ジェーンとの戦い
裕也たち一行は、すべてのゾンビを全滅させたのち、北へと向かった。
現在、魔族の島と人類の大陸は分断されている。
結界が壊されたことによってオルレアンと魔族の島は繋がったが、その南側は俺が海を生み出したことによって大陸側と分断されている。
これは俺が〈異世界ツクール〉によって行った創世の力。その場にいた魔族たちはともかく、当時首都にいた裕也たちにその事情を知るすべはない。
つまりこのままだと、裕也たちは魔族の島へたどり着くことができないのだ。
ここで俺は二つの選択を迫られた。
すなわち、裕也たちにすべてを任せるか、それとも自分一人ですべてを始末するかだ。
このまま海を放置したままにしておけば、裕也たちは船でも用意しない限り魔族と接触はできない。すでに魔族たちは迎撃の構えを見せており、人間界に侵攻しようとはしていない。俺がゾンビの材料さえ用意しなければ、変なことにはならない状態だと思う。
とはいえ、最終的にはあいつらをどうにかしないといけない。このままというわけには……いかないよな。
結局、俺は裕也たちにすべてをゆだねることにした。
無責任な話になるかもしれないが、そういう流れ……のようなものを感じていた。
俺が何かをしようとすればすべてうまくいかなかった。むしろゾンビの件は事態を悪化させてしまったといっても過言ではない。
それに比べて裕也たちは自力であのゾンビをはねのけた。それはまるで物語の主人公のようで、神であるはずの俺も期待してしまうほどだった。
もちろん、俺だって最大限努力するつもりだ。見物するだけでなく、裕也たちへの助力を惜しむつもりはない。
だけど、今回はあいつらの心意気に乗ってみようと思った。
もはやこれは俺だけの話ではなく、リディア王女を含めあの世界にいるすべての人間に関わる一大事なのだから。
裕也や皆斗が死ぬのは嫌だ、というのは俺たちの世界が側の勝手な事情だ。そんな理由であいつらだけを優遇したいなんて……リディア王女には言いにくかった。
俺は〈異世界ツクール〉を用いて海と陸との間を適当に埋めた。裕也たちが北へスムーズに移動できるようにするためだ。
山とダンジョンだらけだったあのあたりが変化してしまったことに裕也たちは違和感の覚えたようだったが、魔族との激戦のせいだと勝手に納得してしまったようだ。
そして、とうとう裕也たちはオルレアンの北……すなわち魔族たちが最初に侵攻してきた浅瀬へとたどり着いた。
「エン将軍……」
裕也が、ぽつりと呟く。
三国志の張飛の如く魔族たちの侵攻を食い止めていたエン将軍は、その槍を持ったままこと切れていた。
見せ場のイベントだから体力を多めに設定はしたが、エン将軍は不死身というわけじゃない。何度も魔族たちの攻撃を食らえば、当然こうなってしまう。
すまないなエン将軍、これもすべて俺のせいなんだよな……。
「あんたがあのゾンビを倒したのかい?」
そして、そんなエン将軍の背後に控える、大柄な女性。
全武の将、もとい魔王ジェーン。
「その斧は……シスターの」
裕也はジェーンの武器を見て驚く。
彼女の持つ戦斧は、かつてジャンヌの役割を継承したシスターを殺したそれと全く同じものだった。おそらく裕也は、誰があの時シスターを殺したか察したのだろう。
「ちっ、ジェーンっていえば、この世界の魔王だろ? そいつがなんでこんな場所にいるんだよ。こんな最前線で俺たちを待ち構えてるなんて……聞いてねぇぞ」
皆斗が震えながら舌打ちした。まさかこんなところで最強のラスボス遭遇するとは思ってもみなかったのだろう。
「あたいは魔王になんかなるつもりはこれっぽっちもなかったんだがねぇ。どうしてこんなことをしてるのか、自分でも分からないさ」
「…………」
「でもまぁ、城の玉座でふんぞり返るのが仕事とは思っちゃいないよ。あたいは戦士っ! こうして敵を待ち構えて倒すことが、一番性に合ってるってことよっ!」
実際、魔王になる前にジェーンは、物語上でそういう役割を与えられていた。彼女はやはり前線に出て、勇者たちを迎え撃つ終盤での大ボスだった。
そういう役割だから、自然と性格もそうなるように寄せている。
「あなたが……シスターさんを殺して、この世界の平和を乱そうとしているなら。僕は……戦う。戦って、勝ってみせるっ!」
「威勢のいいガキだねぇっ! あたいを倒す? その細腕で、どこまで頑張れるのかねぇ?」
「それでも、僕は……」
「口だけじゃなくて、ちったぁ楽しませてくれるんだろうねええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
瞬間、大地が爆ぜた。
ジェーンが戦斧を振り下ろし、地面を抉ったのだ。
「うああああああああああっ!」
「しょ、正気かよこんなところで」
「み、水がああああっ!」
ここは封印が解けたことによって突如として出現した、橋のように狭い浅瀬。従ってジェーンのこの行動は、橋を落とすどころか津波を呼び起こした。
「〈コキュートス〉っ!」
すかさず裕也が氷系の魔法を使い、津波を凍らせる。
「はっ!」
「…………」
それが、開戦の合図となった。
魔王ジェーン。
勇者裕也とその仲間。
最後ではないが最大の山場となるバトルが、魔王城にたどり着く目前……この狭い陸の上で始まったのだった。




