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俺のスマホアプリ〈異世界ツクール〉で異世界創造  作者: うなぎ
ツクール編

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ゲームメイカー


 ――兄が死んだ。


 高校生だった兄は、帰宅途中にトラックに跳ねられて死んでしまった。

 当時中学生だったあたしにとっては、あまりにも衝撃的な事件だった。普段疎遠だった祖父がすぐに駆け付けて、いろいろな手続きをしてくれた。そのあとすぐに父と母が帰ってきて、いっぱい泣いたと思う。

 そして、放心状態のまま流れるように葬儀が過ぎ去り、すべてが終わった。


 父は用が済むとすぐに海外へと戻っていった。母と離婚したわけじゃない。けど、兄の死という重く悲しい思い出を刻み込んだこの国から……逃げたかったのかもしれない。

 あたしは兄とともに住んでいたマンションを去り、帰国した母とともに別のマンションで生活することになった。

 といっても、母にも仕事がある。家にいるのは、いつもあたし一人。


 寂しかった。

 もともと両親ともに出張中で、このマンションには自分と兄しかいなかった。あたしにとって兄は良き兄であり、話し相手であり、家事を共にする家族で、日常の一部だった。

 あまり家に帰ってこなかった母なんかより、あたしにとって兄の方がよっぽどママか何かだと思っていた。


 部屋に籠りながら、兄との思い出に浸ることが好き。

 そのため道具が、ここにある。

  

 兄の遺品……スマホだ。

 引っ越し前に多くの遺品は処分されてしまったが、このスマホだけは思い出のためにと頼み込んであたしが貰った。


 中を開くことはできる。暗証番号は兄のパスワード。盗み見たわけじゃなくて、貸してもらった時にそう聞いた。

 数字を入力すると、色鮮やか画面が表示される。あまり整理整頓はされていないようで、アプリが乱立している。

 

 メール、写真、ゲーム、メッセージアプリ。スマホを生活そのもので、これを見るということは兄をそのまま見るということ。ここにもし兄がいたとしたら、恥ずかしがって必死に止めようとするかもしれない。 

 ……本当に、そんな風に目の前に現れてくれないのかな。


 なんて、余計なことを考えるのはやめよう。


 メッセージアプリには昔の会話が残っているかもしれない。開きたいけど……見ると涙が抑えられなくなると思う。

 母に心配をかけたくない。あの人だって息子を失ってあたしみたいに悲しんでいるんだから。

 代わりにあたしが見ようと思ったのは、ゲームのアプリだった。


 兄はゲームをするのが好きだった。スマホでいろいろなアプリゲームをプレイしていたのを、ちらちらと見ていた記憶がある。

 一緒に遊んだことはない。ただ、横から眺めていただけ。

 懐かしくなったあたしは、思い出に浸るためにそのゲームをプレイしてみようと思った。


 そうしてあたしは、『それ』を見つけた。


 それは〈異世界ツクール〉というアプリだった。

 このアプリはRPGゲームを制作支援するソフト。フィールド、グラフィック、イベント設定などゲーム制作に必要な様々な要素が簡単に配置、作成でき、プログラミングを覚えていなくてもクオリティの高いゲームを生み出すことができる。

 ゲーム好きだった兄は、その愛を押えることができず……とうとう自分で作ってみたいと思ってしまうようになったらしい。

 

 兄の作ったゲーム。

 胸が高鳴った。

 また一緒に遊べるんだね、お兄ちゃん。

 

 そう思っていたのに、その期待と高揚はすぐに失望へと変わった。


 これは……未完成。

 

 イギリスの百年戦争や、中国の三国志を参考にした単語、あるいは会話文などがところどころに散在している。作りかけのフィールド、ぼんやりとした仮のキャラクターたち。メモ書きのようなテキスト。

 兄はこれを完成させていない。制作日が事故の日のまま止まっている。あの事故が……このゲームの闇に葬ってしまった。

 

 あたしはこのゲームを完成させたいと思った。

 当時流行っていたAIの力を借り、このゲームを完成させようと思った。兄の性格をベースとして、残された単語や設定をAIに投げ入れ、兄を模倣した完全な製作者――〈ゲームメイカー〉を完成させ、彼の作ったゲームをプレイする。


 〈ゲームメイカー〉はあたしの記憶と残された資料を基に、急速に成長していった。最初は支離滅裂だったゲームが、徐々に輪郭を帯び、そして完璧ではなくどこか素人臭さを残した……兄らしいゲームに近づいていった。


 でも、と思う。


 違う。

 何かが違う。

 こんなの、兄のゲームじゃない。何かが、足りない。

 何が足りないのか分からない。必要な単語は揃えた、マップもキャラクターも絵も、全部上手く配置されて……物語もできている。

 でも、足りない。

 この無機質な創作物に、兄を感じない。


 どうすればいいのだろう?

 どうすれば、もっと兄に近づけるのだろうか?

 こんなにも一生懸命、いつでもあたしが応援しているのに、どうして兄はその期待に応えてくれないんだろう?

 まるで天国の兄にすら否定されているような気がして、悲しかった。


 答えはでなかった。

 そう、答えなんてでるはずがない。

 あたしは兄のことを知らない。父も、母も、友人も教師もペットももちろん他人も、兄という人間の内面を覗くことはできない。


 あたしは〈ゲームメイカー〉の記憶を消去した。

 また、学習させて完成させよう。

 もっとぬくもりのある、本当の『お兄ちゃん』を。

 あたし、いつでもお兄ちゃんのことを応援してるからね。だから、早く生き返ってね。 


 これは、兄のシミュレート。

 失われた兄のゲームを取り戻すための、仮想空間。

  

 ――その名は、〈リアルツクール〉。

 


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