世界史の授業
「終わりましたね」
「ああ、終わったな」
放課後。
部活にも入っていない俺は、リディア王女とともに帰路についていた。
スマホの〈異世界ツクール〉は時々様子を見ていたけど特に異常なし。ちょうど家に戻るあたりで次の重要イベントがあるはずだ。見逃さないようにしよう。
とりあえず今は忘れてもいい。リディア王女と話をしよう。
「今日もとても充実した一日を過ごせました。これもすべて大和様のおかげです」
住宅街を歩きながら、リディア王女がそんなことを呟いた。
「今日って飯食って授業受けただけだろ? よくそれで幸せとか言えるよな……」
「とんでもない! 一つ一つの授業が新鮮で、とても興味深いものでした。わたくしの世界とは全く違い、新しい知識です。特に昼食後の世界史の授業は、わたくしたちの世界とは違い非常に重厚で物語性に溢れる歴史のロマンを感じました」
世界史。
今日はイギリスのばら戦争やテューダー朝のヘンリ8世についての話だった。
俺が数日ででっち上げた異世界の歴史なんて、本当の歴史を前にすれば天と地ほどの差がある劣化品。本物に興味を抱いたのは当然の話だった。
「この世界にもこの世界の歴史があるのですね」
リディア王女は感心したようにそう呟いた。
「今日はイギリスとかヨーロッパ系の話だったけど、それ以外にもいろいろな地域があるからな」
「そ、そんなにも国や地域が? わたくしたちの世界に比べて、この世界は随分と賑やかなのですね」
す、すまない。もっといろいろな国とか民族とか作った方が良かったよな俺。皆斗たちを異世界転移させることばかりに頭が行ってて、世界設定がいまいちだったのかもしれない。
「ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、西アジア南アジア東アジア東南アジア。俺たちの住むここは東アジアになるかな」
「東アジア……。東アジアのこの国が世界の中心なのですね」
「いやいやいや。世界史の中で日本の存在感は薄いけどな。隣の中国の方が領土もでかくて影響力もあって、あちこちで名前が出てくるイメージだな」
とはいえ世界の中心かと問われれば微妙な話だが。
リディア王女視点では創造主のいるこの国が世界の中心である神の国なのかもしれない。
「大和様は……その中国の歴史がお好きなのですか?」
「うーん、三国志とかは好きなんだけどな。他は漢字が多くて苦手だな」
まあ、世界史の中の三国志なんて全然話題にすら上がらないんだけどな。俺は好きなんだけどなぁ……無双とか。
「その大和様がお好みの『三国志』、という時代の歴史に興味がわいてきました。大和様、よろしければその歴史が記された本か何かを見せていただけませんか? あとで必ずお返ししますので」
「あー」
その話か。
困ったな、あまりリディア王女に知ってほしくないんだけどな……。
とはいえ〈リアルツクール〉なんてものを持っているリディア王女だ。俺がここで断っても何らかの方法で欲しいものは調達できる。
俺が見るなと言ったら見ないとは思うけど、せっかくこの世界を楽しんでいるというのに水を差すのも変な話だ。
そこまでの話じゃない。
「確か父さんの部屋に昔の本があったはずだ。あれでよかったら自由に読んでくれていいよ。あとで探してみる」
「ありがとうございます」
「リディア王女は勉強熱心なんだな。向こうの世界でもそうだったのか?」
うーん。
そういえば俺、学校なんて施設作ったかな? 識字率とか細かい設定はしてないけど、みんな普通に会話できるってことはどっかで勉強してるんだよな?
「王族たるもの下々の者たちの道しるべにならねばなりません。祖国の偉大な歴史、魔族たちとの戦いの日々、そして様々な礼儀作法を学び、そして王女として正しくあらねばならないのです。父や母、そして家庭教師としてやってきた学者の方々から様々なことを学ばせていただきました」
「…………」
……うーん、なかなか厳しいことを言う。
なんだかあの世界を作った俺が申し訳なくなってしまうレベルだ。
「た、大変だな。でもリディア王女はすごいと思うぞ! 俺なんかより全然勉強してて、礼儀正しく手品位もあって、いかにも王女って感じだ!」
「いえいえ、わたくしなどまだまだ若輩者。国王として様々な責務を負う父に比べれば遊びのようなものです。わたくしたち姉妹は、あの国の将来を担うために常に学ばなければならないのです」
「姉妹? ……ああ、ロリタ王女のことか」
ああ……ロリタ王女か。
ここで俺は、自分が設定していたリディア王女の妹のことを思い出した。
ロリタ王女、どうしようなぁ。あのままあの世界においたままでいいのかなぁ?
はぁ、悩ましいな。リディア王女の件もそうだけど、俺だって物語を盛り上げたかっただけで悪気があったわけじゃないんだ。いろいろと許して欲しい。
などと悶々と反省しているわけにはいかない。目の前のリディア王女に心配をかけてしまうからだ。
「リディア王女さ、ロリタ王女に会いたい?」
「そう、ですね。あの子はきっとわたくしがいなくても元気にしているでしょうが、それでも心の中では……さみしい思いをさせてしまっているかもしれません」
「そうだよなー」
ロリタ王女の件は少し考えておく必要があるよな。
ま、まだ時間に余裕はあるから大丈夫だとは思うけど。
「あ、そういえばさ、今日の夕飯何が食べたい?」
「大和様がお好きなもので結構です。それよりも今日の夕食はわたくしが作――」
「それじゃあ困るんだよ。じゃあさ、どんな食べ物が好きか教えてくれ。俺が作れるレベルなら頑張ってみるからさ」
「えっと、わたくしは……」
こうして俺たちは、とりとめのない会話をしながら家に帰ったのだった。




