早くも折れた悪役令嬢フラグ 〜王太子の初恋〜
彼女と初めて会ったのは、八歳の時だった。
その日は母である王妃が、私と近い年頃の令嬢を集めてお茶会を開いていた。未来の王妃を見定める……というほどではないが、作られた出会いの場。そこでは何人もの令嬢が挨拶にやって来た。そのうちの一人が彼女、スカーレット・フォン・ベルンシュタイン公爵令嬢だった。
ウェーブを描く金髪に、猫目の紅い瞳。幼くも華やかさがある見た目で、真紅のドレスがよく似合っていた。
私の叔母にあたる公爵夫人と共に、私と母の元へ挨拶にやって来た。
「おっ、お初に目にかかります。ベルンシュタイン公爵家が娘、スカーレット、です」
緊張したように挨拶をするのは、他の令嬢達と変わらない。だが彼女はその後、他の令嬢達のように私の元に来ることはなかった。ちらちらと私を伺いながらも。
それから正直言って、スカーレット嬢とは関わりがなかった。精々、宰相から娘が可愛いという話を延々と聞かされるぐらい。
そんな時、入学した魔法学園で同じ科目を選択した。使える魔法の属性は人、もしくは家系それぞれ。魔法実技の授業は同じ属性の者と共に参加する。
私は雷属性と光属性を持つ。そして、スカーレット嬢は火属性と光属性。同じ光属性持ちなので、共に魔法の授業を受けることになったのだ。
「スカーレット嬢。あなたと共に学べて嬉しいよ。共に頑張ろう」
と授業初日、声をかけると
「は、はいっ。そうですね……っ」
となにやら顔色悪く答えた。体調が悪いのかと聞いてみたが、緊張しているだけだと。……本当に大丈夫かな?
スカーレット嬢はいつも挙動不審だった。チラチラとこちらを見て、用があるのかと話しかければすぐに会話を切り上げて逃げるように立ち去る。自分から話しかけてくることは滅多になく、同じ空間にいてもいつの間にかいなくなっている。
「……私はなにかしただろうか……」
スカーレット嬢との記憶を遡っても、心当たりはない。ならば宰相がなにか吹き込んだのでは? と宰相に探りを入れても特に反応はない。
理由が気になり、スカーレット嬢を意識するようになった。そこでわかるのは、スカーレット嬢が見た目の華やかさとは裏腹に物静かで穏やかなこと。読書……特に恋愛小説が好きで、涙脆いこと。常にハンカチではなくタオルを持っている。感情が顔に出やすく、誤魔化す為に人と会う時は黒くも派手な扇子で口元を隠すこと。動物好きで、学園の裏庭に居着く猫の親子をこっそり見守っていること。
「もう恋じゃね?」
とは私の側近であるガストンの言葉。
「恋……?」
「殿下がスカーレット嬢に。めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか」
私は愕然とした。
「いや。私はただ、彼女の反応の理由が知りたくて……」
本当に? 本当は、見た目や身分からは想像出来ないスカーレット嬢の姿に惹かれているのでは?
だが、私には婚約者がいる。コルネリア・フォン・シュネルドルファー公爵令嬢。王妃となるべく、日々真面目に研鑽を積む彼女に不義理は出来ない。私は覗きかけた感情に、ひっそりと蓋をした。
その数週間後のことだった。コルネリア嬢とは月に何度か、二人で会う。王宮の庭で茶会をするのが普段のこと。今日もそうだった。
「婚約を白紙にしていただきたいのです」
コルネリア嬢は意を決したように言った。
「婚約を?」
私はドキリとした。もしかしたら、スカーレット嬢への想いが彼女にバレてしまったのかと。そのように不誠実な男に嫁ぐことに嫌悪したのか。
「わたくしは外交官になりたいのです」
「……外交官?」
違ったことに思わず安堵してしまった。
同時に、彼女の言葉に納得した。コルネリア嬢は女傑という言葉が相応しい、凛とした令嬢だ。外国語が得意で、国外の文化や歴史にも大きく興味を持っている。
「幼い頃からの夢でした。殿下には申し訳ないのですが、わたくしは夢に生きたいのです」
緑の瞳が鮮やかに輝いている。まるで、コルネリア嬢の未来を示すように。それを見て、私も決心した。
「では、私は愛に生きようかな」
そうと決まれば、私は早速、父でもある国王陛下に会いに行った。
「ということで、コルネリア嬢との婚約を白紙に戻したいと思います」
「コルネリア嬢からもそのような申し出があった。確かに、彼女の才能は我が国では収まらないかもしれないな」
父はわりと話がわかる方だ。国内外で賢王とも名高い。私は思い切って、自分の意志を伝えた。
「私はスカーレット・フォン・ベルンシュタイン公爵令嬢を愛しています。どうか、臣下に降り、彼女と結婚する許可をいただきたい」
「なに?」
流石の父も大きく目を見開いた。スカーレット嬢の父親である宰相もである。
「次期王はどうする」
「弟のシリウスならば、見事全う出来るでしょう。その婚約者であるテレージア嬢も、王妃に相応しい教養を兼ね備えています」
本来ならば、スカーレット嬢が王妃になる方が少ない変化で済んだと思われる。だが、残念ながらスカーレット嬢に王妃の地位は重たいだろう。
弟に押し付けてしまうようで心が痛むが、先程テレージア嬢共々に話したところ、応援してもらった。弟と未来の義妹の器の広さには頭が上がらない。
「うーむ……。確かにシリウスとテレージア嬢は万が一に備えて相応の教育を施したが……」
チラッと父が宰相を見る。
「殿下が婿入りしてくださるならば、心強いですが……。スカーレットはこのことを存じているので?」
「いや……。恥ずかしながら、まだ。陛下や宰相に許可を得てから求婚したいと考えています」
「スカーレット嬢が受け入れてくれなかった場合は?」
「諦めます。そのまま、私が即位後にシリウスがいただくはずだったものをいただければと思います」
「妥当だな」
父が頷いた。
「許そう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
それからはいつも以上に忙しかった。必要な書類にサインしたり、私の側近となる筈だったガストンらに話を通したりと。彼らも私の決意を後押ししてくれた。というか――。
「スカーレット嬢とどうやって結ばれるか心配だったんですよ」
「良かったですね、殿下。玉砕しないよう、頑張ってください」
「ありがとう」
どうやら、幼馴染でもある彼らには私の感情は筒抜けだったらしい。
少しして、私はようやく、スカーレット嬢に求婚することとなった。宰相から紹介してもらう形で、公爵邸へと訪れる。
婚約者候補が来ると聞かされたらしいスカーレット嬢は、華やかに着飾っていた。初めて会った時に着ていたのと同じ、真紅のドレスがよく似合っていて、とても美しい。何度も脳内でシミュレーションしたというのに、一目見たら全てが吹き飛んでしまった。
王太子であるはずの私が現れたことに、スカーレット嬢はとても驚いているようだった。何度か応答を繰り返して、ようやく時が来た。
「スカーレット・フォン・ベルンシュタイン嬢」
「!?」
ソファーに座る彼女の足元に跪くと、スカーレット嬢は顔色を変える。慌てたように同席する宰相夫妻を見るが、宰相は厳しい目で私を見詰め、叔母上はどこか微笑ましげに私とスカーレット嬢を見ている。宰相はともかく、叔母上は歓迎してくださっているらしい。
「どうか、私と結婚してほしい」
もっと気の利いた台詞はなかったのか! 言ってから思ったが、後には戻れない。用意していた婚約指輪を差し出す。スカーレット嬢の瞳と同じルビーか、私の瞳と同じサファイアか迷ったが、結局はダイヤモンドがいくつもついた指輪を選んだ。なんでも、『永遠の愛』の意味を持つとか。
スカーレット嬢が答えるまでの間は、永遠にも感じられた。
「……はい……。喜んで……」
ほんのりと頬を染め、消え入りそうな声で答えたスカーレット嬢。その答えに私は歓喜した。
その華奢な手を取って左手の薬指に指輪を嵌める。スカーレット嬢はこそばゆそうな顔をして、慌てたように派手な扇子を開いて顔を隠してしまった。可愛い。
「私のことはどうか、シルと呼んでほしい」
少しでも親しくなりたいと、そう提案した。
「わかりました……。では、わたくしのことはどうぞ、レティと」
レティ、と早速呼ぶと、彼女は恥ずかしそうに扇子で顔を隠す。それが堪らなく嬉しかった。