首都侵入
アングル王国、首都にて。
ここはこの国の首都であり、もっとも発展し安全な城下町である。
つい先日の魔族侵攻によって住民たちは若干の緊張感を覚えていた。
国王も、そしてその傘下にある役人たちも矢継ぎ早に危険性を訴えていた。そのことに危機感を覚えたものも決して少なくない。
だが、日常を忙しく駆け巡る大半の住人にとって、それほど現実感のない出来事でもあった。
飛行機どころか自動車すらないこの世界において、森林と山岳の先にあるオルレアンは遥か遠い異国のような存在であり、住民たちにとってなじみのない存在であった、
最近はそのオルレアンから難民がやってきたので、多少危機感を覚えるものも多かった。
だがあくまで他人事。
特に兵士でない一般の住人たちは、やはり遠い都市の情勢に疎いのであった。
今日も農夫は働き、商人は物を売り、大工は家を建て鍛冶屋は鉄を打つ。
しかし日常を過ごす彼らの日々は、今日、終わる。
最初にそれを見つけたのは、首都近郊を巡回していた見張りの兵士だった。
「グルルルルル」
四つん這いになりこちらに猛進してくるその生き物は、いびつな形をとりながらも明らかに人間の形をしている。異形ともいえるその姿に、巡回の兵士たちはただただ驚くばかりだった。
「な、なんだこいつは?」
「ゾンビ系の魔物か? このあたりでは見ないタイプだが」
「注意を怠るなっ! 逃がさないように囲い込めっ!」
隊長の指示に従い、円陣を組む兵士たち。各々武器を構え臨戦態勢を取る。
的確な指示だった。相手が弱小魔物であれば、の話ではあるが。
このゾンビはロリタ王女の身体をベースとした比較的小さい個体だ。小学生程度の見た目に弱そうだと感じてしまった兵士たちの心情は理解できる。
しかしその油断は、この強大な敵を前にして……あまりにも命とりであった。
「グルルル……ザヅジンッ!」
勝負は一瞬だった。
あちこちを負傷している偽ロリタ王女のゾンビは、見た目からして明らかに素早い攻撃に不慣れなように見える。だがゾンビとして格を落としたとしても、生来のステータスがほぼそのまま引き継がれている状態だ。
雑魚兵士程度に、どうにかなる相手ではなかった。
サツジン、という掛け声とともに突如として剣を出現させたそのゾンビは、周囲の兵士たちをまとめて攻撃できるほどの広範囲の技を放った。
高速かつ広範囲の斬撃。
「あ……あ……」
兵士の倒れる音がした。
サツジンによって倒れこんだ兵士たちは、いずれも最前面に立ちゾンビと対峙していたものだちだった。後方に控えていた者たちは直撃こそ免れたが、腕が切れたり耳が飛んだりと、決して無傷とは言えない状態。
前面の兵士が盾となり直撃を免れた。そして今、その盾となる者たちが倒れたのだから、次はどうなってしまうか……火を見るよりも明らかであった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
恐怖が伝染した兵士は無力化してしまった。そしてもしたとえ使命を背に全力で挑んでいたとしても、高ランクの魔族が苦戦するほどハイスペックな偽ロリタ王女に抗えるはずもなかった。
次に聞こえたのは、ドンッ、という衝撃音だった。
首都最北端、都市と郊外を隔てる防壁が破壊された音であった。
魔物対策のために設置された防壁はあまりにも脆弱だった。それはこの周辺の敵があまりにも弱すぎるからでもあり、そして製作者である大和がそういう設定だからと防壁の強度、密度、高さの設定を緩めに設定した。
それゆえの悲劇。
「な、なんだあれは、まさか魔物か?」
「うああああああああああああああああああああああああああ」
「逃げろおおおおおおおおおおおっ!」
「兵士たちは何してるんだ! 早くっ、早くあいつをどうにかしてくれっ!」
逃げ惑う人々。
そして偽ロリタ王女のゾンビは、得意の技で無防備な彼らを惨殺していく。
まさに、虐殺。
そして悲劇は終わらない。
すでにジェーンが周囲に投げ込んだ数体のゾンビたちが、続々とこちらに向かってきている。
誰かが手を打たなければ、この国は……滅亡してしまうかもしれない。
*********
俺の生み出したゲーム世界で、未曽有の虐殺が行われようとしている。
もちろん、俺だってただ見ていたわけじゃない。最初こそあまりに事態に思考停止し、ショックで停止ボタンを押し続けることしかできなかった。
だがしばらくして冷静さを取り戻した。
過ぎたことは仕方ない。
時間が止められないならそれもまた受け入れよう。
俺が今できることをやるべきだ。
そして思いついたのが、実に単純明快な解。
ゾンビ化を治すという方法だ。
しかしすぐにこれは断念せざるをえなかった。そもそも誰かをゾンビ化する魔法なんて存在しないのだ。設定のない状態異常を治すことはできなかった。
次に思いついたのは、このキャラを削除することだった。
魔王やジェーンと違い、このゾンビは俺が量産した偽ロリタ王女の魔物だ。だから消しても他の魔物たちのように誰かが役割を継承するとは考えにくい。
つまりこいつを消せばそれで話は終わりなのだ。
だが障害物の多い場所で移動するこのゾンビを一体指定して選択することは難しい。俺はそのことに手間取っていた。
そうこうしているうちに、奴は兵士と接触してしまった。タップする障害物が増えてさらに選択しにくなってしまった。
俺も緊張で手が震えている。情けない話だが、俺は今……この状況にとてもショックを受けている。
どこか遠くの国で戦争が起こるよりも……よほどショッキングな出来事だった。
「や、大和様。選択が難しいのでしたら、じょ、城壁を設定してあのゾンビを都市に入れないようにすれば良いのでは」
「でもそんな城壁を設定したら、近くにいる旅人や都市近郊の農夫たちが虐殺されるかもしれないだろっ! 身分の低い人間は、見殺しにするつもりかっ!」
「わ、わたくしはそんなつもりは……」
「ああ……違うっ! 違うんだっ! 許してくれっ! 俺が言いたかったのはこんなことじゃなくて……」
気が立ち、つい心にもない暴言を吐いてしまう。
あるいは、俺もリディア王女も冷徹に異世界人たちを見捨てる覚悟があれば、もっと冷静かつ正解に近い判断ができたかもしれない。
でも、そんなことはできない。リディア王女はもとより、彼女やロリタ王女に触れてしまった俺には……もう、あの世界の住人を無機質なNPCだとみることはできなかった。
「ああっ、くそっ、くそっ!」
本当に、頭が乱される。
目の前で多くの人が殺されてるのに、俺は何をやっているんだ。スマホポチポチして叫んでるだけの、ただの異常者じゃないか。
そうこうしているうちに、ゾンビはとうとう住人と接触してしまった。これは完全に俺のミスだった。
何度も消す機会があったはずなのに、リディア王女の提案を無視したり指先が震えたりして、何もできなかったのだから。
「もう……勘弁してくれよ。こんなの……こんなのって……」
俺は自分の愚かさに絶望した。
今からゾンビを削除すればいいことは分かっていた。
だけど手が動かない。目が、耳が、頭の中が全力で現実逃避を始めている。画面の中の悲劇を見たくなかった、聞きたくなかった。
「やあああああああああああああああっ!」
その時聞こえてきたその声に、俺は少しだけ正気を取り戻した。
「裕也っ!」
裕也がエクスカリバーを構えてゾンビと対峙している。
馬鹿、何やってんだっ! こいつがどれだけ強いと思ってるんだ。お前一人じゃ、確実殺されて……。
「裕也、サポートは俺たちに任せろっ!」
裕也の身体能力が強化されていく。
「皆斗っ!」
後ろで杖を構えていたのは、いつも裕也をいじめていたはずの……皆斗だった。




