緊張感
玄関前の、廊下にて。
俺、皆斗、リディア王女はどうすることもできなかった。
皆斗が必死にさくらへ言い訳をしている。自分は悪くない、ゲームを盛り上げるためだと……本当に必死に。
しかし皆斗、それは苦しくないか? あの会話からまだ数時間しかたってないんだ。俺はまだゲームにあまり触れていないから、やる気がでたとか真剣さが増したとか、評価しにくい状況だ。
ただ、まあ緊張感があったのは事実だ。皆斗のいうことも100パーセント間違っているというわけではない。
さくらは……どうするつもりだ?
まさか、あの時の裕也みたいに……あいつを……。
「まっ、いいかっ!」
パンッ、と両手を叩いてさくらが笑った。
「じゃあお兄ちゃんはこれまで通りゲーム制作頑張ってね。皆斗も気を付けるように~」
皆斗の言い訳が功を奏したのか、この場は収めてくれる様子だ。
胸を撫でおろした様子の皆斗。
だけど……俺は……。
「待ってくれよ」
このまま見過ごすことなんて、できるわけもなかった。
「俺は記憶を奪われて、何もなかったことにされてこの世界に放り投げられたんだぞ? それを分かった上でゲームを作れだなんて、正気じゃない。俺はさくらにとっての奴隷か何かか? なんで俺がゲームを作らなきゃいけないんだ。悪いが……俺は……」
「や、大和っ! 余計なことを言うなっ!」
皆斗……。
お前は本当に俺の味方なのか?
確かに、この場は収まりかけている。でもそれは、俺がもっと真剣にゲームを作るという前提でだ。
冷静に考えてみれば、俺の労力が増えただけなんじゃないのか? 俺の苦労が増しただけで、しかも終わればまた記憶を奪われて別の世界に。
こんな人生に……何の意味がある?
「あれれ~、そういうこと言うんだ。こんなにかわいい妹がお願いしてるのに」
「俺の妹は死んだっ! お前はさくらなんかじゃないっ!」
「死んだ妹が生きてたんだよお兄ちゃん! これは感動の物語。どうして喜んでくれないかな?」
「お前は……さくらなんかじゃ」
「お兄ちゃんの妹は全部あたしだから。どの世界でも、何回繰り返しても……ね」
「それでも……俺は……」
笑うさくら。
「わがままだなぁ~。じゃあこういうのはどう?」
突然、さくらの手元に剣が出現した。
RPGでよく見る西洋剣。俺にはそのデザインに見覚えがあった。
「お兄ちゃんが適当に用意した最強(笑)の剣、エクスカリバーだよ」
かつて裕也のために用意していた、勇者専用の剣だ。あの剣と同じ威力があるのかどうかは分からないが、少なくとも今、武器となる刃物を持っているのはこいつだけ。たとえ魔法や付属効果が使えなかったとしても、この場においては十分なく脅威だった。
「な、何をするつもりだっ!」
「まあ、たまには刺激も必要だよね。あたしはお兄ちゃんのこと大好きで応援もしてるけど、甘やかすつもりはないから」
そう言って、さくらは剣先を……リディア王女に向けた。
「ひぃっ!」
「あ~あ、気に入ってたのにな~リディア王女。こんなお姉ちゃん欲しかったなぁ~って。もう少ししたら姉キャラとして登場してもらうつもりだったのに。残念だよ、こんなところで……捨てないといけないなんてね。お兄ちゃんが悪いんだよ」
「ま、待てっ! 殺すつもりかっ!」
「そうだよ? まさか文句なんか言わないよね。魔王エドワードやエドマンドだって、お兄ちゃんに殺されたんだよ? あのあとライオネルがどれだけ悲しんだと思ってるの? これが因果応報だよ」
「そ……それは……、いやそれでもリディア王女は……」
俺がエドマンドたちを殺したように、さくらが……リディア王女を?
でも……俺にとってリディア王女は……。
「なーんてね」
焦る俺の姿に満足したのか、さくらは急に剣を収めた。
「ふふっ、本気にした? ねえ本気にした? やだなー、この前連れてきたばっかりなのに、すぐに殺しちゃつまらないでしょ? 嘘だよ~」
「あ……悪趣味だ……。冗談じゃ……すまされないぞ」
「でもねお兄ちゃん、あたし、なんでもできるんだから。お願いだから本気にさせないでね? ね?」
冷たいさくらの瞳。
そう、さくらは何でもできるんだ。
ここで俺を殺すことも、リディア王女を消すことも。かつて俺が異世界で何もかもを操れたように……すべてを……。
あまりにも強すぎる……敵。
「う……あ……」
「あれあれ、怖がってる? かわいいね」
俺は、声が出なかった。
目の前の妹が……恐ろしくて仕方なかった。
「ああ……怯えたお兄ちゃんはどんなゲームを作るんだろうなぁ。十回くらい前にね、デスゲームの中でゲームを作らせたことがあるんだ。心が不安定だと、ゲームにもそれが反映されてね。いつもとは違って、不穏で絶望的な暗いゲームに仕上がってたよ。今回は途中で路線変更したから、どーなるんだろなー。あー楽しみ楽しみ」
…………。
こいつには何を言っても通用しない。
俺の怒り、悲しみ、喜び、苦しみ。すべてが他人事で、ゲームを彩るスパイスでしかないんだ。
「皆斗も本気だって言うならしっかり頑張れよ。分かってると思うけど、お前……あまり心証良くないぞ。結果が出せなかったらどうなるか……分かるな?」
「は……はい……」
俺に語り掛けるよりもはるかに乱暴な声で、さくらは皆斗にそう忠告した。
首の皮がつながったようだが、明らかに辛辣なセリフ。震える皆斗は顔を上げることもできず、ただ……ひれ伏しているだけだった。
俺はこれまで通りこいつと暮らしながらゲームを作らなきゃいけないのか?
とても……耐えられそうにない。




