木刀
〈異世界ツクール〉のアップデートを確認してから、少し後。
午後、俺は一人で外に出ていた。
ロリタ王女の様子が気になったからだ。
リディア王女に説教されて、外に出て行ったロリタ王女。柄にもなくおとなしい様子だった彼女の様子は……少し俺を不安にさせた。
もちろん自殺とかそんな大げさな話じゃない。ただあの年で年上に怒られるというのは、それなりにこたえるものだと思う。どこかで一人落ち込んでいるのだとしたら、それはあまりにもかわいそうだと思った。
リディア王女はあまり気にしていないようだが……。俺が心配しすぎなのだろうか?
とにかくロリタ王女を探さなければならない。〈リアルツクール〉を使えばすぐに見つけられると思うけど、それはなんだか反則のような気がする。今更リディア王女に借りるわけにもいかないからな。
ロリタ王女にとって慣れない土地だ。あまり遠くへは行ってないと思うんだが……。
などと考えながら道路をふらふらと歩いていた俺は、不意に、周囲の騒がしさに気が付いた。
近くに公園がある。子供がけんかでもしてるのか?
「天誅うううううううううっ!」
「え……」
苛烈なその声は、俺にとってなじみの深いものであり、今、まさに俺が探し求めていたそのものであった。
まさか……。
そこには、逃げ回っている子供たちと……木刀を持って暴れまわっているロリタ王女がいた。
「…………」
ろ、ロリタ王女。
全く反省していない。
どうやら俺やリディア王女に見せていた沈んだ顔は演技だったらしい。なんていうことだ、すっかり騙されてしまったぜ。
「…………」
いやいやさすがにこれはまずいよ。ロリタ王女は見た目小学生な感じだから許され……いや許されないぞやっぱり。木刀で暴れまわるなんて子供でも駄目なものは駄目だ。
とはいえどうやって介入すればいいのだろうか? 下手したら俺もケガをしてしまう。
背後から慎重に……そっと……。
「そこまでだ」
タイミングを見計らって、俺はロリタ王女の木刀をつかみ取った。
「お、お兄ちゃん」
「もう充分だろ?」
すでに砂場に集まっていた子供たちはいなくなっていた。今、この場にいるのはロリタ王女と俺だけだ。
「……どうしてこんなことをしたんだ? 時代劇の主人公だって刀で子供をいじめたりはしないだろ?」
「こ……この子を守りたくて」
……と、砂場の中央を指さすロリタ王女。
少し段差があって気が付かなかったが、そこには小さな子猫がいた。
「この子がいじめられてるのを見て、ロリタがね、守らなきゃって思ったの」
「…………」
俺は言葉を失った。
さっき『演技』だとか『反省してない』だとか思ったことを許して欲しい。
「…………」
正義はロリタ王女にある。とはいえ、それでも暴れまわったという結果にリディア王女は良い顔をしないかもしれないな。
プラスマイナスゼロ、といったところか。正義でもあの姿はリディア王女には見せられないよな。
そもそも……このロリタ王女が握っている木刀。
「どうやって買ったんだ?」
一応、ここに来た時にお小遣い程度のお金を渡してはいるのだが……。あまり豪遊できる額ではない。
昔、旅行先のお土産屋で見た木刀は随分と高かった気がするのだが。普通に買えば安いものなのだろうか?
「あ、あのね。リサイクルショップってところで、お店の前に投げ売りされてて、それを買ったんだよ」
「……なるほど」
確かに、もう少し先に行ったところにリサイクルショップがあったな。
処分品だったとういことか。
さすがに盗んだりしたものではないらしい。健全に手に入れたものであるというのならなにも文句はない……と言いたいところだが、先ほどの様子を見る限り突っ込まざるを得ない。
「さ、最初は買うつもりなんてなかったの。でも、我慢できなくて、つい。ここの公園に隠しておこうと思ったら、さっきの子供たちが……」
「えっ、ちょっと待って。子猫を助けるために木刀を買ったんじゃないのか?」
「あっ!」
ロリタ王女がはっとした表情で口を抑えている。
あー、正義のために木刀買ったんじゃないのか? たまたま買ったあとで悪者を見つけてしまったのか。
「剣を振り回したくて、木刀を買ったってこと?」
「はい」
「…………我慢できなかったのか」
そこは我慢しろよ。
「子猫の件は俺がリディア王女に説明するけど……、それでも……怒られるかもな」
「ああああああ、あの、お姉ちゃんにこのことは……」
ついさっきの説教はやはりこたえていたらしい。青ざめた顔のロリタ王女が慌てて俺にしがみついてくる。
この件は内密にしたいらしいな。
「安心してくれ。告げ口みたいなことをするつもりはない」
「ほんとにっ!」
「ああ、本当だ。俺だって説教は嫌だからな」
「……お兄ちゃんは優しいね。大好き」
青ざめた顔から一転、心底嬉しそうにほほ笑んだロリタ王女。
美しくそして愛らしいその顔は、まるで輝く太陽のようにきらきらと輝いて見えた。
と、感じている俺は随分とロリタ王女を気に入ってしまったんだと思う。
だからだろうか、こんな余計なことを話し始めてしまったのは。
「俺さ、昔、妹がいたんだ」
「昔?」
「事故で……死んだよ」
「えっ?」
正直なところ、『遠くへ行った』とかもっとオブラートに包んだ言い方が良かったのかもしれない。まだまだ子供のロリタ王女にとって、『死』はあまりにも残酷な現実だ。
ただ、俺もあまり深く考えず口に出してしまったため、そんなことを考えている余裕がなかった。
「ロリタ王女を見てるとさ、妹が生きてたらこんな感じだったのかなぁ、って思ったんだ。いや、性格は全然違うと思うんだけどな、なんとなく……年下の子供を見てるとなんとなくって話さ。だから妹にできなかった分を優しく……なんて、自分勝手な話だよな」
「えっと……その……」
「ああごめんな。年下の女の子に、何話してるんだろうな、俺。忘れてくれ。今日はもう帰ろうか」
「待って、待ってお兄ちゃん」
この話はこれで終わり、のつもりだったのだが、ロリタ王女の声に俺は足を止めざるを得なかった。
「ロリタもね、ずっと、お兄ちゃんが欲しかったんだ」
「ロリタ王女?」
「だから……ロリタはお兄ちゃんの『妹』になるから、『お兄ちゃん』もロリタのお兄ちゃんになってね。今だけでいいから」
「…………」
思ったよりもずっと真剣なロリタ王女のまなざしに、俺はややたじろいだ。
思えば王族として窮屈な生活を送ってきた彼女だ。高貴な血筋など関係ない、自由な家族にあこがれを抱いていたのかもしれない。
「ずっと俺のこと『お兄ちゃん』って呼んでたじゃないか……」
「気持ちの問題なの!」
「……そうかそうか、俺はお兄ちゃんになるのか。だったら……お兄ちゃんらしく妹を守ってやらないとな」
そう言って、俺はロリタ王女が握っていた木刀をつかみ取った。
「木刀は俺のものだってことにしておくよ。部屋の中に置いとくから、いつでも持ち出していいぞ。ただ、あまり外には持ち出さない方がいいな。これ持って歩いてたらちょっと不自然だ」
「取り上げたりしないの?」
「当然だろ」
思えば彼女も王族の一人だ。何かを我慢したり押さえつけられられたり、といったことは日常茶飯事だったに違いない。
この木刀は、異世界に来た彼女が初めて自分で買った記念品。
俺は何のために彼女をここに連れてきたんだ? ゲームの悲劇的な展開から彼女を逃がすためだっただろう? ならこの世界で窮屈な思いをさせてどうするんだ?
預かる、だけでは不十分だ。
「俺に考えがある。うまくいけばリディア王女を説得できて、ロリタ王女が自由にこれを振り回せるようになると思う。楽しみにしておいてくれ」
「お兄ちゃんは……天才ですか!」
俺はロリタ王女の手を握った。
そしてロリタ王女も俺の手を握った。
たとえ本当の兄妹でなかったとしても。
俺とロリタ王女は、この日、確かに兄妹だったんだと思う。




