カルネ村の災厄
首都近郊、カルネ村にて。
普段の昼間であれば首都に向けた旅人が往来するだけの、何もないのどかな田舎村だ。
しかし今、この地は赤く染まっている。
藁の屋根と木の柱でできた民家が、盛大に燃えていた。
「うらぁああああああああああああああああああああああああああっ!」
燃える民家を激しく蹴り飛ばしたのは、皆斗だった。
家はもともと強度が下がっていたのだろうか、皆斗の蹴りに耐えられず潰れてしまった。
「いい加減にしろよっ! 裕也裕也って、あいつのことばかり勇者扱いしやがってよぉ!」
人が住んでる家、なんだよな?
こいつら、なんてひどいことを……。
「俺たちがあいつに負けるわけがねぇんだよ! この世界の住人どもに、俺たちの力を見せつけてやるぜ! 俺が勇者だ! 俺が最強だ! もっと俺を敬えっ! 愚民どもがっ!」
そ……そんな……。
裕也に嫉妬して、この村を襲ったのか?
いや、待て……。
これは、おかしいぞ?
俺は皆斗たちには戦闘職は与えてない。それに伴ってステータスもさほど高くないから、奴らが村人を圧倒できるはずがないんだ。
カルネ村は首都に近い村だ。俺が適当に配置した住民NPCは50人を超えている。この騒ぎならさすがに抵抗もするだろう。戦闘力がそれほど高くない皆斗たちは、その反発に抗えないはずなのだが……。
じゃあ一体、どうやって皆斗たちはこんな大惨事を引き起こしてるんだ? まさか……裕也が手伝ってるなんてことは……。
その答えを、俺はすぐに知ることとなった。
「止めろおおおおおっ!」
おそらくは、農民の一人なのだろう。
鍬を片手に皆斗たちに襲い掛かった。
「っとっ!」
皆斗は回避する。
戦闘職でない奴にとって、農民の攻撃ですら脅威だ。
「ははっ、農民無勢が粋がるなよっ! 俺を誰だと思ってやがる! 分からせてやらねぇとなぁおいっ!」
皆斗が手を構えた。
農民に魔法を使うつもりか?
「――〈カース〉」
これは……この前裕也が使っていた……。敵を状態異常にするための魔法。
状態異常、呪い。
この状態異常にかかったキャラクターはすべての回復魔法の効果が反転し、ダメージを受ける。
皆斗はヒーラーだ。相手のHPを回復させる魔法に特化している。
そのままでは攻撃ができない。が、もし呪いの状態異常を相手に付加することができれば……攻撃することができる。
皆斗の奴……まさか。
「〈ヒール〉!」
続けて、皆斗が回復魔法を使う。
本来であれば相手を癒すための魔法。だが今、状態異常『呪い』を付加された農民にとっては……。
「ぎゃああああああああっ!」
死に至る一撃。
農民は皆斗の魔法によって体力を削られ……死んだ。
嘘……だろ。
まさか、こんな方法で……。
これは……効率の悪いやり方だ。
〈カース〉はそれなりに魔法力を使用する。もちろん回復魔法である〈ヒール〉もだ。そしてモンスターの体力は人間のそれよりもかなり高い。
つまりこの方法でモンスターに攻撃を仕掛ける場合、労力の割にあまり体力を削ることができない。人間単位の回復がモンスターの体力に追い付かないからだ。
だが、今の相手はただの一般市民。
たとえ効率の悪い戦い方であったとしても、相手を倒すことは十分に可能だった。
「あはははははっ! あるじゃないのっ!」
続いて、隣から少女の笑い声が聞こえた。
若菜だ。
若菜は両腕に抱えているのは、服やアクセサリー、それに化粧品だった。
「は、放せっ!」
旅人なのか、それとも役人なのか知らないが、身なりの良い男女が家の近くで叫んでいる。
これは……植物か?
彼らはツタのような植物を全身に巻き付けられ、身動きが取れない様子だった。
職業農夫の若菜は作物を育てることができる。
本来は生産スキルだが、これを悪用し豆のツルを極限まで増殖させ、相手を絡めとったということか?
「うるさい蠅ね。こんな田舎世界の田舎住人が。あんたなんかがきれいな服やいい化粧品使っても無駄なの。あたしは選ばれた勇者なの。裕也なんかじゃなくてあたしがもっと強く美しくあるべきなの。田舎豚は土にまみれて雑草抜いてるのがお似合いよ」
「こ、こんなことをしてただで済むと思うなよっ! 必ず天罰が下るっ! この強盗どもがっ! 恥を知れっ!」
「……畑の肥料になりたいみたいね」
そう言って、若菜は懐からガラス瓶を取り出した。中には琥珀色の液体が入っている。
栄養剤か。
農夫はああいった植物を成長させる薬剤を調合することに長けている。
若菜は瓶の蓋を開け、ツタの生えた土のそれを垂らした。
すると、ツタが急激に成長を始める。
「あ……あああああああ……あ……あ……」
ツタで首が締まりすぎたのか、それとも口を塞がれ窒息したのか……どちらかは分からない。
ただ、身なりの良い男女は力をなくし、地面に倒れこんでしまった。
また、人を殺した。
ほかにも、鍛冶屋が鉱物化した農民の身体を砕いたり。
道化師がナイフ投げを失敗して体に突き刺したり。
清掃員が洗剤を使って毒の霧を生み出したり。
俺は頭が痛くなるのを感じていた。
な、なんて奴らだ。創造主である俺でさえ考えていなかったゲームの抜け道を……自力で発見してしまうなんて……。
皆斗たちは非戦闘職だが決して無能ではない。異世界人の勇者はそれなりにハイスペックなのだ。だからこそ、このような裏技を使えば他者を圧倒することができる。
「おやめください勇者殿っ!」
首都の方から駆けつけてきたのは、ダンジョンで彼らの案内役を務めた兵士だった。
「彼らはモンスターではなく人間。先日あなた方の出迎えた歓迎会にも、彼らの税が使われているのです。どうか自重してください」
慌ててきたのだろう。彼は一人でほかの誰もいない。
物言いもやや遜っている。皆斗たちの機嫌を損ねないように気を使っていたのかもしれない。
だが、ここまで暴れた皆斗たちには……もう何を言っても無駄だったのかもしれない。
ストックが切れたのでここからは週一程度の更新になります。