(短編) 自転車通学
いつもの道。いつものコース。
住宅街の中をくぐり抜けて、最初の信号のところまで来た。
ここの十字路は信号が長くて、朝のわりには車の行き来が多いから、通学の子供たちはみんな気をつけてゆかなくてはいけない。
でもほんの30分はやく出発するだけで、今あたしの他には誰もいない。
あたしはペダルが大きく上がったまま、一緒に脚が持ち上がる姿勢で信号の前に停める。
膝よりだいぶ上げたスカートの端が、脚につれられて微妙にめくりあがる。
太ももの裏とお尻。そのどちらとも言えない、あの名前のつけられないあたり。
微風が肌をなでてゆき、いくらかは太ももの奥にも届く。
誰かの指がくすぐっていったみたいで、その一瞬の妄想にゾクッとした
車がやってくる。ありふれた白の乗用車だ。
信号は青だから、ふつうに通り過ぎていく。
でも運転している男の目は、通りすがり時にあたしの足をじっと見つめてた。
近づく時から。目の前まできた時も。横をすぎるその瞬間まで。
あたしの足が焦げてしまえというみたいに、熱い目で見つめながら。
あたしの血が、お腹から喉のあたりまでせりあがってくる気がしてくる。
それと一緒に鼓動が早くなる。
知らない男の目が、あたしの太ももに届いた。
あたしの肌を撫で、こすって、掴んで、痕がついてしまえと熱を残して去っていく。
次の車は、あたしに気づいて微妙にブレーキを踏んだ。
そしてまたもとに戻した。
近づきながらあたしを見てたけど、目の前に来たときには視線を外してくる。
" それでバレないと思うわけ? "、と、唇だけをうごかしてみる。
だって、この人の気配は届いているんだもの。
車の中から、見えない触手が伸びてきてる。それがあたしの足を這いまわってる。
横を通り過ぎる一瞬、その目は真横にこっちに向けてきた。
憎んでるような、殴りつけるような、堅い視線だった。
それが何台も。何台も。
1瞬を1分にも感じそうな、濃い目が通り過ぎた。
あたしはもう、鼓動と息が高くなったまま、それを止められなくなってる。
何人もの手でさわられまくったのと同じみたいに、太ももが痺れてる。
あの人たちの想像の触手は、その奥にだって届こうとしてた。
そのねばっこい視線がいまも、あたしの網膜に残ってる。
信号が変わった。あたしはペダルを漕ぐ。
あたまがぼうっとして、サドルの当たる感触で腰がジンジンする。
その全部が去っていくまでに、20分はかかるだろうな。
そして明日の朝も、同じようにあの十字路で足を止めるのだ。