王国への帰還
前の世界、アングル王国にて。
俺は皆斗が再構築した異世界へと戻った。ここにはかつてと同じように王国が存在し、リディア王女もロリタ王女もいる。
ちなみにクラスメイトたちは俺が住んでいた方の世界に戻っている。俺や皆斗が欠けているものの、それ以外は何一つ変わりのない日常を過ごせる箱庭。
ここはリディア王女の私室だ。
「大和様っ!」
歓喜のあまり俺に抱きついてきたリディア王女。
どうやら、心配をかけてしまったようだ。
「ごめんなさい。許してください。わたくし、あの人に脅されて、黙って家政婦の仕事をしなければ、大和様やロリタを殺すと言われて……。記憶のなくなったあなた様に、あんなに無視して……」
「ごめん、俺が力ないばかりに……みんなに迷惑をかけてしまった。今回の件だって、皆斗がいなければ負けてたと思う」
「うう……大和様、大和様ぁ」
「な、泣かないでくれ。もう俺は無事だから、心配しなくていいから」
本当に、情けない限りだ。
「あまり自分を悪く言う必要はねぇと思うぜ。確かに俺は計画を立てたが、お前がいなけりゃあいつからあの世界の端末を奪うことができなかった。それ自体はお前の成果なんだ。俺たち二人……いや、三人で世界を救った。そうだろ?」
「皆斗……」
こいつ、結構人格者なところがあるな。
この世界では本当に粗暴でクズな悪役だったのに。あれはさくらや俺のせいで歪められてしまったキャラクター設定だということか……。
なんだかますます申し訳ない気持ちになってきたな。
「大和様ぁ、大和様ぁ」
泣きじゃくるリディア王女を慰めるように抱きしめる俺。これじゃあまるで恋人のようだ。
皆斗の視線に気が付き、少し恥ずかしい気持ちになった。
「そういえばさ……」
気を紛らわすように、皆斗に話しかける。
「裕也はどうしたんだ?」
裕也。
俺が住んでいた世界とこの世界を軽く検索してみたが、裕也の姿はなかった。
さくらによって消されてしまったとはいえ、最後にあんな反抗的な態度をとっていた奴だ。もし間違って〈リアルツクール〉の力を取り戻してしまったら、何か大変なことをしでかす可能性がある。
俺に復讐しにきたり、しないよな?
「裕也は俺たちの世界に戻した」
「いいのか? あいつ、かなり俺のこと恨んでた。それにさくらのためだとかいって、皆斗の言うことも聞かないで勝手に暴走して……。俺にこんなことを言う権利はないかもしれないけどさ、トラブルのもとになるなら……記憶を消しておいた方が……」
「ま、許してやってくれよ。あいつは俺と一緒に何度かお前を支援する役割を担っていた。意にそぐわない配役や、何もできないもどかしさ。故郷の家族や友人、そして自分という存在が希薄になっていくあの感覚。心を壊されてもおかしくねぇ、誰かを恨まないとやっていけなかった。俺があの女に反逆して心を保っていたように、あいつは忠誠心を示して自分という存在を固めようとしていた。俺もあいつも、同じ被害者なんだ」
俺にとってそうでなくても、皆斗にとっては仲間ということらしい。
同じ被害者として感情移入できる点も多かったのだろう。別の世界の件は皆斗に任せるしかないか。
「ええっと、皆斗。確認なんだけど、俺がこの世界を管理すればいいんだよな? 異世界と元の世界を行き来しながら、いろいろと」
「そのつもりだったが……」
「一応、修復前と何か大きな変化がないか確認しておこうと思ってな。例の戦争はぐちゃぐちゃだったから。この世界がまともに機能してるか不安だ。この端末の力があれば時間を停止したり瞬間移動したりできるわけだから、ちょっと戦争があった地域を確認してくるよ。皆斗はこれより前の世界に戻るんだよな? いったんお別れってことで――」
「待てって」
「ん?」
「……お前は覚えてないかもしれねぇけど、他の世界でお前の世話になった奴、会いたい奴、多いんだぜ。記憶がなくてもいいから、少しだけ顔を合わせてやって欲しい。悪いようにはしねぇから頼む。恨んでたり危害を加えたりするような奴には絶対会わせねぇからよ」
俺が記憶を失う前の世界に行けってことか?
それは……また……。随分と壮大な旅行になりそうだ。俺、ちゃんと戻って来れるのだろうか?
でもこの戦いの実質的な勝者である皆斗のお願いを、聞かないわけには……。
「もう、会えなくなってしまうのですか?」
「また、しばらくしたら戻ってくるよリディア王女。また変な事件が起きなければ、の話だけどな。はははっ」
縁起でもない冗談だ。
しかしそんな俺の軽い冗談を、リディア王女は深刻な危機ととらえてしまったのかもしれない。俺を抱きしめるその腕に、力がこもっていく。
「大和様と一緒にこの世界を救おうとしたことは、わたくしの大切な思い出です」
「リディア王女……」
「わたくしはもう二度とあなたと離れたくありません。向こうの世界であなたに救われ、妹と一緒に暮らして、この世界を救ったわたくしたちの物語を……ここで終わらせたくないっ!」
「物語って、リディア王女?」
「大和様、どうかわたくしと一緒に未来を歩んでくださいませんか? わたくしはあなたと、一生を共にしていきたいのです」
これって。
告白、というか求婚されてるレベルの……話だよな。
その事実に気が付いた、瞬間。
心臓の鼓動が止まらなかった。
まさか、異世界の王女にこんなことを言われるなんて。
でもリディア王女のこの眼差し。とても異世界だからとか身分だとか、簡単な言葉で済まされないような圧を感じる。
俺も、変な言い訳なしに自分の心を明かさなければならないかもしれない。
「俺も、君に会えて嬉しかった」
「大和様」
「……自分で世界作っておいて、こんなことを言うのは変かもしれないけど。俺は、君の好意を持たれて嬉しく思う。すべてが終わったら、この世界に戻って君と一緒に暮らしたい」
「大和様っ!」
歓喜に震えるリディア王女。
プロポーズするなら、結婚指輪か何かが欲しかったな。
「お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんになるんだね!」
「ん?」
ドアの外から、そんな声が聞こえると同時に、ロリタ王女が部屋の中に入ってきた。
やれやれ……聞かれてしまっていたか。なんだか恥ずかしいな。
「紹介したい男、というのは君のことだったのか……」
さらにロリタ王女の背後から現れたのは、なんとアングル王国国王……すなわちリディア王女の父親だった。
一応、ロリタ王女を招いたときに軽く挨拶はしているのだが、それほど話をしたことはない。
「こ、国王陛下っ! 申し遅れました。俺は……」
「よい、よい。貴殿のことはリディアより聞いておる。花の咲いたような笑顔で何度も何度もその活躍を聞かされ、親しみを覚えてしまうほどじゃよ。リディアは貴殿の話しかせぬからのう……。愛の深さは今更確認するまでもない……」
「お、お父様っ! 恥ずかしいのでその話は……」
一体、何を話したんだろうか?
「大和殿。よろしければ貴殿の世界旅行に、リディアを連れていってはくれまいか?」
「え?」
「危険がないのであれば、の話ではあるが。神に連れられ世界を跨ぐ、とあれば大変名誉な話じゃ。また置き去りでは娘が寂しがる。この度一人でこの城に戻ってきたときも……」
「お、お父様っ! やめてくださいっ!」
寂しがってたのか? なんだか……悪いことしたなぁ。
しかし、連れて行っても大丈夫なのか?
「安全は俺が保証する。お前さえよければ俺は反対しないぜ」
皆斗が頷いた。
なら、問題ないよな。
「少し後始末だけして、またすぐ戻ってくる。その時は、国王陛下やロリタ王女を含めてもっとたくさん話をしような。リディア王……いや、リディア」
「……はい」
こうして、俺は皆斗たちに連れられ前の世界に向かうこととなった。




