未知のダンジョンへ
〈異世界ツクール〉。
俺はこのアプリを使ってゲームの世界を作り出した。
それはマップであり、建物であり、NPCでありイベントでありモンスターでありスキルであり、この世界のすべてといっても過言でもない。
もちろんプログラミングの知識もなければ絵心もない俺が、立派なモンスターや複雑なイベントを一から生み出すことは不可能だ。すべてアプリ上にあったツールを用いて作成したものであり、そういう意味では『俺のゲーム』と言ってしまうのは語弊があるかもしれない。
ただイベントの条件を指定したのは俺であり、リディア王女たちNPCの身体を制作ツールで生み出したのは他ならぬ俺自身。設定したことに関しては胸を張って俺のものであると言える。
さて、まずはこのゲームの中に召喚されてしまった皆斗たちをどうにかしないといけないわけだが……。
たとえば、リディア王女は『召喚』のスキルを持つNPCだ。彼女はこの世界に勇者たちを召喚した、という設定であり、実際にそういう魔法を使うことができる。
しかし『異世界から召喚』することはできても『異世界に送る』ことはできない。そもそもそういったスキルや魔法は設定上存在しないのだ。
だから異世界に行った皆斗たちを直接この世界に戻すことは不可能だ。そういう意味では……取り返しがつかない状況と言える。
なら、このゲームをクリアして……みるか?
敵を倒して元の世界に戻る、というのは一昔前の異世界召喚系の創作物でよく見られる展開だ。俺がそういった設定を用意しているわけではないが、このゲームが終了すれば皆斗たちが戻ってくる可能性はある。
とはいえ最強設定の魔王を一朝一夕で倒せるわけがない。普通にやりこんで数十時間を覚悟しないといけないほどの力量差だ。皆斗たちはこのゲームにそこまで付き合ってくれるのか……いや……。
……魔王を消すか?
ゲームは始まったが、制作ツールはまだ動かせそうだ。適当なところに建物を建てたり、何かの名前をかえたりイベントを作ったり、そしてNPCを削除したりもタップ一つで操作できてしまえそうに見える。
こいつで魔王エドワードを消してしまえば……。
いやちょっと待て。それは本当に大丈夫なのか?
魔王エドワードはこの世界の根幹を成す存在だ。多くのイベントが、地形が、建物がそしてNPCが魔王エドワードありきで存在している。
この世界は皆斗たちが召喚されてしまうようなしっかりとした実体を持つ世界だ。魔王を消す、なんてことをしてどんなことが起こるのか……俺には想像ができない。
本当に魔王が消えるだけならいい。だけどたとえば、魔王がいなくなったことによって建物が突然消えたり、兵士が無職になったり、バグ……のようなものが生まれる可能性は?
そもそも本当に魔王が消せるのか? 俺が魔王を消した瞬間、別の魔王が出現するなんてことも……。
……何不安になってるんだろうな俺。ゲームが起動するまでは散々作ったり消したりしてたのに。
現実に誰かがいると思うと、怖いものだ。このゲームはオートセーブだから、皆斗たちに何かあったら取り返しがつかない可能性も……。
いや……。
そもそもこいつらは本当に皆斗たち本人なのか?
皆斗たちのコピーである可能性は?
俺の記憶から生み出された偽物である可能性は?
突拍子もない話だが、教室から異世界に転移したという御伽噺よりはまだ理解しやすい。スマホで記憶を読み取るなんてSFみたいな設定だけど、クラス転移に比べればまだあり得るからだ。
俺の記憶を読み取った、という展開なら難易度はかなり下がると思う。そうするとこの皆斗たちは俺の知っている本人じゃなく、俺の妄想が生み出した偽物ということだ。
本人かどうか確認してみるか?
どうやって?
俺はこの世界の神だ。〈異世界ツクール〉の所有者だ。
魔王エドワードを消すなんて高度な真似よりも、まずは小手調べの調査をしてみよう。
俺が勝手に世界の設定をいじったらどうなるのか? 新しいダンジョンや敵が生まれたらどうなるのか?
それに、皆斗たちの反応を見てみたい。
そもそもこのままスキルや魔法を持った状態でこの世界に戻って来られても困るからな。帰還させるにして慎重にする必要がある。
翌日。
俺はゲームを起動した。
昨日、俺は制作ツールを起動した。そして昨日思いついたアイデアに必要なものを、すべてゲーム内に配置し終えた。
ゲーム内の時刻は朝。
これは俺が今現実世界で過ごしている時間と全く同じように見える。どうやら時間の流れは同じなようだ。
昨夜、歓迎会を終えたクラスの一同は、再び召喚された大広間へと集まっていた。
皆斗たちを出迎えたのは、もちろんリディア王女だ。
「王女様、話したいこととは一体?」
「この城のある都市より東方約10KM先にある森林地帯。昨日そこから、未知のダンジョンが発見されまして」
そう、このダンジョンこそ俺が昨日作り出したものだ。
もともと東の平原には何もなかった。ただ広い森が広がっているだけであり、人の往来はほどんとない。
俺はその森の奥に小さな洞窟を作った。地下に広がった鍾乳洞のような洞窟であり、地上からは目立たない構造になっている。
もちろん、ただ自然のままの洞窟を作っても何の意味もない。皆斗たちのことを確認する……テストの意味合いを込めた仕掛けをいくつか用意している。
なるほどな。
俺が新しく生み出したダンジョンは、未知のダンジョンとしてこの異世界では処理されたわけか。
「この都市の近くであれば、魔物もさほど強くはありません。勇者様、どうか腕試しを兼ねて現地調査をお願いできないでしょうか?」
ちなみにこの返事を断るとリディア王女はまた『できないか?』と頼んでくる。いわゆる無限ループの設定だ。
とはいえ古いゲームであるように同じ会話文を何度もループさせるのとは違い、このゲームはAIによってある程度バリエーションのある会話を自動で構築してくれる。俺がいちいち会話文を打ち込まなくても、自然な流れで話を進めてくれるのだ。
「いいねいいね! 新しいダンジョン! 俺たちの異世界召喚を彩るスタートにふさわしい! 俺は行くぜ!」
「あたしも」
おつかいなんて嫌がるかと思ってたが、皆斗たちは喜んで引き受けた。良い気分転換だと思ったのかもしれない。
ただ、裕也に心を許したわけじゃないみたいだけどな。
誰一人裕也の意見なんて聞こうとはしなかった。




