エクスカリバー
シスターに連れられた皆斗たちは、都市の北側へとやってきた。
そびえ立つ防壁の上は、数階建ての建物に匹敵するほどの高さを誇っている。都市全体を見渡せるほどではないが、小さな丘の上程度には見晴らしの良い場所だ。
「おいおい、マジかよ……」
愕然とした皆斗の声が聞こえる。
防壁の北側、すなわち都市の外には森林が広がり、そしてそのすぐ先には海だ。
この海と都市との小さな境界に、魔族たちはいた。
赤や緑、紫など様々な色の皮膚、あるいはうろこを持つ人外の生き物。魔族という括りであるから人型に近いが、色や耳の形など、様々な箇所で人間と差が出ていることが多い。
その数、約百体。
人間同士の戦争であれば、軍で百人というのはそう多くないように聞こえるかもしれない。
だがここは異世界であり、相手は魔族なのだ。たとえそれほど力を持っていなかったとしても、一対一であれば確実に負けてしまう相手。それが百体もいるのだから、人間に換算すれば500、あるいは1000人に匹敵する規模になる。
少なくとも、これまで魔物を2~4体相手にしていた皆斗たちを恐怖させるのには十分だった。
「…………」
皆斗たち素人だけでなく、兵士たちも緊張した様子で武器を握っている。この中の何人かは死んでしまうかもしれないのだから、その怯えは当然のことだった。
「怯むなっ!」
怯える兵士に、シスターが活を入れる。
「建国より今日まで、この都市が敗れたことはない。我々は常に勝利してきた。この地に住まう家族、恋人、そしてすべての愛すべき人民を守るため、我らは今ここに立っている! 恐れるなっ! 幸いなことに、今、ここに協力を申し出てくれた勇者殿がいる! これは神が我らの勝利を揺ぎ無きものと定めた何よりの証拠っ! 進めっ!」
シスターが城壁から飛び降りた。
本来のジャンヌにはこんな風にかっこよく活躍する場面を用意してたんだけどな。あんなことになってしまうなんて思ってもみなかったよな。
「「「聖女万歳っ!」」」
シスターの声に触発された兵士たちもまた、一斉に魔族の下へと向って行く。
「〈ラ・ピュセル〉っ!」
光り輝くジャンヌの必殺技――〈ラ・ピュセル〉。役割を継承したシスターもまたこの技を使う。
ジャンヌは間違いなくこの地の英雄であり、この都市そのものであった。その名声も、そして実力も超一流。
こんなところで死んでしまうような人物ではない。それはこの地で一緒に戦ってきた兵士たちも良く知っていることだ。
「ぼ、僕も……」
つられて裕也が防壁を下り始めた。
「ちっ、ふざけんなよ」
「なんなのよもう……」
皆斗や若菜たちもしぶしぶ魔族たちのもとへと向かう。この雰囲気で傍観していたら、戦いの後には売国奴のような扱いを受けてしまうかもしれない。そう考えると合理的な判断だ。
こうして、戦闘が始まった。
「…………」
さて、と。
ここで俺は考える。
皆斗たちにとっては初めの危機的戦闘。ジャンヌとの戦いは論外であり、ここに至るまでのダンジョンなどでの戦いも厳しいが命の危険はなかった。
ここは正直、死んでしまうかもしれない。
死ねば生き返る仕様にはなっているが、皆斗はゲームの登場人物ではなく俺と同じこの世界の生きた人間なのだ。そんな奴らを危険な目に合わせるだなんて、どれだけ気に入らない相手であったとしても許されるものじゃない。
それに俺はこのゲームを終わらせると決めた。いつまでも製作者気取りで傍観しているつもりはない。
介入を――始めるぞ。
俺はすでに準備をしていた『介入』を完成させるため、フィールドの一区画をタップした。
やや都市寄り、裕也の近くあたりがベストだろう。
俺が操作を完了すると、即座にその場に宝箱が出現した。
「ん、これは?」
魔族たちとは少し離れた場所、裕也の近くにある宝箱。
目の前にいきなり宝箱が出現したわけだが、裕也はその不自然さ自体に気が付いていないようだ。シスターとジャンヌがそうであるように、ゲームの世界の仕様なのだろう。
裕也は躊躇なく宝箱を開けた。
罠ではないんだけど罠を疑った方がいいんじゃないか……裕也?
「な、なんだこれ。光が……」
無駄に神々しい光エフェクトが終了すると、宝箱の底から一本の剣が現れた。
宝石で彩られた、美しい西洋剣。
剣の名は――エクスカリバー。
このゲームにおける最強武器である。勇者の職業適性を持つ裕也のみが装備できる。
その攻撃力は、今裕也が装備している鋼の剣と比較しておよそ十倍。まさしくチート装備だった。
しかし武器が高性能でも裕也自身はまだ成長しきっていない。従ってこの武器を持っただけで魔王を倒すことは不可能だ。
だが、ここにいる低級な魔族たちを一掃するには、十分すぎる力だった。
「……ニンゲン、ニンゲン」
「あっ!」
光に寄せ付けられたのだろうか、戦線を抜けた魔族の一体が裕也に迫っていた。
鋭い爪が勇者を襲う。
「このっ!」
裕也は今手に入れたエクスカリバーを使って爪を受け止めようとした。
だが――
「な、なんだこれ? 魔族が、魔物が……バターか豆腐みたいに……切れて」
一刀両断。
受け止めるまでもない。その剣は魔族を絶命させるのには十分だった。
「なんだこりゃ、豪華な回復薬だな?」
同様に皆斗たちにもアイテムを渡しておく。ただし非戦闘職の彼らに武器を渡すつもりはない。
彼らに渡したのは、回復薬――エリクサー。HPとMPを完全に回復することのできる優れものだ。
ちなみにエリクサーは状態異常も治してしまうため、皆斗の〈カース〉によってダメージを与えることはできない。完全無欠の回復薬だ。
この魔族は強いが、物語中盤ということもあり攻撃力は抑え気味だ。回復薬さえ整っていればまず負けることはないだろう。
ゲームとしては、温い展開だと思うがそんなことは関係ない。確かに作った時は多少面白さを気にしていたが、皆斗たちが巻き込まれた時点ですでに大事だからな。
こうして、俺の与えたアイテムたちが功を奏し、皆斗たちは誰も死ぬことなく戦闘に勝利したのだった。




