死後の設定
ええ……と。
若菜の死から数十秒後、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。
まず、確かめなければならないことがある。
まだこのゲームがゲームだと思っていた頃の話だ。
この〈異世界ツクール〉を作るにあたって、俺はいくつかの基本的な設定を定めた。
人類と魔族の国家があること。
魔法が存在すること。
武器と防具を装備できること。
ステータスと適性職業が存在すること。
そしてそんな基本的な設定の一つが、魔族に倒されて死んでしまった時の扱いだ。
HPがゼロになり死亡した場合、その人物は最初に召喚された城へと飛ばされ、そこでHP1の状態で生き返る。
つまりこの設定が生きているのであれば、死んだ若菜は蘇っている……ということになる。
とはいえ、これまで様々なイレギュラーが発生したこのゲームだ。不安が尽きない。
激戦の裕也たちからいったん画面を切り替え、王城の広間へと移動する。
大理石の柱が並ぶこの場所は、かつて最初に裕也たちが召喚された場所であった。
そこに……。
若菜がいた。
俺はほっと胸を撫でおろした。
良かった。
ちゃんと設定が生きていたみたいだ。
若菜はゆっくりと目を開けた。そしてそのまま……動かなかった。
……ん?
普通、死んで目の前の景色が変わってたら、もっと驚いたりしてもいいと思うのだが。寝起きか、あるいは生き返ったばかりで意識がはっきりしていないとか?
「…………」
10秒、そして30秒と俺は若菜の様子を見ていた。
彼女は全く動かなかった。
意識を失っているわけじゃない。寝ているわけでもない。まるで銅像か何かのように何もない空間をじっと見つめ、そして微動だにしない。
まるで指示を待っているNPCのようだ。
「…………まさか」
若菜は生き返った。
確かに仕様通りに生き返ることができた。
だが、これは彼女であって彼女ではない。魂のようなものがなくなった状態だとしたら……?
もう少し様子を見てみたいが、今はまだ激戦の最中だ。
これ以上時間を割いている余裕はない。
城での騒動を、激戦の裕也たちが知るはずもなく、戦いはさらに続いていた。
だけど仲間の死は予想外にクラスメイトたちを燃え上がらせたらしい。
「もうだれも、犠牲になんかさせないっ! 絶対にっ!」
中でも裕也の怒りは相当なものだった。前線に立つ勇者として、みんなを守らなければならないという責務に駆られているのかもしれない。
たとえ、元はいじめられていたとしても。
「絶対にっ!」
「キシャアアアアアアアア」
三体のゾンビが一斉に裕也へと迫ってきた。
裕也っ! いくら気合十分でも、さすがにその数はまずいっ! お前が死んだらみんな殺されてしまうかもしれないんだぞっ! 冷静になってくれっ!
「くそっ、くそっ!」
案の定、裕也は押され始めた。
「僕は……もう、二度と、犠牲なんか、絶対に……」
裕也……。
「絶対に、負けるものかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!〈セイクリッド・ソード〉っ!」
裕也の剣、エクスカリバーは白い光を纏う。
なんだ? この技は。
俺が設定した技じゃないぞ?
光り輝く裕也の剣は、偽ロリタ王女の剣をやすやすと切り裂き、そしてその胴体すらも切断した。
そして、おそらくは強力な聖属性の力が付加されているからなのだろうか、ゾンビを浄化して完全に消失された。
強い。
もともとエクスカリバー自体は最強の剣。しかし相手となる偽ロリタ王女のゾンビはもともとパラメーターがカンスト状態。みんなでボコって初めて勝てる、そんなレベルの敵なのに。
この新しい技は、この世界の法則を凌駕する力を持っている。
ライオネルたちが俺の支配を脱し、〈カオス・レギオン〉という新しい魔法を生み出したように、裕也もまた知り合いの死がきっかけとなり新しい力を生み出したということか。
まるで少年漫画みたいな熱い展開だ。
こうして、新たな力に目覚めた裕也は、次々と敵をなぎ倒していった。
彼はまさしく、この国を救った英雄となったのだった。
「みんなっ!」
敵を全滅させた後、裕也は大声でみんなに語り掛けた。
「僕は新しい力を手に入れた。もう、こんな悲劇は二度と起こって欲しくないっ! みんなを、そしてこの国の人たちを守りたいんだっ! だから、僕はこれからオルレアンの北、魔族の本拠地に向かおうと思う。みんなここで待っててほしい」
このゾンビは、俺の生み出した偽ロリタ王女が素材となっている。俺はライオネルたちを倒すためにかなりの数を用意したが、それでも数に限りは存在する。無限に増殖するわけではないゾンビを倒し続けたわけだから、数が減っていくのは当然のことだ。
本拠地を叩く。
少し前なら無謀な話だったかもしれないが、今、この状況においては十分に可能な話だ。
「水臭いこと言うなよ、裕也」
ばしっ、と皆斗が裕也の背中を叩いた。
「朝倉君……」
「俺たちゃ、一緒に戦った仲間だろ? 物語のクライマックス、一番おいしい最終対決まで付き合せろや」
「みんな……」
裕也が泣いていた。
皆が、裕也とともに戦うことを希望した。それは少し前の彼にとっては、あまりにもありえない……奇跡のような光景だったに違いない。
こうして、裕也たちは北を目指し始めた。
残るは少数のゾンビたちと、ライオネルとジェーン。
最後の戦いが、始まろうとしている。
*************:
「そ……そんな……馬鹿なっ!」
全智の将、ライオネルは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
彼は感じていた。
〈カオス・レギオン〉によって自らが生み出し、そして敵国に送り出した最強のゾンビたちが、その数を徐々に減らしていることを。
ゾンビが死んだということは、倒すだけの実力者がいたということ。
そしてそれは同時にこちら側に反抗してくる可能性があることを示している。
「あの信じられない強さのゾンビたちが、負けるなんて。ありえないよ、何か間違いだ。そうに決まってる」
「いよいよあたいの出番ってわけだねぇっ!」
事情を察したらしいジェーンが、戦斧を地面に叩きつけた。
軽い地震のような衝撃が周囲を襲った。
「あんたは城の中にこもってな」
「でも、そんなことをすれば君が。そ、それに城で待ち受けるなら魔王である君の方が適任で……」
「この期におよんであたい以外に適任の将軍がいるのかねぇ。あんたじゃすぐ殺されちまうよ?」
「そ……それは……」
確かに、その通りだった。
もし魔王が存命だとすれば、ジェーンを前線に配置することに反対はしなかっただろう。あのゾンビを倒せるような敵に、ライオネルが敵うとは思えなかった。
「文句を言ってごめん。そうだね、君が一番だっ!」
「ははっ、そうさ。あたいは最強なのさ。安心しな、それらしき敵の首を取ったらすぐ戻ってきてやるよ。魔王様凱旋の準備をしておきなっ!」
「……そうだね」
ジェーンはその場に踏みとどまり、勇者たちを迎え撃つ。
そしてライオネルは城へと戻った。




