした様子はなかった。それでもサツキが念のためかけた回復魔法を受け、ホタルは元気に尻尾を振っている。
対する鳥モンスターは宙に舞い上がり、再度サツキ目がけて飛びかかろうとする。
「こんにゃろ、後衛を的確に狙いよってからに!」
今度はヒマワリがサツキの前に割り込んで、木刀を構える。その木刀からは、赤いオーラが立ち上っていた。
そして、鳥モンスターと交差するタイミングで、ヒマワリは渾身の一撃を放った。
「吹き飛べ!」
放たれたのは、≪遠当て≫のスキル。赤い衝撃波が、鳥モンスターを巻き込んで前方に飛ぶ。
カウンターを受けた鳥モンスターは、羽をまき散らしながら吹き飛んで、空中で光に変わって消滅した。
その光の中からドロップアイテムが出現し、地面に向けてヒラヒラと落ちてくる。
技の残心を解いたヒマワリは、そのドロップアイテムを空中でキャッチした。
ドロップアイテムは紙製の四角く平べったい袋のようで、表面に文字と絵が書かれている。
「えーと、地上で育つヘンリー草の種F1品種だって。F1?」
どうやら種が入った袋のようだ。だが、見覚えのないF1という表記にヒマワリは首をかしげる。
「F1は、雑種第一代の意味にゃ。その種からヘンリー草を育てて、やがて種を取るとするにゃ。その第二代の種は、育ててもちゃんとしたヘンリー草にはならないにゃ」
「何それ? 変なの」
「今時の農家が育てている野菜は、F1品種がそれなりの数混ざっているにゃ」
「そうなんだ!」
「そうにゃ。そうしないと、農家が自家製で種を用意し始めて、種屋が継続して儲けられなくなるにゃ」
「ふむむ。でも、なんでそのF1品種がドロップアイテムに?」
「ダンジョンの外で継続してヘンリー草が育つと、ヘンリー草やヘンリー草の種を採取しに誰もダンジョンを訪れなくなるからだと思うにゃ」
「ダンジョンは、人に訪れてほしがっているのかな?」
「多分そうにゃ」
パッケージを一通り確認したヒマワリは、地面に置いたボストンバッグのファスナーを開け、中に種の袋を入れた。
その後ろでは、サツキがホタルにかばってもらったお礼のなでなでを行なっている。
「でも、ダンジョン側もヘンリー草って名前使っているとか、ウケる」
パッケージの文字を思い出したヒマワリが、そんなことを言って笑う。
「≪物品鑑定≫の結果もヘンリー草と出るにゃ。これはもう、ダンジョンの神様とジョブレベルの神様双方から、ヘンリー草が認められている証拠にゃ」
「イギリスのヘンリーさん、大出世すぎる」
そんな言葉を交わして、ヒマワリ達は薬草採取を再開させる。
ダンジョンで採取した薬草は数日で元通りに生えてくると言われているが、それでも競合相手がいるとダンジョン低層では薬草を数集めるのは難しい。
しかし、ここは過疎化した村にある不人気ダンジョン。競合相手など誰一人おらず、ヒマワリ達は存分に薬草を集めていった。
次回更新は8月14日(月)です。