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賭場へ行こう

 鋭い金属音――刀が何度も交差する音が辺りに響く。

 流石に五対一はきついなと鴎は思いつつ、壁を背にした。

 多数との戦いでは背後を捉えられることは死を意味する。


 一方、刺客たちもなかなか鴎を仕留められないことに焦っていた。

 雇い主から確実に殺すようにと厳命されている。

 小道とはいえ、人がやってこないとも限らない。


「どけ……俺がやる……」


 前に進み出た男はこの刺客たちの頭らしい。

 誰も文句を言わず、さっと譲った。

 先ほど鴎と話しかけた男と同一人物だった。


「こいつは、なかなかの使い手だな……」


 鴎も一通りの剣術を修めている身である。

 相対してどれほどの使い手か分かってしまう。

 加えて四人……こりゃ危ういなと思っていた――


「岡っ引きさん! こっちだよ! お侍さんたちが喧嘩している!」


 大声で喚く女の声。刺客たちは頭の男にお伺いを立てた。

 頭の男は舌打ちして「退くぞ」と言う。


「命拾いしたな」

「ふん、お前さんこそな」


 急いで声のするほうと逆へ走る刺客たち。

 そこへ蕎麦屋の娘、お菊が岡っ引きを連れてやってきた。


「鴎さん! 大丈夫かい!?」

「なんだ、お菊か。ありがとうな」


 刀を納めて礼を述べる鴎。

 それから岡っ引きに事情を話そうとする――


「ああ、旦那。何があったんですか?」


 蓮次郎がぶっ倒れているところへ岡っ引きたちが集まっている。

 どうやら斬り合いの緊張感に負けて気絶してしまったようだ。


「やれやれ、面倒なことになったな」


 鴎の面倒臭そうな言葉は目を回している蓮次郎には届かなかった――



◆◇◆◇



「そんで、お前さんはどうして田所重左エ門を探しているんだ?」

「上役の与力の杜若様に言われて……」


 お菊の蕎麦屋に一度運ばれた蓮次郎。

 少しの間、奥の部屋で横になっていたがようやく目を覚ましたので、鴎は話を聞くことができた。

 岡っ引きたちはこの場にはいない。気絶した蓮次郎に呆れてしまったのだ。


「理由は分からない。多分、難題を押し付けて私を免職させようとしたのだろう」

「ふうん。なるほどねえ」

「そっちはどういう理由で田所を?」


 鴎は声を落として「草間一家、知っているだろう?」と問う。


「草間一家って浅草の極道だろう?」

「その若頭を殺されてしまってよ……お前さんもさっき見ただろう」

「そういえば、言っていたような……それとあんたは何の関係が?」

「いちゃもんつけられて、若頭殺したのを俺のせいにさせられそうになった。その濡れ衣を何とかするために、俺ぁどうにか田所を見つけねえといけなくなった」


 何とも曖昧であやふやな説明だった。まともに話すつもりはないらしい。

 蓮次郎は「それは大変だな」と同情した。


「仕方ねえから手がかりのところまで歩こうと思ってんだけどな。途中、葉村の若頭が死んだところに手でも合わせようと思ったら、お前さんが田所を探しているって分かったんだ。なんか知っているかもしれないと考えたんだが……」

「わ、悪かったな。何も知らなくて」

「分かったことと言えば、お前さんは体格だけの見掛け倒しだってことぐらいだ」


 酷い言いようだが、醜態を晒した後なので蓮次郎は何も言えなかった。

 鴎は「ま、しゃあねえか」と立ち上がった。


「そんじゃさようなら。店には金、払っておいたから。ゆっくり休むんだな」

「そ、そういうわけにはいかない。あんた、さっき手がかりのところに行くって言っていたよな?」


 図体の割に細かいところに気づく男だと鴎は思いつつ「それがどうした?」と問う。


「お前さんのような度胸もない野郎が近づけるところじゃねえぞ」

「うっ……でも手がかりがあるのなら行かないと」

「行っても役に立たねえよ」


 冷たい言葉だったが蓮次郎は「さっきの話からして、田所は葉村ってやくざ者を殺したんだろう?」と問う。

 鴎は返事をしなかった。


「だったら――捕まえないと。私の免職がどうとか、関係なく」

「……その心は?」

「人殺しを野放しにすることは、同心として見過ごせないことだ。市井の人々のためにも、何とかしないと」


 立派過ぎる真っすぐな言葉だった。

 捻くれ者で浪人の鴎には痛いほど響いてしまう。

 鴎は「偉そうに、ご立派なことを言いやがる……」と笑った。


「さっさと行くぞ。忘れ物ないようにな」

「あ……う、うん。じゃなかった、分かった」


 どうして鴎が同行を許可したのか。

 そして嬉しそうな顔をしたのか。

 鈍い蓮次郎には全く分からなかったのである。



◆◇◆◇



 二人が訪れたのは浅草の裏道にある賭場だった。

 人相の悪い男どもが己の欲望を満たそうと出入りする。


「ほ、本当にこんなところにいるのか?」

「草間一家が美津濃会のシマを荒らしていたのは、さっき話しただろう。田所は殺しもやる極悪人だ。美津濃会のやくざが依頼した可能性がある」


 ビビっている蓮次郎を余所に、鴎が中に入る。手慣れているのだろう。

 鴎が姿を見せると「鴎の旦那、また負けに来たのかい」とからかう三下の声がした。


「うるせえな……札買うからよ。さっさと用意してくれ」

「ひひひ。負けるって分かっているのによう」


 どうやら鴎はここの常連客だったらしい。

 ある程度札を買うと少しだけ蓮次郎に渡す。


「ほれ。それで遊んでいろ」

「はあ……なんで?」

「美津濃の会長と話すんだよ。その間、お前さんは暇だろ?」


 それなら外で待たせてくれればいいのにと蓮次郎は思いつつ、素直に札を仕舞った。


「遊び方、分からないんだけど」

「とんだお坊ちゃんだな。そこの丁半博打なら簡単だろう……三下に聞け」


 鴎はそれだけ言い残して奥の間へと向かう。

 数人の見張りがいて、鴎が通ろうとするのを止める。


「会長の話が聞きたい。通してくれ」

「得物は預かります」


 大小の刀を見張りの者に預けると、襖がすうっと開けられた。

 そこには三十代くらいの若い男が遊女を侍らかしていた。

 その男は鴎の姿を見るなり「おー、鴎じゃねえか」と軽く挨拶した。


 男は二代目会長の美津濃実という。先代が先の抗争で亡くなって以来、若くして跡を継いだのだ。丸坊主の強面の男で、海坊主のような外見をしている。


「久しぶりだな、会長」

「随分とご無沙汰じゃねえか。何の用だ」

「田所重左エ門、見ていますか?」


 美津濃会長は「単刀直入だなあ」と欠伸をして、遊女を下がらせた。

 鴎の前におちょこに注がれた酒が置かれる。

 一気に呷ると美津濃会長は「てめえ、俺の仕業だと思ってんのか?」と訊ねる。


「草間一家の若頭は不義理なことをしていたからなあ」

「やってねえよ。むしろ草間とはその件に関して、手打ちになってんだ」

「はあ? シマを奪われても黙認していたのか?」


 美津濃会長はにやにや笑いながら「複数の賭場との交換で取引している」と答えた。


「ここ以外にも事業を拡げたくてな」

「ま、お前さんなら上手くやれるだろうな。器量がある」

「下手な褒めはむずかゆいだけだ……だから田所重左エ門には依頼していねえ」


 半ば予想していたことなので、鴎は「だろうなあ」と頷いた。

 しかし空振りというわけではなく、鴎は美津濃会長に「でも田所重左エ門の居所は分かっているよな?」と言う。


「知っているというか、田所の野郎に依頼する方法を知っているだけだ。呼び出すことはできん」

「その方法自体は?」

「馬鹿じゃねえか。教えるわけねえよ」

「そこをなんとか……」


 美津濃会長は「多分、田所は葉村の若頭を殺してねえよ」と言う。

 鴎は「その心は?」と問う。


「それは――」

「会長! 大変です!」


 側近の者が慌てて部屋の中に入ってくる。

 美津濃会長は「どうした?」と応じた。


「賭場で馬鹿勝ちしている野郎がいて、とんでもないことになっています!」

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[一言] 次の更新を楽しみにしております( ´∀`)bグッ!
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