11.五月のダンジョン研修
五月中旬。学校から帰宅したヒマワリは、飼い犬のホタルと猫のミヨキチをともなって、ダンジョン入場施設へ訪れていた。
彼女はダンジョンに入ることなく、ダンジョン入場門の前でスマホをいじっている。
しばらくスマホでSNSのリプライを確認していると、彼女のいる入場門へ他の者が近づいてきた。
「ヒマちゃーん! お待たせ!」
やってきたのは、ヒマワリの幼馴染みであるサツキだ。
長い黒髪をポニーテールにして、服装は学校指定のジャージを着こんでいる。いかにもこれから運動をします、といった格好だ。
だが、一つだけ異彩を放つ物がある。手に鉄パイプを握っているのだ。
そんなサツキに、スマホから目を外したヒマワリが声をかける。
「おっ、サツキちゃん。ダンジョン講習どうだった?」
「事前に勉強した通りだったかな」
「ねっ、簡単だよね」
「簡単なのは、国の役人が頑張った結果ですよ」
サツキの後ろから、村役場の職員である剣崎がやってきて、ヒマワリに向けてそう言い放った。
剣崎の格好は、動きやすいスポーツウェアだ。右手に柄の長いハンマーを握っていて、これからダンジョンへ向かう事実が察せられる装いだった。
ちなみに、左腕には金属製の箱を抱えている。ヒマワリのダンジョン研修でも使った、スライム捕獲用の箱だ。
「まあ、十六歳以上ならどんな人でも受けられる講習だから、簡単にもするか」
ヒマワリは、肩にかけたショルダーバッグにスマホをしまい、バッグに挿していた木刀を抜いて右手に握った。
「よーし、ダンジョン行くぞー!」
「張り切っているところ悪いですが、今回はサツキちゃんのダンジョン研修なので、基本的にスライムしか相手しませんよ」
木刀を天に突きつけるヒマワリに、剣崎がそんなことを言った。
対するヒマワリは、木刀を下げ、剣崎に向けて言う。
「サツキちゃんがレベル1になったら、そのままダンジョン攻略とか駄目かな?」
「駄目です。ダンジョン攻略はダンジョン入場免許の取得が必須ですよ」
「ああ、そっか。ダンジョンシーカーにならないと、奥に行っちゃ駄目なんだ」
「そうですね。勝手に奥へと向かおうとする若者をどつき回すのも、指導員の役目です」
剣崎はそう言って、ハンマーを軽くコンクリの床に打ちつけた。
それを見て、ヒマワリは「ひえっ」と小さく悲鳴をあげる。
「さて、それではダンジョンに向かいましょう。ヒマちゃんも付いてくるなら、受付は済ましてくださいね」
「もう済ませてあるから大丈夫ー」
いつもはダンジョン入口の受付をしている剣崎だが、今日はサツキのダンジョン研修を担当するため、受付は別の職員が担当している。
剣崎が休みの土日にダンジョン受付を担当しているおじさん職員だ。
剣崎はそのおじさん職員にぺこりと会釈をすると、サツキをともなってダンジョン入場門へと向かっていった。
入場門には隔壁があり、ダンジョン入場免許証のICチップを読み取ることで開けることができる。
入場門の開放は基本的にパーティーのリーダーが免許証を提示するだけでよく、隔壁は開放から一分間開き続けるため、この間に他のメンバーやリヤカーなどを入場させることができる。
剣崎とサツキが入場していき、それをヒマワリが見送る。そして一分後、隔壁が閉じたので、あらためてヒマワリは免許証を提示して隔壁を開けた。
剣崎とヒマワリはそれぞれ別のパーティー扱いなので、こうして別々に入場する必要があった。
ちなみに、なぜ厳重な隔壁がダンジョン入場門に作られているかというと、ダンジョンが地球に生まれてから初期の頃は、ダンジョンからモンスターがあふれ出すのではないかと懸念されていたからだ。
だが、その傾向はないと今では判断されていて、新しくできたダンジョンなどは、駅の改札に似た簡易な入場ゲートが設置されるようになってきている。
そんな入場門をくぐって、ヒマワリはダンジョン内部へと突入する。
上に青空が広がる草原で、サツキがそわそわとしながらそこらを転がるスライムに目を向けているのが、ダンジョンに入ったヒマワリから見えた。
一方、剣崎はヒマワリが入場してくるのを待っていたのか、金属の箱を足元に置いた状態でヒマワリの方をじっと見つめていた。
「お待たせー」
ヒマワリがそう言って、サツキ達の方へと歩み寄り、その場にしゃがんでホタルのリードを首輪から外した。
その様子を確認した剣崎が、高らかに告げる。
「それでは、五月度の青熊村ダンジョン研修を始めます。今回こそ、おかしな例外が起きないことを望みます」
そんな剣崎に、ヒマワリが茶化すように言う。
「サツキちゃんもスキルに目覚めたりして」
「本当にやめてくださいね!? 四月は何度も外部からのダンジョン研修を受け入れて、てんてこ舞いだったんですから!」
ヒマワリがスキルの力に目覚めたことで、国の役人は青熊村ダンジョンを使えば、他にもスキルを獲得する者が出るかもしれないと予想した。
そしてダンジョン研修をまだ受けていない十六歳の若者から希望者を募り、青熊村ダンジョンでスキルに目覚めるかの検証を行なった。
結果は、全員普通にレベル1になりジョブとアビリティを取得しただけで終わった。
そのことから、スキルの習得は場所由来のものではないと判断された。だが、ここでサツキがスキルに目覚めると、また面倒な検証作業が青熊村を舞台に始まるかもしれない。剣崎はそう懸念しているのだ。
せっかく田舎ののんびり生活を満喫しているのに、激務は勘弁してほしい剣崎だった。
「サツキちゃんは、もしスキルに目覚めたらどうする?」
剣崎の剣幕に引いたヒマワリが、今度はサツキにそう尋ねた。
「スキルは困るかな。私は普通にジョブが欲しいなぁ。私、ヒマちゃんみたいに努力家じゃないから、モンスターを倒すだけでいいジョブの方が嬉しいな」
「およよ、スキル仲間欲しかったのに」
「でもヒマちゃん、オンリーワンのスキル使いとかよくない? 私もなるとオンリーワンじゃなくなっちゃうよ」
「それな!」
そんな女子高生二人の会話を剣崎は「若いなぁ」としみじみ感じながら、見守っていた。
そして、会話が収まったところで、剣崎は研修を進める。
「それでは、サツキちゃんにはスライムを倒してもらいましょう。ジャージだと、アルミラージの突進は痛いですからね」
「確かに、痛いのは嫌です」
剣崎の言葉に、同意するようにうなずくサツキ。
その様子を確認した剣崎は、手に持っていたハンマーを草地に置き、近くを転がっていたスライムを捕獲しに向かった。
スライムは自発的に襲ってこないノンアクティブのモンスターだ。警戒心もなく、簡単に捕まえることができる。
そのスライムを剣崎はさっと腕に抱え、ヒマワリ達のもとへと戻ってくると、地面に置かれていた金属の箱にスライムをすっぽりとはめこんだ。
「はい、捕まえました。この中のスライムを突いてください。無事に倒せれば、サツキちゃんもレベル1です。……レベル1になってくださいね?」
「レベル1を目指します!」
鉄パイプを両手に握って、サツキは箱に近づいていく。
そして、箱の前に立つと鉄パイプで必死にスライムを突き始めた。
「えいっ! えいっ!」
それも、ものすごいへっぴり腰でだ。
「うーん、サツキちゃん、これで近接戦闘系ジョブが生えたら大変なことになるぞ」
スライム相手に奮闘するサツキを見ながら、ヒマワリがそう言った。
そんなヒマワリに、先ほどからずっと無言で見守っていた猫のミヨキチが言葉を放つ。
「本人が望んでいないかぎり、戦闘系の職には就かないにゃあ」
「もしサツキちゃんが望んでいたら?」
「その通りのジョブが発現するにゃ。でも、望んでいたにゃ?」
「サツキちゃんの志望ジョブは……」
と、ヒマワリが言いかけたところで、スライムが弾け、サツキの足元から光が立ち上った。
「おー、サツキちゃん、レベルアップおめでとう!」
レベルアップを知らせるエフェクトに包まれたサツキのもとへ、ヒマワリが駆け寄っていく。
そして、スライムへの攻撃で息を切らすサツキに、ヒマワリはハグをした。
「わっ、ありがとう、ヒマちゃん」
それを見ていた剣崎も、スキルの発現ではなく、無事にレベルアップをしたことに安心しながら言う。
「おめでとうございます、サツキちゃん。ステータスウィンドウを呼び出して、ジョブとアビリティの確認をしてください」
「はい。では……、『オープン・ザ・ステータス』」
ヒマワリにくっつかれたまま、サツキは不安そうな表情で、ステータスウィンドウを呼び出す文言を唱える。
すると、サツキの目の前にステータスウィンドウが展開する。それを見たサツキは……いきなり涙ぐみはじめた。
そんな様子にギョッとする一同。ヒマワリはサツキからあわてて離れながら言った。
「ど、どうしたサツキちゃん。変なジョブでも出ちゃった!?」
「ううん、違うの」
サツキは、ステータスウィンドウを操作して、内容の公開をしようとする。だが、手が震えているのか、上手く操作ができないでいる。
「ずっと、なりたかった系統のジョブになれたの」
ようやく操作が終わって、ヒマワリの目に飛びこんできたステータスウィンドウのジョブ欄には、こう書かれていた。
『メディカル・スペルキャスター』、と。
「憧れのヒーラーになれたよ、ヒマちゃん。これで、ヒマちゃんと一緒にパーティーが組めるね!」
そう言いながらサツキは歓喜の表情で笑みを浮かべると、ヒマワリの手を取り、全力で上下に振った。
キャッキャウフフと喜び合う女子高生二人を、剣崎はまぶしい物を見るような目で見つめる。
あんな時代も私にもあったなぁ、と学業の合間にダンジョンシーカーをしていた、六年以上昔の大学生時代を剣崎は思い出すのだった。
次回は8月5日(土)の更新となります。