裕也と皆斗
俺は画面越しに見ていた。
すべてが、終わった。
エドマンドが死に、ジェーンが死に、そしてとうとう、裕也たちによってライオネルすらも倒されてしまった。
そう、終わったのだ。
長かった異世界物語もとうとう終わり、悪の三魔族と魔王はすべて滅ぼされ、この地は人類によって平和な楽園となる。
だが、その一方で俺の不安は増すばかりだった。
助けを請うライオネル。そして、それに反応するように前に出た……皆斗の存在だ。
皆斗。
俺の隣のクラスにいた男子。裕也をいじめていた奴。
なるほど確かに、奴が悪人だというなら驚きではあるがまだ納得のいく話だ。
だけど、あの時、ライオネルは言った。
君たち二人と?
二人ってどういうことだ?
皆斗が黒幕じゃなかったのか?
あいつの他に、もう一人?
あの時……皆斗以外にライオネルの近くにいたのは……。
「終わりだよ」
そう、裕也の声が聞こえた。
背後から。
「なっ!」
「えっ?」
スマホ画面を凝視していた俺とリディア王女が、一斉に背後を振り向いた。
そこには、裕也と皆斗がいた。
立ったままの皆斗と、血まみれの剣を突き出している裕也。それはまさに、ついさっきまでスマホに映っていた光景そのもの。
あまりにも信じられない光景だった。
俺はずっとこいつらを元の世界に戻すことを夢見ていた。それがこうも簡単に、何の前触れもなくできてしまうなんて。
「ゆ、裕也、皆斗。魔族を倒したから戻ってきたのか? お前ら、この世界では行方不明扱いになってて……俺も心配して……」
「僕たちはいつでも元の世界に戻ることができたんだよ。魔族とか君の心配とか、どうでもいいことだよ」
と、裕也が答えた。
薄々感づいてはいたが、この反応。やはり……こいつらは俺の敵らしい。
なんで……こんなことに。
「向こうの世界に送り込んだ俺を……恨んでいるのか?」
「ふふふっ、神様気取りで面白いことを言うね。君を恨んでいるのは僕らじゃなくてライオネルでしょ?」
「何?」
「僕たちがライオネルに教えたんだよ。魔王を殺したのは君だってね。だからライオネルは君のことを恨んでいた。自分を黒幕だと言い張ったのはそのためさ。魔王の敵を欺くなんて……神様気取りの馬鹿にはいい気味だと思ったんだろうね」
俺は……ライオネルに騙されていた。
あいつが黒幕だと思っていた。ロリタ王女のことだって知ってたし、それが十分な根拠だと思っていた。
だがそうやって俺を騙すこと自体が、ライオネルにとってせめてもの復讐だったのかもしれない。
「裕也、あまり余計なことは話さねぇ――」
「いいでしょ、もう終わりなんだから」
裕也が皆斗の制止を振り切る。どうやら、俺に対して思うところがある様子で、話をしたくて仕方がないようだ。
「なんでこんなことを……。わざわざライオネルを使って俺を騙すなんて。お前……やっぱり俺のことを恨んでるんじゃないのか?」
「君があまりに使えない無能だから、僕が盛り上げてあげたんじゃないか?」
無能? 盛り上げる?
確かに俺は無能で醜態をさらし続けたかもしれない。でも『盛り上げる』ってどういう意味だ?
こいつが何を言ってるのか分からない。
「エン将軍の攻略法や君の正体をライオネルに教えたり、僕自身も君が気付かないようにいくつか手助けをした。分かるかい?」
「は……?」
……落ち着け。
ゆっくりと理解しよう。
まずこいつは、魔族の手助けをしていた。それは間違いない。
だからエン将軍が攻略されて、ライオネルに俺の存在を理解された。これはとても分かりやすい行動だ。
だけど他に何かあったか?
そもそもこいつらのことは今の今まで全然疑ってなかった。何か気になることなんてあるはずがない。
「ま、君程度の無能じゃ理解できないだろうね」
こいつ、なんなんだ? 俺のことを馬鹿にしてるのか?
「ジャンヌの後継のシスターを殺したり、クラスメイトを殺したりしたことだよ」
「……なんだと」
シスター?
ジェーンに殺されたシスターのことか?
人類を魔族から守る結界に必要だった巫女。その一人がシスターであり、魔界三将であり魔王でもあるジェーンによって殺された。海を越えて戦斧を投擲する、という規格外の殺害方法だった。
だがいくらジェーンであっても、建物や森の中に隠れている人間を戦斧の投擲で殺すことは難しい。あれは見晴らしの良い海岸だったからできた芸当。
そして、そこにシスターを誘導したのは裕也だった。
そしてジェーンとの戦いで死んだクラスメイトは、裕也の手によるものだった。不幸な偶然を装ってはいたが、もし、あれが故意に起こしたことであったとしたら?
そもそも、最初に首都で魔族に殺されたクラスメイトだって、裕也がゾンビの迎撃を怠ったのが原因かもしれない。
魔族と最前線で戦っていた裕也だ。
いくらでも、小細工はできる。
「理解できたかな? 僕の苦労が」
「お前……誰かに操られてるんじゃないよな? 皆斗に脅されたりしてるんじゃないのか?」
「……? なんで僕がそいつに脅されて……ああ、そういう設定だったね」
「……設定、だと?」
「君がゲームの設定を作ったみたいに、こっちにもいろいろ事情があるんだよ。ああ、でも勘違いしないで欲しいね。こいつにいじめられてたのは設定だけど、シスターやクラスメイトを殺したのは僕自身の意思さっ! むしろ誇らしいとすら思っているねっ」
そう、事も無げに言った裕也に……俺は戦慄を禁じえなかった。
意思。
誇らしい。
それは人を殺したにしてはあまりにも突飛すぎる台詞だった。
信じられなかった。
「お……お前……なにやってんだよっ! あの世界の人や……それに、よりにもよってクラスの仲間まで殺してっ! ひ、人殺しだぞっ! どうしてそんなに平然としていられるんだっ! この世界だったら逮捕されててもおかしくないっ! そうだろ?」
俺は正しいことを言ったはずだ。
だが、裕也は一向に反省するそぶりを見せない。
いやむしろ。
「は……は……ははははははははははっ!」
裕也が笑った。




