電柱のスピーカー
ジャンヌを倒す、もっとも簡単な方法。
この〈リアルツクール〉で今の俺ができる数少ない方法の一つ。〈異世界ツクール〉で世界を創造した俺にとって、とてもシンプルで効果的なやり方。
ジャンヌを――削除する。
キャラクター生成と削除は異世界創造の基本だ。すでに壁を生み出したときにマップ情報は表示しており、画面には俺とジャンヌの位置情報が示されている。そこから彼女のステータス画面へと飛び、削除ボタンをタップすれば完了だ。
それは神の力。
何かを生み出し、何かを消す。かつてどこかの神が大地や人を生み出し、そして罪深い人を消し去ったように、俺もまた同じことができる。
だけど……。
俺は異世界を生み出した。その中にはリディア王女がいて、ロリタ王女がいて皆斗たちが召喚されて。空想なんかじゃない、現実に存在する世界だった。
その中にいるジャンヌは、リディア王女たちと同じように間違いなく現実に存在するキャラクターだ。そんな彼女を消すということは、誰かを殺すのにも等しい行為。
それにかつて魔王を消そうかと考えたときに抱いた懸念も存在する。彼女がいなくなることによって、世界が変わってしまうのではないだろうか? 魔王ほどではないが、ジャンヌは異世界で聖女とあがめられる重要人物だ。彼女の死は人々を絶望させ、魔族を喜ばす結果になるだろう。そしてもしその死すらも認識できずに消えてしまったのなら、救われたはずの命が救われない可能性もある。
やはり、責任重大だ。
だけど俺は、ジャンヌを消す。
何かを心配して倒せる敵ではない。俺はこの世界を、そしてリディア王女やロリタ王女を守らなければならないのだから……。
もう、考えるのはよそう。
「すまないな……。俺のこと……恨んでくれてもいい」
キャラクター、ジャンヌ、削除。
ただ、簡単なタップ操作をする……それだけで。
ジャンヌは……消えてしまった。
「……ははっ」
あまりにも、あっけない。
断末魔の叫びも、遺言も、血も肉も骨も、何も残さずに一瞬にして消えてしまった。
子供でもできる単純な作業だ。あまりのあっけなさに、本当に俺はそんな大それたことをしたのかと思ってしまうほどに。
だけど……。
「とうとう……俺は……」
この手に残る、確かな感触。
別に誰かの肉をナイフで刺したわけじゃない、返り血を浴びたわけでもない。だけどこの手に残るその感触は、ジャンヌという一人の人間をこの世から消し去った確かな証。
あまり気分の良いものではない。
だが後悔はしていない。
「せっかく、ここまで決心したんだ。もう何も怖くない。俺はこの力を駆使して、ロリタ王女を救ってみせるっ!」
――パチパチパチ。
聞こえてきたのは、誰かが手を叩く音だった。
「誰だっ!」
周囲を見渡すが、誰もいない。
いや、待て。
そもそも、おかしくないか?
あれだけ派手に氷壁を出現させて、夜に町を光らせて戦っていたんだ。周りが住宅街のこの場所なら、騒ぎを察知した住民が様子を見に来てもおかしくないはずだ。
それなのに、なぜ、今、この場に誰もいないんだ?
いや、それよりもこの拍手は一体……。
〝おめでとう! おめでとう! 君はよく決断した! 君のその尊い行いが、世界を……そしてリディア王女を守ったのだ!〟
声の方角……すなわち上を見上げる。
そこにあったのは、スピーカーだった。
電柱の上に設置されたそれは、災害時に避難を誘導したりするために設置されたものだ。俺も何度か市からの連絡を聞いたことがある。
だが、この声は連絡時の業務用の声とは明らかに異なる。意思をもった何者かが……自分の言葉を話しているだけだ。
「お前は誰だっ! さっきのジャンヌはお前の仕業かっ!」
〝まあ、そう声を荒げないでくれ。〟
反射的に声を出しただけだったが、どうやら俺の声は向こうに聞こえているらしい。
〝まずは自己紹介をしておこう。俺の名前は……そう、エドワード。魔王エドワードだっ!〟
「な……に……」
〝君も良く知っている名前だから、あえて説明する必要はないだろうな。察した通り、聖女ジャンヌを操りこの世界に召喚したのは俺だ〟
「な、何のためにそんなことを! お、俺はお前に直接危害を加えたことはないはずだ! 何の恨みがあるっ!」
〝君の勇気と決断を賞し、攫っていたロリタ王女をお返ししよう。公園の外のベンチを見てみろ〟
「なんだとっ!」
ロリタ王女が帰ってくる?
俺はエドワードに言われた通り公園の外にあったベンチを見に行った。するとそこには、ぐったりと横たわっているロリタ王女の姿が。
「ロリタ王女っ! 大丈夫かっ!」
返事はない。意識がないようだ。
ただ、息はしている様子だから、死んだりはしていない。この状態なら体の方も問題は……。
あ……。
この腕……傷は……。
〝誰も五体満足で返すとは言っていない〟
腕の中間、ちょうど関節部分に赤い一筋の線が走っていた。鋭利な刃物……おそらくはジャンヌが剣で切ったのだろう。
なぜこんな小さな傷を……。
〝神経は切断されている。彼女はもうその手で物を握れない〟
「は?」
な、なんてことを……。それじゃあロリタ王女は……。
……落ち着け。
俺には〈リアルツクール〉がある。こいつでロリタ王女の腕を直せばいいだけだ。
こんなこと、氷の壁を生み出すよりも簡単な……。
「……ん?」
なんだ、これは?
状態は正常のまま、HPもマックスだ。まったくの健康体状態になっている。この状態でいったいどうやって治せば……。
〝正確にいうと、彼女はもともとそういう障害を持っていたということになっている。ロリタ王女はそういうキャラクターなんだ。だから正常だ、だから直せない。理解できたか?〟
「は? 意味が分からない……。治らない? 治らないのか?」
「う……ううん……」
手元から聞こえてきた、かわいらしい声。
ロリタ王女だ。
ゆっくりと、彼女の目が開いていく。
このタイミングで……目を覚ますなんて……。




