ギガント
大地の巫女、マリーの死。
四人の巫女は人間の世界を守るための結界――〈四天の揺り籠〉の維持に必要。しかしシスターが死に、リディア王女が囚われ、そしてマリーが死んだ。
誰かが、巫女を狙っている。
もちろん俺が設定した物語でも、魔族は常に人類侵攻を目的に巫女を狙っていた。しかし今回のマリーの死や、その前のシスターの死は俺の組んだ話には存在しない流れになっていた。
これはあのロリタ王女を狙っていた自称魔王エドワードの仕業か? それとも何か別の……。
大地の巫女、マリーはどこかの時点で死んだ。
この死の瞬間を見つけ出し、誰が殺したかを特定すれば犯人が明らかになる。
俺は即座にマリーを殺した者を調べ始めた。
「…………」
難しいな。
調べる方法をあるとは思うんだが、どうやって手を付ければいいか分からない。特にこのマリーとかいうやつは無駄にあちこちをうろうろしており、決定的瞬間を押さえることは……。
おお……そうだ。
ロリタ王女の時と同じ方法を使おう。つまりマリーでリプレイ動画を検索し、その更新時間が最新のものを再生するんだ。
一度やったことのある作業なので 検索も容易だった。
死亡前の最後の動画を再生する。
「はぁはぁはぁっ!」
森の木々が流れる、疾走感のある視界。
大地の巫女、マリーの視点。
どうやら森の中を逃げ回っているようだ。彼女の後ろから、ずん、ずん、と巨大な何かの足音が地響きとなって聞こえてくる。
足音は近い。どうやら向こうの方が速いようだ。
マリーは逃走を諦めたのか、突然後ろを振り返り、杖を構えた。
「と、〈トルネード〉っ!」
風系上級魔法、〈トルネード〉。
広範囲に竜巻を発生させるこの技は、かなりの高位魔法である。以前裕也たちが戦ったジャンヌ程度なら二撃で葬りさることができる。
……が。
「オオオオオオオオオオオンッ!」
マリーを追っていた魔物――ギガントは咆哮とともにトルネードを打ち消した。
「あ……ああ……ああぁ……」
まさかこうも見事に防がれるとは思っていなかったのだろう。マリーは腰が抜けたように地面へと座り込んでしまった。
無力となったマリーの身体を、ギガントは掴み上げた。そしてそのままの勢いで、空に向かって投げ飛ばす。
ギガントの剛腕はマリーの身体をふっとばし、遥か上空へと舞い上がらせた。
そしてそのまま重力に従って落下した彼女の身体は、そびえ立つ木の枝に突き刺さり……。
そこで、映像が途切れた。
こうして、マリーの動画は終了した。彼女の意識がなくなり、そして死んでしまったということだ。
「……ギガントか」
マリーを殺したのは、このギガントという魔物。もちろん俺が用意された魔物用のパーツを組み立て、カラーを指定して完成させた魔物だ。別にこの世界において全く不思議な存在というわけではない。
「…………」
魔物、とは魔族の配下であり高位魔族によって生み出される存在だ。魔界はもとより人間たちが住むこの大陸にも溢れている。
しかしギガントは勇者たちが魔界に侵入して初めて現れる終盤の強敵。この大陸にすむどの魔物よりも、そしてNPCよりも遥かに強い。
やはり不自然だ。
俺はこのギガントについて調べることにした。珍しい対象は調査がしやすい。
いた。
どうやらマリーを殺したあともまだ近辺をうろうろしていたらしく、容易に捕捉することができた。
確か、こいつのステータスデータを調べれば……。
種族、ギガント。
召喚者、ライオネル。
魔物を召喚したものが表示されるという仕様だ。ライオネルというのは、俺が魔族の幹部として作り出した魔界三将の一角、全知のライオネル。
とはいえ、高位魔族は大量に魔物を生み出してるからな。このギガントの召喚者がライオネルだからって、今回の騒動がこいつのせいというのは少し早合点し過ぎか。
マリーの死はリプレイ動画で検索できたが、このライオネルをどうにかするのは難しい。四六時中陰謀を口にしてるわけじゃないんだからな。ぼーっと突っ立ってる動画を何時間も見ている暇は俺にない。
とはいえ疑わしきは罰せよ。このライオネルを俺の手で削除してみるか?
いや待て、どうせこいつを殺しても無駄だ。ギガントとは違うNPCのこいつを削除しても、誰かが役割を継承して、新たな魔界三将が生まれるだけ。
イレギュラーながら魔物に殺されたマリーにはこの継承が見られない。つまりこのゲーム上に存在する誰かが殺せばそれは本当の死につながるということだ。
それよりも、と。
俺はギガントのステータス画面を表示して削除の命令を出した。
その瞬間、ギガントは消えた。周囲を検索してみたが、もうこのギガントはもとより同種族のモンスターも存在しない。
この地域では強敵だが所詮はフィールドに沸く雑魚モンスターだ。一体消したところで代替の魔物が必要ということにはならないようだ。
さて……と。
物語としては最後の巫女、すなわちロリタ王女が重要となってくるわけだ。
ロリタ王女はここにいる。そして俺はリディア王女と同じようにロリタ王女の偽物を向こうの世界に送り込むつもりだ。
もし、俺と同じように物語を進めたい何者かがいるとしたら?
きっと、最後の巫女であるロリタ王女の偽物を狙いに来るだろう。
物語を進めるためにはさっさと殺してしまった方がいいのだが、せっかくだから少し……試してみたいことがある。
まずは、ロリタ王女の偽物を設定する。
名前、ロリタ=アングル(偽)
攻撃力9999、防御力9999、魔力9999…………。
堂々のカンストキャラ完成だ。これで魔物どころか魔王ですら偽ロリタ王女を殺せない。
これで様子を見ながら犯人を捜す……。
というか、この偽王女を使って魔族全員を倒せばいいんじゃないのか? ゲームのキャラなら継承が起きないはずだしな。
だけど強硬策に出る前にこの事件の犯人に問い正したい。なぜこんなことをしたのか? そしてロリタ王女を襲った件について。
マリーの件は後手に回ったが、今回はうまく立ち回ることができそうだ。




