カオス・レギオン
エドマンドを倒した。
俺はすぐさま〈異世界ツクール〉のキャラクターデータを確認したが、エドマンドは確かに状態死亡になっている。
この前の魔王消去事件の時みたいに、誰かが代わりになった様子はない。
完全勝利だ。
「ん? なんだいこりゃ?」
時間停止の時、やや動きかけていたライオネルと違い、ジェーンは完全にゲーム世界で静止していた。おそらく何が起こったのかも理解していないのだろう。
「あたいはなんでこんな場所に? ライオネル? あんたの仕業かい」
「も、戻らなければ……」
「ライオネル?」
「早く、早く戻らなければっ! このままじゃあエドマンドだけでっ!」
なるほど。
どうやらライオネルは停止時間の間のことを知覚できていたらしい。俺がここに無理やり連れてきて、エドマンドを一体だけ残したと理解できている。
しかし、それを防ぐことはできなかったようだ。
「ら、ライオネル。戻るってどこに行けばいいのさ。周りは全部海、北も南もわかりゃしないよっ!」
「任せて」
ライオネルが前に出た。
「太陽の位置、気温、海の水はやや冷たく、風は強い。あの時からまだ時間がたっていないとすれば……」
周囲を見渡したり、海水に手を浸したり、あるいは風を感じるように大の時になって立ってみたり、ライオネルは周囲の様々な環境を観測しているようだ。
そして――
「あちらの方角に向かえば陸地にたどり着くはずだよ。方角は南、そしてここは島の北側にある海域だっ!」
お見事。
ライオネルは見事現在位置を特定した。そしておそらくこれから……。
「ジェーン、あとは頼んだよ」
「魔王のあたいに命令するなんて、いい度胸じゃないのさっ!」
言葉とは裏腹に、ライオネルの指示通りに動き出したジェーン。
その規格外の力で、海を割って陸の橋を作り出していく。
「…………」
ライオネルとジェーンはこちらの隔離攻撃を難なく破り、再び戦線へと復帰しようとしている。
「大和様、一時停止をしなくて良いのですか? このままではまた……」
「待ってくれ」
そう。
俺には俺の考えがある。
「少し、様子を見たいんだ。奴らがどんな反応をするか? ほかに何か俺の知らない作戦を考えてないか? あるいは……」
「あるいは?」
「いや、なんでもない」
上手くいった。
上手く行き過ぎた。
だからこそ、解せない。
なぜ、ライオネルは何もしないんだ?
奴は〈異世界ツクール〉〈リアルツクール〉と同等の力を有してるんじゃなかったのか? だから俺の世界にジャンヌを連れてきたり、ロリタ王女のことを傷つけることができた。
実際、停止世界の中で動きかけたライオネルの様子は、俺にとってまさしく驚嘆に値するものだった。特別な存在であるというのは間違いない。
ただしそれはこの世界のキャラクターの中ではという前提付き。
俺と同等か、あるいはそれ以上の神だというのなら、もっと恐るべき対抗策を持っててもいいんじゃないのか? 奴は確かに特殊な存在ではあるが……少し、拍子抜けした印象だ。
何か、俺の知らない制約でもあるのか?
あるいは……。
いや、まさかな。
どちらにしろ何かあれば再び時間を停止すればいいだけ。どう転んでも俺が負けるはずはないんだ。
************
オルレアン島南、孤島にて。
再びこの地に戻ってきたジェーンとエドマンド。
しかしそこに残されていたのは、半ば予想した通りの……絶望であった。
「エドマンド……」
全謀の将、エドマンドの死体。
無数の偽ロリタ王女の死体。その中心部でいくつもの剣に突き刺され絶命した彼の死体は、まるで町の中心にあるモニュメントか何かのように、どこか芸術性を帯びた生き物でない何かに見えた。
「仲間の死ってのは、さすがのあたいも心に響くねぇ。くそっ!」
ジェーンが戦斧を荒々しく地面に叩きつけた。涙こそ流してはいないが、彼女の心の中で荒ぶる竜巻のような感情が見て取れる。
そしてそれは、ライオネルも同様であった。
まるで何かを求めるように伸びたエドマンドの手。
それを、ライオネルはそっと掴んだ。
「君は孤独に、僕たちのために戦い抜いてくれたんだね。ここまで、敵の死体を増やしながら、体を傷つけられながら……君は……。エドマンド、まさしく、この国の柱だった」
平時であれば、葬儀を行い盛大に葬っただろう。国家に尽くした英雄として、豪華な墓を用意していつまでも称えられる存在となったであろう。
だが今、そんなことはライオネルも……そして、死んだエドマンドもまた望んではいない。
「最後の最後まで、軍師として策を温存し……自らの命まで犠牲にしたんだね。君ならば、この危機を脱することができたかもしれないのに」
そう。
エドマンドには策があった。それはこの刺客だらけの孤島で勝利を収めるに足るものであり、彼はそのキーとなる魔法を実行可能だった。
しかしエドマンドはそれを行わなかった。
ここで使ってしまっては、自分が助かっても魔族は勝利できない。己の身を犠牲にして、同族を勝利に導くことを選んだのだ。
「なら……ならば、私たちは君の屍を超えていこう」
涙を堪え、ライオネルは立ち上がった。
今、ここで、かつてエドマンドと話をしていた作戦の最終段階を発動させる。
「ジェーンっ! 分かってるねっ!」
「あいよっ!」
ジェーンが戦斧を投げ捨て、深呼吸を始めた。
そしてライオネルは座り込み、地面に手を這わせる。
「これが我が友の残した最後の計略っ!」
瞬間、光の魔方陣が出現した。
エドマンドを中心に発生したそれは、、肉眼ではとらえられないほどに巨大であり、この孤島のみならず、北のオルレアン島まで達するものであった。
「――〈カオス・レギオン〉っ!」
そして、ライオネルは魔法を発動させた。




