ライオネルの決意
さくらの正体を知ったその日。俺は部屋に籠ってゲームを作っていた。
さくらにもリディア王女にも顔をあわせたくなかったからだ。
あれ以来、皆斗とは会話していない。アプリ越しにも返事がない状態だ。
……皆斗は明らかに及び腰になった。
あれだけひどく脅されたんだ。命の危険があってもおかしくない。だから俺とも会話をしたくないのだろう。ひょっとすると、もうさくらに歯向かう気力すらないのかもしれない。
気持ちは、分からなくもない。
次の日、俺は皆斗を探すために家の外に出た。
あるいは、それを口実にさくらの住むあのマンションから逃げ出したかったのかもしれない。
時々スマホでゲームを作りながら、喫茶店や学校周辺をうろうろしてみた。しかし、そんな当てのない状況で奴が見つかるはずもなく、時間だけが無駄に過ぎていった。
気が付けば、公園のベンチ座りながらゲームを作っていた。
ゲームを作らなければ記憶を消される。でも、ゲームが完成しても記憶を消される。
俺は一体どうすればいいんだ? 一か八か、さくらのスマホを強引に奪ってみるか? あいつはついこの間まで小学生だった女の子だから、力で押せば……。
でも今の俺はもう信用されてない? 向こうだって警戒してるし、そもそもあの姿は偽物なんだよな。幼女で最強だった偽ロリタ王女みたいに、パラメーターがカンストしてる可能性だってある。
勝てないよな……。だから皆斗も慎重になってたんだ。
そんな奴のスマホを奪えるのか?
そもそもあれを奪ったからといって、本当に勝利できるのか? 端末が二つあったらどうする? 偽ロリタ王女みたいな強力な刺客がすでに用意されていたとしたら?
「おい」
顔を上げると、そこには見知った男がいた。
ライオネルだ。
「皆斗から聞いた。あいつに剣で脅されたらしいね。僕たちの神が……随分と情けない顔だ」
「……煩いな」
そういえば、さくらはライオネルのことを知ってるのか?
動画を見て気が付いたか? フード姿だから顔は見られていないかもしれないが、喫茶店で俺と言い争っている姿を見たはずだ。
そこで詳しく調べたか、それとも俺や皆斗に意識が向いていて気が付かなかったか、そこまでは分からないな。
「明日、僕があの女に仕掛ける」
「さくらに? 皆斗はこの件を?」
「知らなかった、としらばっくれるつもりなんだろうね。連絡が取れなくなってしまった。僕もいつまでこの世界にいられるか分からない。だから今、仕掛けてみるんだ。あの女を襲って、端末を奪う」
奇襲でスマホを奪う、か。
こいつにそれができるのか?
「あいつは何でもできる。この世界の神だ。それでも……やるのか?」
「神との戦いなら慣れてるからね。僕の決意を止めるものはないさ」
「…………」
そう……か。
ライオネル。
俺が生み出した魔族。ただの悪役、物語を盛り上げるためだけの駒。
そんなあいつが、今、自由と世界のために命を賭けて戦っている。
ライオネルは、製作者である俺の意思を超えた存在だ。
その行動は様々なイレギュラーを生み出した。存在しないはずの展開や魔法を出現させ、何度も俺を驚かせてきた。
ここは魔法の使えない世界。
なら、奴の力がさくらを出し抜く結果になる……可能性はあるが。
「さくらはお前の存在に気が付いているかもしれない。仮にそうでなかったとしても、何の対策もしてないとは思えないな。油断はしてると思うが……」
ここはファンタジー世界じゃない。そしてそこで様々なものを改変できる〈リアルツクール〉を俺は与えられていない。そして今のところゲームも完成していないから、〈異世界ツクール〉も意味を成さない。
つまりさくらは、この世界で俺が何もできないと思っている。本当に俺のことを警戒しているなら、わざわざ動画で確認する前に皆斗の反逆に気が付いていたはずだ。
さくらは動画を見て確認をするが、それは何か俺に不審なことがあった時だ。ごく当たり前の生活を二十四時間監視している可能性は低い。だからこの会話はさくらに気が付かれず、ライオネルの存在も……。
いや、それはあまりにも希望的な予測だ。俺たちは一度皆斗たちと話し合いをしている。もしそこでさくらが注意を払うようになったとしたら、この話自体も漏れているかもしれない。
「……僕は、前の世界でお前に抗った」
俺の躊躇を察したのか、ライオネルは唐突に話を始めた。
「すべてを疑った。自分のこの行動や意思すらも、神であるお前の思い通りなんじゃないかって、何度も躊躇した。それでも前に進んだ! そうするしか道がなかったから。死んでいった仲間たちに報いるためには、それしかなかったから」
「…………」
「だから僕は戦うっ! たとえ僕という存在が今、この時消え去ってしまったとしてもっ! 僕はずっとそう覚悟しながら戦ってきたっ!」
「そう……だよな……お前は……」
俺に、いつ消されるかもしれないという恐怖を抱え、戦っていた。
今も昔も、何も変わっていないのだ。
だからこんなに、堂々と自分の意思を貫き通せる。
「……だから、どうした?」
「何?」
「ライオネル、お前と違って俺は自分の命が惜しい。この世界ではゲームさえ作ってれば生きていられる。だったら、このまま黙ってゲームを作っていれば、それだけ長生きできる。そうだろ?」
「お前……は……」
「協力して欲しかったのかもしれないけど、俺には無理だ。一人で勝手にやってくれ。俺は……逆らえない」
「……っ!」
ライオネルは思いっきりベンチを蹴り飛ばし、立ち去っていった。
俺に失望した様子だった。
「…………」
それでいい。
そう、思ってくれればいい。
俺も――勝手にやらせてもらう。




