召喚者ライオネル
――夜。
いつものように自室で異世界のことを調べていた俺は、その異変に気が付いた。
とうとうきたか。
スマホの画面はロリタ王女の部屋を映し出している。
部屋の中央で素振りのような動作をしている偽ロリタ王女。
そして、そんな彼女に忍び寄る黒い影。
――魔物。
「ギギギギギギ」
「え?」
窓の外、地上から10メートル近くあるこの部屋に現れたのは、ミスリルガーゴイルだ。
ガーゴイルの上位種族に位置するこのモンスターは、魔族の本拠地である北の島にのみ出現する強い敵だ。
ミスリルガーゴイルは両手を広げて彼女に抱き着こうとした。そのまま連れ去ってしまうつもりらしい。
しかし――
「とうりゃああああああああああっ!」
ステータスカンストのロリタ王女に敵はいなかった。
箒の柄を刀に見立てて戦ったロリタ王女は、一発でミスリルガーゴイルを仕留めてしまった。これはあまりにも破格の力だ。最強武器のエクスカリバーを身に着けた裕也であっても、一発でHPを削り切ることは不可能なのだから。
「…………」
いや、いきなり倒されても困るんだが……。
死んで画面から消失してしまったモンスターはいろいろと調べにくい。
とはいえ俺も監視と調査を続けてきたから、〈異世界ツクール〉の操作技術もレベルアップしている。死んだと言ってもつい先ほどまでこの場にいたモンスターであるから、調べることができなくもない。
種族、ミスリルガーゴイル。
召喚者、ライオネル。
という情報を割り出すことができた。
全知の将、ライオネル。
たしか、この前のギガントも確かライオネルだったはずだ。
これは偶然か?
魔族の幹部クラスなら、大量に魔物を召喚していてもおかしくないのだが……。
「王女様っ! ご無事ですかっ!」
騒ぎを聞きつけ裕也が部屋に突入してきた。
ガーゴイルは空を飛ぶからな。入口を警備していた裕也たちが遅れてしまうのは無理もないこと。
せめて護衛として部屋の中でクラスの女子の誰かが過ごしていればよかったのだが、裕也以外そこまでまじめに護衛をしたいという人間はいなかった。
「って、あれ?」
もう敵は倒されてしまったわけだから、裕也にやることはない。
その後いろいろあるのかもしれないが、俺はもうこの二人の会話に興味を失っていた。
今は、それよりも。
ミニマップをタップして、目的の場所を表示する。
北の島、すなわち魔王国だ。
ゲーム終盤になってやっと到達できるこの地も、ゲームマスターの俺にとっては庭も同然。
この島を表示したのは、もちろん先ほど名前の出てきたライオネルを確認するためだ。
ライオネルは魔界三将の一体であるから、大抵は魔王城にいるはず。
適当に検索すると、すぐに居場所は割れた。
どうやら、魔王を継承したジェーンと一緒に玉座の間にいるらしい。
「どうやら、刺客の魔物は敗れてしまったようだね」
片眼鏡の青年風魔族、ライオネルが呟いた。
どうやら自らの使い魔が敗れてしまったことを知っているらしい。
「がはははっ、あんたの魔物は使えないねぇー。また勇者にやられちまったのかい」
巨大な戦斧を振り回しながら、女戦士風魔族――ジェーンが豪快に笑った。それほど狭い部屋ではないのだから、ライオネルに当たってしまわないかひやひやする。
「人間一人ごときにここまでてこずるとは思ってもみなかったよ。次はもっと強力な刺客を用意するから待っててもらえるかな?」
「あたいが暴れちゃすべて解決だと思うんだがねぇ。この間の海岸の時だってうまくいったじゃないかい」
そう。
この間調べて分かったことだったが、あのとき、戦斧を投げてジャンヌを殺したのはこの魔王ジェーンだったのだ。
リプレイ動画で俺も確認したのだが、海岸から思いっきり斧を投げて対岸のジャンヌのところまで命中させている。
「大将自ら敵地に潜り込むのは愚策かと、魔王様。ここは僕に任せてもらえるかな」
「んじゃどーすんのさ」
「今度はもっと強い刺客を送り出すよ。そうすればきっと王女を捕らえられる」
「ま、あたいは何でもいいんだがねぇ。あまりもたもたしてるなら、この間みたいにこの斧を投げて……」
「さすがに山を越えた奥までは無理でしょ」
「やってみなきゃ分からないじゃないかい」
「とにかく、しばらくは僕に任せてよ」
ふむ、また刺客が送られてくるのか。
でも今のロリタ王女の強さならどんな奴だって返り討ちだろうな。
偽ロリタ王女最強案はいい作戦だった。実際裕也もロリタ王女も完全に身の安全が確保されている状態だ。
だけどこのままでは物語が進まない。それにこのジェーンが戦斧を投げまくったら、隕石が落ちるみたいに住宅に被害が及ぶかもしれない。下手をすれば裕也や皆斗たちにも……。
残酷な話だけど、この偽ロリタ王女が捕まってもらった方が助かる。
いったん力を封じて、魔族側に偽ロリタ王女を引き渡そう。
そしてしばらくして封印を解除させて、魔族の城の中で大暴れさせる。こうすればあとで裕也たちがが来た時に制圧しやすくなる。
後日。
俺の操作によって偽ロリタ王女はデバフをかけられ、刺客として現れた魔物によって連れ去られてしまった。
深夜の襲撃であり裕也は睡眠中、他に見張りをするはずだったクラスメイトは居眠りにより失敗。結果として魔物を止めることができなかった。
そして、四人の巫女はすべて魔族の手に落ちた。




