異世界召喚
話は昨日に遡る。
アプリ――〈異世界ツクール〉で熱心にゲーム世界を構築していた俺は、その日、とうとうそれを完成させた。
「ついにここまで来たな」
俺はアプリ内でゲームを完成させた。
「転移させる奴らは、皆斗と、若菜と裕也と直史と美咲と……」
隣のクラスの奴らの名前を次々と入力していった。こいつらがクラス転移の勇者たちとなり、異世界で大活躍する……という設定だ。
もちろん本物のこいつらがゲームに登場するわけないけど、俺がここまで作り上げた異世界ゲームは本物。
さあ、盛り上げてくれよみんな。
ゲーム開始だ。
俺は開始のボタンをタップした。
――次の瞬間。
ドン、とすさまじい衝撃が校舎に響いた。
「な、なんだ?」
「地震か?」
「きゃあああああああっ!」
クラス中が大慌てだ。かく言う俺も思わず机の下に隠れてしまった。
三十秒、いや一分はそうしていたのだろうか。
最初の大きな音と振動以外、何も起こらなかった。パニック状態だったクラスメイトたちも、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「な、なんだったんだ今のは」
俺はゆっくりと机から離れた。
心臓が激しく鳴っている。死ぬかと思ったぞ。
「た、大変だっ!」
まだ興奮から覚めない俺のもとへ、そんな声が響いてきた。廊下を見ると、クラスメイトの一人が焦りながら廊下の奥を指さしている。
「隣のクラスの奴らがっ!」
その言葉に従い、数人が隣のクラスへと向かった。
俺も後ろからゆっくりとついていった。
隣のクラス。
基本的に俺の教室と大差ない。机があって、椅子があって、教壇があって黒板があってロッカーがあって、それが大体同じ位置に配置されている。
だが、そこには。
まるで嵐にでもさらされたかのような教室の中。窓ガラスは割れ、机と椅子は無秩序に吹っ飛ばされ、壁の至る所が傷ついている。
そして何よりも目を引くのは、無人となった教室に残された……床の魔方陣だった。
六芒星を主体とした綿密な魔方陣。赤黒い液体で描かれたその紋様は、勉学に勤しむべき教室という空間にふさわしくない……まるでゲームや漫画のようなものだった。
異世界転移?
召喚?
嘘だろ……?
まさか……まさかまさかまさかまさか。
(俺がゲームを始動させたから、この魔方陣が出現した?)
スマホを握る手が震えていた。
信じられない。
信じれるわけがない。
こんなちっぽけなスマホの中の、ちっぽけがアプリ程度で、こんな大事件が起こせるなんて……。俺が本当に隣のクラスの奴ら全員を異世界送りしてしまったなんて。
「ぐ……偶然だよな?」
思わず、そう独り言を呟いてしまった。
確かに俺は今アプリ内で作成したゲームを始動した。そしてゲームを始動した瞬間に隣のクラスの奴らがいなくなった。
でもそれはきっと不幸な偶然なんだ! 俺のアプリが関係していた証拠なんてないし、そもそも皆斗たちが異世界に行ったかどうかなんて誰も分からない。
そう、もしかしたらさっきの地震で逃げ出しただけかもしれない! 魔方陣はいたずらだとしたらすべて辻褄が――
「おい、なんだよここは?」
その言葉に、俺は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えた。
今の声……、皆斗、だったよな?
周囲を見渡すが皆斗はどこにもいない。じゃあ一体どこから……?
しばらく考えて……すぐに気が付いた。
スマホだ。
今の声は、俺が握っていたスマホから聞こえてきたのだ。
スマホの中では、先ほど俺が起動したアプリ――〈異世界ツクール〉が起動している。そして俺がそう指示したように、俺の作り出したゲームが始まっている。
そのゲーム世界に、皆斗がいた。
それはゲームのCGとは明らかに異なる、実写に限りなく近い……そんな映像だった。
「俺たち、教室で勉強してたよな?」
まるでRPGゲームの強制イベントシーンのように、皆斗がそう喋りだした。
まずいっ! こんな廊下で皆斗たちの声が聞こえたら大騒ぎだ。
俺は大慌てでスマホの音量を下げた。幸いなことに、ただでさえ騒がしいこの廊下で皆斗の声に気が付いた者はいない。
俺は廊下の隅にもたれかかり、誰にも見られないようにスマホに目線を落とした。
「いやぁ、ここどこ? ママぁ……」
「嘘……だろ? 俺たち異世界転移したのか?」
「か、帰してくれよ! 俺たちを元の世界にっ!」
スマホの中で、皆斗たちの声が聞こえる。
(嘘だ……ろ?)
皆斗だけじゃない。
美咲と裕也と直史と若菜……、俺があの時名前を入力した隣のクラスの三十人が、全員……ゲームの世界に召喚されているようだ。
大理石の柱が並ぶ、少し広めの部屋。奥には剣と盾でできた紋章の描かれた旗が掲げられている。
(皆斗、みんな……。本当に……俺が生み出した世界に?)
俺は……みんなを異世界転移させてしまったんだ。
その事実に、俺は心が痛くなっていくのを感じた。とても個人で耐えられるほどの罪悪感じゃない……。
「皆さま、どうか落ち着いてください」
不意に、俺の知らない声がスマホから聞こえてきた。
まるで鳥のさえずりのように美しいその声は、俺が聞いたことのあるどのような知り合いとも違うものだった。
美しい金髪は腰の近くまで伸びるロングで、陽光に照らされきらきらと輝いている。それでいてプロポーションの良い体型だ。
頭に付けたティアラには煌びやかな宝石が散りばめられ、彼女の高貴な身分を最もよく表している。
「リディア王女っ!」
リディア王女。
彼女はこの世界で異世界人たちを召喚した張本人であり、この国の王女であった。