救出
さくらのスマホを、奪取した。
ライオネルに意識が向き、油断したさくら。その一瞬を突きスマホを奪い取る。
荒い作戦だったが、見事に成功できたことを嬉しく思う。
俺はすぐさま端末を操作して、ライオネルを壁の内側、すなわち俺やさくらがいる場所へと移動させた。
「間に合ったみたいだな」
「君は……怖気づいて、逃げ出したんじゃなかったのか?」
そうだな。
最後に話した時、俺はこいつに言った。命が惜しいと。
「そうやって演技していれば、俺の反逆をばれないと思ったからだ」
俺は、ライオネルと一切協力していない。
今日襲撃する、という話は聞いていたが、それだけだった。俺は命が惜しいと言ってその場から逃げ出した。それ以降一切奴と話はしていない。
だが、協力しないと言ったのは嘘だ。
さくらは〈リアルツクール〉のようなアプリで俺たちの会話を覗き見ることができる。もし、あの場で協力を確約してしまったら、俺自身の反逆も疑われ、何も成せないままに対策を打たれてしまったかもしれない。
俺はライオネルにもさくらにも隠れて、その時を待っていた。
さくらがいるマンションはもちろんライオネルが潜伏している場所にも近寄らないように、公園で時間を潰しながらずっと機会をうかがっていた。
そして時が来れば、マンションの外から侵入する。屋上からベランダを二階分降りて、あらかじめ開けておいた窓から侵入。一応命綱は用意していたが、事故もなく無事に部屋へとたどり着けた。
そしてさくらの背後から、スマホを奪った。
かなり無理やりな作戦だったが、逆にこの無茶さが隠れ蓑となって、さくらも気づけなかったと信じている。
すべては、この瞬間のためだった。
ライオネルの敗北が確定し、さくらが油断する……この一瞬に賭けるため。
「俺はお前らを作った神だぞ。最後まで責任を取る義務がある」
「…………お前が反省したところで、もう、失ったものは取り返せない」
「…………」
たとえ元の世界を戻せたとしても、そこにこいつの仲間だった魔界三将たちはいない。
「困るなぁ、困るなぁお兄ちゃん。そんなにやる気を出してもらってはね、困るよ。その情熱や責任感を、少しはゲームに傾けてくれないかな?」
「黙れ、俺は自由を取り戻す。もうお前の思い通りになると思うなよ」
以前、魔王エドワードを消した時のことを思い出す。消して倒したと思った奴は俺の作った創作物で、本当の敵であるさくらは生きたままだった。
あれは完全に俺のミスだった。
しかし今、目の前にいるのは、確実にさくらだ。変に名前を指定して検索するのではなく、今、目の前にいるこいつを削除してしまえばいい。
まずはスマホのアプリからマップ機能を呼び出して……そこから削除を選択すれば……。
よし、ここだな。
もう躊躇する要素なんかない。俺はさくらを消す。この指一つで。
いくぞっ!
「こ……これはっ!」
さくらを削除する。
その簡単な動作を実行しようとした俺だったのだが、思いがけない事態が発生してしまった。
※その機能は現在使用できません。後日のアップデートをお待ちください。
と、マップ画面に警告文が表示されていたのだった。それ以上前に進むことはできなかった。
「この警告文、確か前にも……」
そう、確か前の世界でさくらを生き返らせようとしたときに……。
「それは、例えるなら未完成版〈リアルツクール〉」
焦る俺の行動などお見通しだったように、さくらは勝ち誇った口調で俺に語りかかけてきた。
「前の世界でリディア王女が持っていたものとは違うが、少し似ている。アップデート待ちと称して一部機能を制限した劣化版」
「そうか……だからライオネルは……」
ライオネルは死んでいない。
以前裕也をそうしたように、さくらは自分でライオネルを消せば良かったのにそうしなかった。壁を作って自分のゾンビに攻撃させるという、まわりくどい方法で始末しようとした。
それは、今、自分が持っているこの〈リアルツクール〉が劣化版だったから。
「何でもできるようでなんでもできない。必要な機能が欠如している。ここは妹と二人で平和に過ごせる世界なんだよ~お兄ちゃん~♡ 人を消したり殺したり、そんな野蛮なことできるわけないでしょ」
「…………」
正直なところ、この展開を全く想像していなかったわけじゃなかった。
さくらは油断しているかもしれないが馬鹿じゃない。スマホ一つ奪われただけで形勢逆転して大勝利、なんていうのはあまりにも甘すぎた。
だが、それでも今しかなった。
すべてがアウェイであるこの地において、唯一の味方であるライオネル。同志と協力できるこのタイミングこそが、俺にとって活路を見出すことができるかもしれない希望だった。
後悔はない。
ライオネルは殺され、そして俺は記憶を奪われまたゲームを作り始めるのだろう。
だけどいつか必ず思い出して、お前を……。
「それでっと、こっちが残酷なこともできちゃう不穏な世界の〈リアルツクール〉で~す!」
「このっ!」
「あ、無駄無駄。これロックかかってるからあたし以外は使えないんだよ」
新しい端末を奪おうとした俺だったが、躱されて失敗してしまった。
さくらはこうなることを予想していたようだ。
……当然か。
もう少し時間があれば、この手元にある劣化版〈リアルツクール〉を分析して、さくらを無効化したり端末を奪ったりすることができたかもしれない。
だけどこの一瞬で、それは無理な話だった。
「次は~、お仕置きシチュでゲーム作ってもらおうかなぁー。虐待親の下でゲーム作ってもらう感じでー。まあ、この世界が終わってからの話なんだけど」
「…………くそっ!」
「その前に今回の記憶を消しておくね。また仲良く兄妹生活しようね、お兄ちゃん」
やっぱり、さくらには勝てなかった。
かつてライオネルが俺に勝てなかったように、創造主に勝つなんて不可能だったんだ。
これで……俺の戦いは……終わって。
「ま、こうなるだろうよ」
突然、視界が変化した。
目の前のさくらが突如として消え、俺は部屋の外に出ていた。
さきほどまでゾンビが群がっていたはずの、さくらと俺が対峙していた部屋の外。入り口前の廊下だ。
そして俺をここに呼び寄せたのは……。
「皆斗っ! お前っ!」
「悪ぃな。こうなることは分かっていたんだが、必要な行程だった。許せ」
皆斗が、目の前に立っていた。
まさか、皆斗が?
さくらに脅されて怖気づいて、もう反抗する気力をなくしてしまったんじゃなかったのか?
俺と同じように、わざと従うふりをして機会をうかがってたのか?
俺の後ろにはライオネルもいた。どうやら、二人まとめてこちらに移動してきたらしい。
「ゾンビはどうしたんだ?」
「俺が消した」
皆斗がゾンビを消した……のか?
どうやって?
見ると、皆斗はスマホを持っていた。さくらと同じように、〈リアルツクール〉似のソフトを使ってゾンビを消したのか?
「馬鹿なっ!」
狼狽した様子で現れたのは、部屋の中にいたさくらだった。
「どうして……ありえないっ! あたしはこの世界を平穏なものにするつもりだった。だからゾンビを消したりできないように、未完成版のアプリを……」
「へへへっ、なんでだろうなぁ? 不思議だよなぁ、おい」
「…………お、お前……まさかっ! 前の……」
「おいおい、もう分かっちまったのかよ。つまんねーなおい」
皆斗は手に持っていたスマホを前にかざした。
いや、違う、あれはスマホなんかじゃない。
スマホの形をしているが、実際はただの水晶プレート。しかしまるでスマホのように画面が配置され、そこにはアプリが映し出されている。
「これは、前の世界の〈リアルツクール〉だ」
それはかつて、リディア王女が持っていた〈リアルツクール〉の端末だった。




