四神の揺り籠
部屋に帰ってきた俺は、すぐさまスマホの〈異世界ツクール〉を起動した。
確かそろそろ、追加したイベントが始まる頃だよな?
場所は玉座の間。
玉座に座る国王と、頭を下げる勇者一同。
「恐るべき……事実が判明した」
真剣な顔をした国王が、震え気味の口から声を出す。
「絶大な力を持つ魔族たちが、なぜこの国を滅ぼせていないのか? それはもちろんこの国の優秀な兵士たちが日々努力してきたからに他ならない。だがそれ以外にも……重大な要因があったのじゃ」
「それ以外?」
皆斗が呟く。
「アングル王国は神々の結界によって守れている」
「…………」
「この世界を統べる四柱の神によって生み出されし加護――〈四神の揺り籠〉。神の末裔である巫女を触媒とし、この世界の人類を守るために常に発動し続けている」
うんうん、そういう設定だったんだよ。
「アングル王国の王家は神の末裔。学術的には全くされていない……建国神話じゃったが、図らずも魔王の発言によって証明されてしまった」
……というわけでリディア王女は攫われてしまったのでした、という話。
ちなみにこの設定は途中で追加したものではなく、初めから存在するものだ。もっとも、この事実が判明するのはしばらく後の予定だったのだが……。
「魔王は神々の結界を消し去り、改めて大攻勢を仕掛けるつもりなのじゃろう。そうなればこの国は……否、人類は滅亡する」
こんな深刻な話序盤に持ってくるつもりはなかったんだけどな。皆斗たちがリディア王女を殺そうとしたからだ。
ったく、なんて奴らだ。人類が滅亡しちゃうぞ?
「勇者殿、どうか……どうか娘のリディアを、いや、この世界をお救いください」
涙目になりながら頭を下げる国王。
冷たい皆斗たちは心の中では何も思っていないかもしれない。しかし、ここには自分たちだけでなく護衛の兵士や貴族たちまでいるのだ。無下にすることはできないはず。
「あ、安心してください国王様! 僕たちが必ずこの国を守りますっ!」
裕也は皆斗たちが行った悪行を何も知らない。だから国王の涙を裏表なく受け入れ、進んでこの国を守ろうとしている……んだよな?
まあ、裕也が何考えてるかなんて分からないからな。何も考えず流されて適当なことを言ってる可能性もある。
でも皆斗みたいに悪意はないはずだ。
「俺たちは姫様を守れなかった。もうこんなことは二度とあっちゃならねぇ。俺たちの力を裕也には及ばないけど、やれることはやってみせる! それが俺たちの……姫様を守れなかった償いだ!」
心にもないことを……。
リディア王女を襲ったのはお前だし、裕也のことだって苦々しく思っているだろうに。
とはいえ皆斗も空気を読んだのだろう。いくら奴が異世界の勇者といってもこの国全体を相手に戦うことは不可能だ。ある程度は従っておく必要がある。
裕也や皆斗の前向きな発言に、国王は満足しているようだった。
「……残念ながらリディアは攫われてしまった。しかし、まだこの地には……巫女の資格を持つ者が存在するのじゃ」
国王は手を動かすと、近くに控えていた兵士たちが裕也の近くに近寄った。彼はあらかじめ用意していた地図を渡すためだ。
「ここから遥か北、雪に覆われた都市――オルレアン。そこに『オルレアンの聖女』と呼ばれる少女、ジャンヌという者がいる。傍流ながらも王家の血を引き、神の声を聞く奇跡の乙女と噂されている。これは神話に記されし『星の巫女』そのもの。魔王が次に狙うとすれば、彼女をおいて他にあるまい」
地図には北の大都市、オルレアンへの道が記載されている。途中山あり谷あり洞窟あり中ボスありのなかなかの難所だ。
皆斗が渋い顔をしている。
「夜分遅くに失礼いたします、大和様」
ん?
スマホに集中していた俺に飛び込んできた。背後からの声。現実の世界に戻される。
リディア王女だ。
俺は即座に画面を切り、リディア王女の方を向いた。
「何か用か?」
「あ、いえ。用というほどでは……、少々お聞きしたいことがありまして」
見るとリディア王女は、俺の貸した三国志の本を持っていた。
「この漢字、なのですが……」
皆斗たちが異世界に行っても読み書きができるように、リディア王女もまたこの世界で読み書きが可能だ。
ただ一流の文学者というレベルではなく、あの世界の製作者である俺のレベルが反映されているらしく、難解な言葉や漢字にはついてこれないところがある。その辺は留学生という設定にリアリティが増して、学校では助かっているのだが……。
「燕人、というのはどういった人種なのでしょうか? 我々と同じ人間なのですか?」
「『燕人張飛ここにあり!』か。燕って国の名前があってね、そこの国があった地域出身だって意味だよ。別に燕人って亜人がいるわけじゃないぞ」
ゲームや映画を見たら一目瞭然なんだろうけどな。魔族とか亜人とかいる異世界感覚で言うと、まずそういった常識を疑ってしまうのかもしれない。
「ありがとうございます、大和様。明日に……とも考えたのですが、どうしても気になってしまって……」
「はははっ、いいよいいよ。そこいいところだもんな。俺もそのシーン好きだよ」
好きすぎて……、と余計なことを口走りそうになったがぐっと堪える。今のリディア王女には知らなくていい事柄だ。
「思ったよりも読み進めてるみたいだな。活字ばかりなのに関心するよ」
「大和様には感謝の言葉が絶えません。わたくし、王女だというのに歴史書を読んで遊んでいるようなもの……。大和様、あなた様がわたくしに気を使っているのはわかりますが、もう大丈夫です。もし何か手伝えることがあれば仰ってください。料理や掃除……なんでも……」
「…………」
うーん。
気持ちは嬉しいのだが……。
リディア王女は掃除機を使えるのだろうか? 再生資源とかプラスチックとか、ゴミ出しのルールとか分別とか分かっているのだろうか? いろいろと説明するのがめんどくさそうだ。
料理はできるかもしれないけど、今まで俺がやっていたものをわざわざ投げ出すのもな。
そもそもその辺は〈リアルツクール〉を使えば……。
あっ……。
「少し、その〈リアルツクール〉を触らせてもらえないか?」
俺はリディア王女に〈リアルツクール〉の話を聞いた。しかし実際に触れて何かをしたことはない。
「もちろんそれはリディア王女のものだ。俺が勝手に奪って、勝手に使って悪さをするつもりなんてない。ただ、どの程度のことができるのか、少し……試させてくれないか」
「大和様。あなた様はわたくしの世界を生み出した神様なのです。どうしてわたくしにあなた様のお願いが断れましょうか? 何も気遣いはいりません。わたくしはこの『三国志』の本が読めてそれで充分なのですから」
そう言って、リディア王女は持っていたスマホっぽいプレートを俺に渡してきた。
「これが……」
これが……〈リアルツクール〉。
本当に、なんでもできるのか?




