敵襲
ボスを倒した皆斗たちは、教会の中へと入った
天井の高い教会にはシスター以外誰もいなかった。
どうやら、皆斗たちはこのシスターがジャンヌと入れ替わっていることに疑問を抱いていないらしい。このゲームの登場人物たちと同じように、変化に気が付くことができないのかもしれない。
「あ、あの、星の巫女って知ってますか?」
裕也が話を始めた。以前、アングル王から聞いた巫女に関する内容だ。
「私が、神話の〈星の巫女〉だと?」
巫女、とは神々の子孫とされる人類の守り手。魔族からの大規模侵攻を防ぐ、〈四天の揺り籠〉、と呼ばれる巨大な結界を維持するために必要な人材のことだ。
月の巫女はリディア王女。
星の巫女が聖女ジャンヌ。
大地の巫女マリー。
太陽の巫女がロリタ王女。
この四人のことを指す。
星の巫女は本来ジャンヌのことであるが、このモブキャラシスターにその役割が継承されてしまったようだ。
魔族に囚われているリディア王女も偽物だからな。今更本物か偽物かなんて議論しても無駄なんだが……。
「あなたは魔族に狙われているんです。こんな最前線にいては危険ですから、僕たちと一緒に、首都へと戻ってきてもらえませんか?」
そういって裕也が頭を下げた。これこそが本来この地に勇者が赴いた目的だ。
皆斗が切れてたせいで少し話の流れがおかしくなってしまっていたのだが……。
「ご忠告感謝する」
感謝、という言葉を使ったシスター。だがその場を動く気はなさそうだ。
「しかし私は聖女であると同時に兵を率いる将軍でもある。魔族が怖いからと、命を狙われているからと前線から立ち去れば、全軍の士気に関わってしまう。申し訳ないがこの地を離れるわけにはいかない」
ジャンヌじゃなくてもセリフはジャンヌそのものだった。俺が打ち込んだテキストでも確かにこんなことを言っていた気がする。
こういう杜撰なところを見ていると、こいつらがゲームのキャラクターなんだなって改めて思い知らされるな。
「おいおい、俺たちに負けたくせに随分と強気だな。お前一人いたところで魔族が止められるのか? こっちはわざわざお前を引き取るためにここまでやってきたんだぜ? 勇者様の命令だ。いいから黙ってついてこい」
「お前たち集団には負けたが一人でなら負けなかっただろうな」
「なんだと……この女」
皆斗が杖を構えた。
ヒーラーの力を持つ皆斗は本来非力だ。しかし〈カース〉と呼ばれる呪い魔法でバッドステータスを付与することによって、相手に回復魔法で攻撃を加えることができる。
だがそれは、裕也の攻撃方法に比べてひどく効率の悪くお粗末な攻撃方法だ。
一人でジャンヌは倒せない。
「ちっ」
皆斗が杖を収めた。冷静になり、自分の不利を悟ったからだ。
「どーすんだよおい。このまま何もせずに帰るのか?」
苛立たしげに、皆斗は裕也の足を杖で叩いた。
以前よりいじめらしき行為は減ったものの、やはりこういったところでちくちくと裕也に嫌がらせをしているようだ。こいつはどうにかならないのか?
「せ、誠意をもって何度もお願いするしかないよ。国王様からの命令なんだよ」
「んなこた分かってんだよっ! だからってこんな寒い僻地に何日も何日も泊ってるわけに――――――」
瞬間、皆斗の声が別の音によって遮られた。
この場だけではなく、都市全体に響き渡るこの音は、塔の上に設置された巨大な鐘の音だった。まるで消防車がサイレンを鳴らしているようなリズムは、聞く者に激しい焦燥感を掻き立てる。
「な、なによこの音……」
「こ、この鐘の音は……」
「敵襲だっ!」
シスターがそう叫んだ。
この鐘は魔族の襲来を告げる音だ。
〈四天の揺り籠〉と呼ばれる結界が機能しているとはいっても、魔族が全くいないわけではない。もともと大陸にいた魔族、あるいは結界に反応しない弱い魔族など、様々な理由で奴らは人間の国を攻めようとしている。
この最北の都市オルレアンは、魔族の本拠地に近いせいでその最前線となっている。結界のおかげで魔族たちを退けられているが、もし、それがなくなれば怒涛の魔族侵攻を抑えられるはずがない。
まあその結界、もうすぐ壊れるんだけどな(ネタバレ)。
「て、敵襲って」
「この地は魔族たちに狙われているんだ! 散発的にではあるがこうして、魔族の集団が都市を攻めてくる」
「そ、そんな……」
「ちっ」
裕也たちがうろたえている。
数々の難所を抜け、やっとやってきたこの都市。しかしここにも安全など存在しなかった。
ここは異世界。魔族と人間が争う物騒な場所。
逃げ道など、ない。
「ちょうどよかった勇者殿。奴らを倒すのがあなた方の使命だ。今すぐ私たちを手伝ってくれ」
皆斗が渋い顔をした。
誰かのためにただ働き、というこの状況が嫌だったのだろう。
だがそれを口に出すことはない。
すでに都市全体が動き始めている。兵士はもとより、武器を持たない商人や通行人までもが戦いの準備を始めている。
この状況で逃げるのは難しい。というかそもそも都市の入り口は封鎖されているため、逃げようと思っても逃げることはできないのだ。
皆斗もそれを察しているので、文句を言うことができないのだ。
「私についてきてくれ」
こうして、勇者たちは都市防衛戦に向かったのだった。




