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最初のモンスター


 こうして、クラスメイト一行は近くの森へと向かうことになった。

 のだが……。


「日差しが……はぁ、日焼けしちゃう……」

「虫が……」

「服が泥だらけ。勘弁してくれよぉ」

「おい水だ、水寄越せっ!」


 近くの兵士に命令する皆斗。

 皆斗に限らずここにいる全員は異世界人。海や山に行ったことはあっても、こんな道路も何もない深い森の中に好んで入ることはほぼない。だから大自然の洗礼に耐えられるはずもなかった。

 それにしても別に勇者だからって偉いわけでもないのに、皆斗たちはどうしてこんなに高圧的なんだろう。


「こちらです。勇者殿、あまり飲みすぎては……」

「うるせぇ、いいからさっさと寄越せっ!」


 皆斗は案内役の兵士から水筒を奪い取ると、がぶがぶと飲み始めた。

 別に日照りとかで川が干上がっているというわけではないが、遠征先で水分はそれなりに貴重だ。自分だけのことは考えず自重してほしい。


「森の中でも、思ったより日差しが強いわね。虫もいるわ。はぁ」


 げんなりとした様子でため息をついた少女。


 波打つような形をしたウェーブ巻きの茶髪、小さく整えられた眉と自然なコントラストで彩られたメイク、加えて鮮やかなネイル。

 いずれも異世界の……それもこの森の中ではなじめないほど洗練されたファッションだ。


 彼女の名前は旭川若菜あさひかわ わかな。去年は俺と一緒のクラスメイトだった。


 その美少女な外見とは裏腹に、よく裕也をいじめていた。

 

「日焼け止め、切れちゃうわ。ねえ、あんた持ってないの? PA++++の」

「日焼け止め、ですかな? 城の貴族様が方であればお持ちでしょうが、我々遠征軍は高価な荷物は……」

「はぁ? 近くにコンビニか何かないの?」

「こ、コンビニ?」


 兵士たちが困惑している。コンビニなんてものがこの世界にあるわけがない。

 ……いや、俺が無理やり作り出せばなくもないのだが……今の時点では存在しないものだ。


「はあああああああ、使えないわね。死ねばいいのに」

 

 若菜が兵士さんに悪態をついている。いや文句を言う相手が違うと思うんだが……。


「勇者様方、少々お待ちください」


 案内役の兵士がそう言って剣を構えた。

 瞬間、茂みの中から何かが飛び出した。


「こ、こいつは……スライムかよ」


 スライム。

 皆斗たちの前に現れたのはスライムだった。


 郊外にはモンスターが配置されており、自らのテリトリーを自由に歩き回っている。密度はそれほど高くないが、今回みたいに遭遇してしまうこともありえるということだ。


 スライムは俺が設定したなかでも最弱のモンスターだ。始まりの城から近いこの地では、強い敵が出ない仕様になっている。

 

「へへっ、へへへへへっ! やっと異世界らしくなってきたじゃねーかよ」


 上機嫌の皆斗は近くにあった木の棒を拾い、そして――


「うおらあああああああっ!」


 勢いよくスライムに向けて振り下ろした。

 常人であれば頭が割れてしまうほどの一撃だ。モンスター相手に手加減をする必要はない。

 

「……なにっ!」


 だが、スライムは無傷。

 ぶよぶよとしたその身体に木の棒がめり込んだだけだった。しかもしばらくするとスライムは元の形に戻り、反動で木の棒は吹き飛ばされる。


 皆斗の職業は聖職者であり、ヒーラー担当だ。攻撃力は貧弱であり、それを補う装備もない。

 これは当然の結果だった。


「くそっ、なんなんだよこいつっ! 全然効いてねぇじゃねーか」


 どれだけ現実世界で運動能力に優れていたとしても、このゲーム世界ではパラメーターや魔法がすべて。


 皆斗はスライムを蹴ったり殴ったり必死に倒そうとしている。その攻撃は全く効いていないわけではないようだが……とてもではないが致命傷に至るレベルではなかった。


「聖騎士殿、あなたのお力をどうか……」

「え……僕?」


 見かねた兵士が裕也に頭を下げた。


「スライムはこの世界最下級のモンスター。兵士の私たちでも十分に倒せますが……ここはあなた様のお力を示しておくべきでしょう」

「えっと……はい」


 兵士に言われ、裕也は剣を構えた。

 拙い構えだ。


「…………〈カース〉?」


 裕也、その魔法は……。

 十分な魔力を持つ裕也のその魔法は、直ちに発動した。

 禍々しい黒い霧がスライムを覆い、効果が発動される。

 だが……。


「え、なんで? どうして?」


 仰々しいエフェクトとは裏腹に、スライムは全くの無傷であった。


「勇者殿、その魔法は相手を呪い状態にする魔法なのです。相手を攻撃する魔法ではありません」


 状態異常、呪い。

 回復魔法の効果が反転し、ダメージとなってしまう。しかし最底辺のモンスターであるスライムは自らを回復するような魔法を放つことなどない。

 つまり、今この状況において『呪い』は不必要な状態異常なのだ。


「あ、えっと、ごめんなさい。今度はちゃんとやります」


 まだ異世界に来て本格的な戦闘を行っていない裕也にとって、どの技を使えばいいかというのは難しい選択だ。彼はそのハイスペックなステータスにふさわしく、数々の魔法やスキルを使用することができる。


「――〈祝福刃ブレス・ブレード〉」


 瞬間、世界が爆ぜた。

 裕也を中心に発生した白い光は、空に向かって大きな柱のように膨れ上がり、巨大な十字架を形作る。

 スライムは跡形もなく消し飛んでしまった。


 裕也……何やってんだよ。

 〈祝福刃ブレス・ブレード〉はこのゲームの後半においてもそこそこ使えるレベルの高出力のスキルだ。スライムなんて100回以上殺すことができる。 


「………………」

「………………」

「………………」


 この威力には、さすがのクラスメイトたちも驚きを隠せなかったようだ。

 これまでずっと、ひ弱なクラスメイトとしていじめられてきた裕也。それがこんなにも最強でけた違いの力を見せつけてしまったのだ。

 思考停止してしまうのも仕方ない。 


 裕也は恥ずかしそうに頭をかきながら、兵士の後ろに隠れてしまった。


「ちっ……なんだよあいつ」

「なんであいつだけ? あたしなんて農夫なのに……」 


 皆斗たちクラスメイト一同は不満げだ。だがこれまでと同じように表立って罵声を浴びせたり暴力をふるったりすることはできない。

 裕也の力を目の当たりにした今となっては、どちらが弱者なのかは誰がどう見ても明らかなのだから。


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