全知の将、ライオネル
ともあれ、障害を排除した勇者一行は、大きなイベントもなく目的地へ到達した。
――試練の洞窟。
とダンジョン名が画面に表示される。もちろん俺が付けた名前だ。
「ちっ、暗いな」
皆斗が近くの小石を蹴り飛ばした。
それほど広くない洞窟だ。大人数のご一行は、最前列に裕也を置いて慎重に進んでいく。
途中で低レベルなモンスターにも遭遇したが、加減を覚えた裕也に難なく倒されてしまった。
さて、ここまでは予定通り。
ここからだ。
しばらく進むと、勇者一行は広めの空間にたどり着いた。
「ここは……」
ランプが設置された扉の前に、皆で集まっている。
ボスの部屋っぽい雰囲気ではあるが、あいにくこんな序盤に強い敵と戦わせる仕様にはなっていない。
が、それだけの雰囲気を用意しておくほどの必要性がある。
「初めまして、異世界の勇者たちよ」
「……なにっ!」
「声が……」
突然、部屋の中に声が響いてきた。
「ああ、怖がらなくていいよ。危害を加えるつもりはない。少し、君たちと話をしたいだけだ」
その声とともに、眼前にあった両開きの扉がゆっくりと開いていく。
そこは、小さな部屋となっていた。
それまでのごつごつとした洞窟の岩肌とは全く異なり、レンガ質のブロックによって固められた四角形の部屋。中央には髑髏と骨で装飾された玉座のような椅子があり、そこには声の主が座っていた。
見た目は二十代の男性。ほっそりとした体形に青白い肌。あまり体力はないように見える。
服装はスーツに似た黒色の上下。左目には片眼鏡を付けている。
手に持った杖を振りながら、彼は来訪者を歓迎する。
「僕の名前はライオネル。『全知の将』、と言えば分かるかな?」
「そんな……馬鹿な……」
案内役の兵士が、驚きのあまり両膝を付いた。
この世界には魔族が存在する。
魔王エドワードを頂点としたこの集団は、魔界と呼ばれる北の島に住んでおり、しばしば人間の領地に侵攻してくる。
全知の将――ライオネル。
全武の将――ジェーン。
全謀の将――エドマンド。
この魔界三将はあまりにも有名であり、ただの兵士を恐怖のどん底に陥れるのには十分だった。一般兵士以下の戦闘力である皆斗たちはもちろん、勇者としてある程度力を持つ裕也であっても現時点では到底立ち向かえない実力者。
もちろんここでは遭遇するだけだ。命のやり取りをするような危険なことは起こらない。ただの強制イベントだ。
「君たちのことが知りたいだけさ。両親、兄弟、誕生日、好きな食べ物、日常生活や使ってる道具。なんでもいいから聞かせて欲しいな」
ライオネルは両腕を広げて歓迎の意思を示した。そこに敵意は全く含まれていない。
「怖がるな? 危害を加えるつもりはない? さっきから聞いてりゃ、随分と上から目線のセリフだなぁおい」
裕也の件でイライラが残っていたのだろうか、皆斗がライオネルに嚙みついた。
「この辺には大したモンスターはいねぇんだろ? だったらお前もそうなんじゃねーのか?」
「ふふふ、異世界人は随分と威勢がいい。また一つ君たちのことが知れて嬉しいよ」
ライオネルは軽く笑った。
「だけど僕をそのあたりのモンスターと一緒にするのは心外だな。この世界のどんな人間も……そして君たちすらも僕に勝つことは不可能だ」
ライオネルは手に持っていた杖をかざした。すると、先端部分からまばゆい光が解き放たれ、周囲を照らしていく。
「うっ……」
皆斗が思わず声を漏らした。
これまで暗がりの中で見えなかった部屋の隅。そこにあったのは……白骨化した人間の死体だった。
一人、二人ではない。おそらく数十人、剣や防具を身に着けていることから……おそらくはある程度戦えるものたちなのだろう。
「安心して。君たちをこんな風にするつもりはない。貴重な異世界人の勇者を、僕はゆっくりと『観察』したいのだからね」
この死体はライオネルがこの洞窟に来た冒険者を殺して作り出したもの……という設定で俺が用意したものだ。
理由はもちろん緊張感や真面目さに欠ける皆斗たちを軽く脅すため。
この脅しで皆斗たちも少しはおとなしくなってくれればいいのだが……。
「さあ、話をしてくれるかな? なんでもいいよ」
「お、俺は……朝倉皆斗、両親の名前は朝倉良平、朝倉佳織。や、焼き肉が好きだな。そ、それから……」
皆斗が最初にされた質問を、震えながら答え始めた。
俺は皆斗が口にした個人情報を、すべてメモ用紙に書き写す。
この後、適当に話を終えたライオネルは、満足してその場を退散。
皆斗たちはダンジョンで起きたことをリディア王女へと報告し、その日は何事もなく終了ということになった。
皆斗たちの個人情報は、いろいろと使い道がある。
全知の将、ライオネルを通して皆斗たちの個人情報を手に入れた俺。
まずは念のため確認しておきたいことがある。
俺はスマホを手に取り、とある人物に電話を掛けた。
「よっ」
俺が電話を掛けたのは――友人。といってもただの友人ではない。
俺と皆斗、共通の友人だった。
〝おおー、大和久しぶりだな。突然電話なんてどうしたんだ?〟
「この間のさ、皆斗たちが突然いなくなった件についてだよ」
突然の地震、そしてクラスの消失。
それは同じ学校の生徒はもとより、日本全国を騒がせるのに十分な大事件。学校の周りにはマスコミがこぞって集まり、俺のクラスの奴もインタビューを受けていた。
話題にするのは十分すぎる内容だ。
「あれだけの事件だからな、俺も少しでも力になれたらと思って……あいつらのこと、探してみようと思ってる」
〝お前いい奴だな。俺は自分の受験勉強で精いっぱいだぜ。俺に協力できることがあれば何でも言え〟
「お前さ、皆斗と仲良かったよな?」
俺がこいつに電話をしたのは、皆斗と仲が良いことを知ってたからだ。
〝まあ、小学生からの付き合いだからな。家も近いぜ。仲がいい……ってほどお互い親しくはなかったけど〟
「じゃあさ、皆斗の両親の名前は知ってるか?」
「ああ、父親が良平で、母親が佳織だったはずだ」
「誕生日は?」
「あいつ、今年も俺に誕生日プレゼント寄越せって言ってくるんだぜ? 先月の話だ。先月の三日が誕生日だな」
「なるほどな、あとさ……」
俺はこうやっていくつかの情報を友人から聞き出した。
聞き出した内容は、すべてゲーム世界の皆斗が答えた内容と一致していた。もちろん俺が今まで知りもしなかった情報だ。
つまり、このゲームのキャラは俺の妄想でもなければ空想の産物でもない、少なくとも本人の記憶と意識を持っているってことだ。
ゲームのキャラではなく……現実?
まあ、ある程度は想像できていたことだけど、確かめられたことは良かったと思う。