無断欠席
ジャンヌの役割を継承したシスター。その突然の死。
俺は、そしてゲームの世界にいる裕也もまた、混乱するばかりだった。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
裕也の声がスマホから響く。音声を抑えているからそれほど大きな騒音にはなっていないが、それでも泣き叫んでいる声だというのは十分に伝わっている。
俺はアプリ〈異世界ツクール〉を強制停止した。
裕也の泣き叫ぶ姿が見ていられなかった。本当に心を乱した人間というのは、あまりにもオーバーリアクションで常軌を逸していて、いっそ演技だと言ってくれた方が納得できるほどだ。
だけど、これが裕也の心からの叫びだと思うと、俺にとってあまり気分のいいものではなかった。
少し、時間をおこう。
死んだシスターを生き返らせることはできないが、時間が彼の心を癒してくれるはずだ。
「大和様」
スマホから現実へ。俺はリディア王女の存在を思い出し、彼女に目を向けた。
「お兄ちゃん」
ロリタ王女が起きていた。
スマホの音はある程度絞っていたから聞こえてはいないと思うけど、ロリタ王女にはこのアプリで起こった出来事のことを知らせたくないな。
ロリタ王女はベッドから上半身を起こしてこちらを向いていた。両腕が動かない、というだけあって姿勢にやや不自然さを感じる。
「ごめんねお兄ちゃん。いろいろしてもらったのに、腕、やっぱり動かなくて」
「俺たちはたいしたことしてないよ。ロリタ王女が気にすることじゃない」
「うん」
こんな子供に気を使われてしまうなんてな……。
「何か気になることがあったら俺に言ってくれ。俺の手を自分の手だと思ってくれて構わない。そうだ、何かテレビ番組でも見るか? 代わりにリモコン操作してやるよ。この時間の時代劇は……」
「そんなこと、足でやればいいでしょ」
そう言って立ち上がったロリタ王女は、テーブルの上に置いてあったリモコンを蹴って床に突き落として。
「えーっと」
そう言って、足の指で器用に操作している。電源を入れて、時代劇のチャンネルに合わせた。
部屋にあるのはリビングにあるものと違って小さいテレビだが、アンテナ線は繋いであるから同じように番組を見ることができる。
「…………」
行儀の悪い、とリディア王女が叱りそうな光景であったが、特に何かを言う様子はない。
そうだよな。五体満足、といかないこの状況で、これまで通りに叱り切れていない様子だ。
「剣士の極意は足の動きにありっ! このロリタに不可能はないっ!」
ビシッ、と足で謎のポーズを決めるロリタ王女。
「…………」
思っていたよりも元気そうで良かった。
とはいえ食事も足で、というわけにはいかないだろうな。当面は俺たちが付いて回る必要があると思う。
いっそのこと〈リアルツクール〉で介護ロボットか何かを作ってもらうか?
……いや、俺たちは持て余してしまいそうな気がする。
「とりあえず、腕以外は元気みたいだな。せっかくだから、気晴らしにどこかに遊びにいくか?」
本当は今日、高校に行かなければならないのだが俺はすでに無断欠席していた。もう彼女たちとの生活はこれまでのものとは違う。親しくなって、敵が現れて、『ゲームのキャラだから俺の生活が……』なんてふざけたことを言うつもりもなかった。
とはいえ、いつまでもこの生活を続けるわけにはいかない。
一刻も早くあのゲームの物語を終わらせ、皆斗たちをこの世界に戻し、そしてどこかに身を隠しているあいつを他の魔族たちと一緒に葬る。
確信は持てない、当てのない戦いだ。だが今の俺には、それ以外の行動を示すことができなかった。
リディア王女と相談した結果、俺たちは公園に行くことにした。
公園、と名前が付いているが、近所の小さな公園ではない。二駅離れたところにある、比べ物にならないほどに広い公園だ。飲食店や観賞用の動植物などが充実し、どちらかといえば観光地に近い。もちろん入園料も必要だ。
「あまくておいし~」
と、ソフトクリームにご満悦のロリタ王女。
食べかけのソフトクリームは俺が持っている。ロリタ王女は今、手が動かないからだ。
「チョコレート味でもよかったかもしれない」
「よければもう一個買おうか?」
「え、ほんとにっ! じゃあ」
「ロリタ。あまりわがままを言うものではありません。あまいものの食べ過ぎは体に良くありませんよ」
「えー、お姉ちゃんのいじわる~」
「はははっ」
軽く笑いながら歩いている俺たち。
広い公園は見るものがいっぱいで、飽きが来ない。ロリタ王女だけでなく俺も楽しんでしまっているほどだ。
「あっ、ロリタ王女。見ろよ、今、キリンがえさを食べて……」
ふと、ロリタ王女が足を止めていることに気が付いた。俺たちではない、ある一点を見つめている。
そこは乗馬コーナーだった。
「いいないいなー。ロリタも……」
と、言いかけてロリタ王女は口を噤んだ。
手が動くなら、馬に乗せてあげても良かったんだけどな。今のロリタ王女の状態では……とてもそんなことはできない。たとえ背の低い馬であったとしても、姿勢を崩して落馬したら大変なことになってしまうかもしれない。
時代劇とか見て乗馬には思い入れがあったのかもしれない。もし、まだ腕が動く頃にここにきていれば……きっと。
「……ごめんね、変なこと言って」
「乗馬だけが楽しいことじゃないからな。あっちに珍しい馬が展示されてるみたいだから、一緒に見に行こう」
「うん」
その後、俺たちは様々な動植物を見て回り、公園を満喫した。
楽しくはあった。
だけどやはり腕が動かないというのはあまりにも深刻で、何かをするたびにそのことを意識せざるを得なかった。
ロリタ王女が、そしてリディア王女が本当に笑顔を取り戻す日はやってくるのだろうか?




