磔刑
オルレアンを襲撃した魔族たちを撃退した少し後。
戦の煙が残る、都市近郊。
点々と転がる魔族の死体、そして疲弊した兵士たち。スマホの映像だけで追うのは少し難しく、マップもキャラが多すぎて見にくくなっている。
皆斗の仲間たちは全員生存。
シスターも生存。
一般の兵士は数人の犠牲を出してしまったが、これまでのことを考えるとかなり少なく抑えた方だ。
「ああああああ、クソがよぉ……」
切株の上にぐったりと倒れこんでいる皆斗が、心底嫌そうにそう呟いた。
皆斗は戦闘要員ではないが、回復のためにあちこちを歩き回っていた。見知らぬ土地で逃げ出すわけにもいかず、瀕死の兵士たちから必死に懇願されるわけだ。かなりの重労働だったと思う。
そして……。
俺はマップをタップして別の地点に移動する。
裕也は海岸の砂の上に寝そべっていた。
彼は多くの敵を倒し、傷つき、そして満身創痍だった。エクスカリバーという強力な武器を持っていても、これだけ多くの敵を相手にすれば誰だって疲労する。
一通り敵を倒しきった裕也は、そのままの勢いで砂の上に倒れこんでしまったようだ。
皆斗の奴、最低限の回復しかしないからな。持ってるエリクサーをあげれば、すぐに全快するのに。
「ここにいたのか?」
砂の上で休む裕也の前に現れたのは、シスターだった。
「し、シスターさん」
失礼だと思ったのか、裕也は上半身を起こして姿勢を正そうとしている。
「ああ、すまない。楽にしてくれていい。君は私の部下というわけではないからな」
「は、はい。す、すまいせん。今日はとても……とても疲れてしまって」
裕也が再び上半身を下した。
「それで、何か話があるんですか?」
「この度は我がオルレアンのために尽力してくださり、本当に感謝している。中でも君は最前線で兵たちを鼓舞し、魔族たちと追い払った。まるで過去の私……いや、それ以上の働きだ」
シスターは頭を下げて裕也に感謝の言葉を述べた。
「いえ、僕も勇者として当然のことをしたまでです」
「あなたは善人なのだな」
「…………」
皆斗たちは悪、とでも言いたいのか? まああの粗暴なふるまいを見れば、あまりいい印象は抱かないだろうけど。
「最近、魔族たちの攻めてくる回数が増えている。私たちは負けていないが……勝利をするのに犠牲がないわけではない。このままで兵士の数が減り続ければ……私たちはいずれ……負けてしまうだろう。勇者殿は……ここにいつまで滞在するつもりなのだ?」
「あなたを王都にお連れすることが僕たちの使命です。ですけど、連れていけないというなら……いつまでもここにいることは難しいと思います」
「だろうな……」
シスターが拳を握った。
「ここで縮こまって待っているだけでは、何も変わらない。何も成せない。死を待つばかりになるかもしれない。ならば……いっそ……」
「シスター?」
「私を……君たちの旅に連れて行ってもらないだろうか?」
「え?」
裕也が驚いたように目を瞬かせた。
「でも、ここにいないと町の人たちが」
「先ほども話したことだが、この地を魔族の侵攻から守り切ることは難しい。ならば山もあり兵士もいる王都で住民を守った方が、よほどやりやすく効率的なのだろうなと思って」
「つまり、王都に住民たちを避難させると?」
「そうだ」
そう。
こうしてジャンヌは仲間となり、オルレアンの住人はほぼ全員避難をすることになる。もちろん一日二日で終わる移動ではないから、何回かに分けて長時間行われるわけだが。
「それ、いいですね」
「勇者殿には国王陛下への支援の連絡をしてほしい。住民を連れて、となると護衛の兵士が足りないからな」
「はい、僕が必ず……今すぐにでも王都に戻って」
と、勢いよく立ち上がろうとした裕也だったが、すぐにしりもちをついてしまった。気力は上がってもまだ体力が戻ってきてはいないのだ。
「ふふ、情けないな勇者殿。手を貸してやろう。さあ」
シスターが手を差し出した。
裕也がその手を掴み、起き上がろうとした。
……が。
シスターが吹っ飛んだ。
「「は?」」
俺と裕也の声が重なった。
当事者である裕也はもとより、このゲームを作りストーリを組み上げたはずの俺ですら理解が及ばない異常事態。
何が起きてるんだ?
俺はゆっくりとスマホをスワイプして映像を追う。
裕也を起こそうとしたシスターは、俺が一瞬見た通りに吹っ飛んでいた。海岸側から林側へ、勢いよく飛ばされ木に打ち付けられている。
まるで磔刑の死刑囚を見ているかのようなその光景。彼女の胸部には巨大な戦斧が突き刺さり、一目見て即死であることが分かる。
は?
こんなイベント、あったか?
いやシスターはジャンヌじゃないけどさ、その役割を継承したんだろ? ジャンヌはこの後王都に住民を避難させて、往復三回目ぐらいで住民の盾になって魔族に殺されるはずだったろ?
ここじゃないだろ?
「う、あ……」
裕也が震えてる。
彼にとってこの光景はゲームではなく現実。誰一人仲間を失った経験のない勇者にとって、たとえ同郷でなくとも戦友の死は初めての経験だった。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
裕也の泣き叫ぶ声が、周囲に木霊した。




