王女の行方
朝食を済ませた俺たちは、普段通り高校に向かった。
もちろんリディア王女も連れてだ。
しばらく様子を見ていたが、転校生としてのリディア王女は特別問題があるようには見えなかった。丘に建てた城と違って、留学生という設定はどこにでも転がっている自然な出来事だ。すぐには問題が表面化しないのかもしれない。
そして昼食時間。
俺はリディア王女とともに食堂に来ていた。
時間を操れないのが神様の辛いところ。こうしている間にも、異世界での時間はどんどん進んでいく。
前の席でご飯を食べているリディア王女を尻目に、俺はスマホの〈異世界ツクール〉を起動した。
もちろん、問題児である皆斗たちの様子を見るためだった。イアホンも持ってきたから音が漏れる心配はない。後ろから覗き込まれなければ大丈夫だ。
安心して画面に目を落とす。
ここは……確か王都の酒場だったな。
こちらが食事時間なら向こうも食事時間。皆斗たちも食事中のようだ。さすがに勇者という身分で昼間っから酒を飲む気はないらしく、普通に食事中だ。
あいつらは未成年だけど酒飲んでそうだよな。
クラスメイト全員、というわけではなく、皆斗と若菜……その他数人だ。当然のことながらこの中に裕也はいない。
特に親しい者同士で食事に来ているように見えるが、あまり機嫌がいいようには見えなかった。
「くそっ! おい、あの王女は一体どこに行ったんだ?」
まるで止めを刺すにようにフォークを鶏肉に突き刺した皆斗。
「お前らまさか……逃がしたんじゃねーだろうな?」
「し、知らないわよ。」
若菜たち女子はリディア王女が逃げないように見張る役だった。だというのにこうして失踪されてしまったのだから、こうして疑惑の矛先が向いてしまってもおかしくない。
だけど……。
「あたしたちがあの女を逃がしてどうするのよ! 村人嬲ってたところ見られてんのよ! 大体あんたが余計なこと言い出すからこんなことになるのよ! あの時始末しておけばっ!」
「これだから女は! あんな上玉簡単に殺すなんてできるか! 一度味わってからでも遅くはねーだろっ!」
若菜の言うことももっともだ。
あの日。
皆斗は確かに王女を追い詰めた。そして身の毛のよだつ行為に及んだ後……無事に返すつもりはなかったのだと思う。
王女は村で起こった出来事の真実を知る生き証人。もし彼女が国王に真実を報告すれば、皆斗たちの生活は完全に崩壊してしまう。
だからこそ、始末する必要があった。
最終的な結論は、皆斗も若菜も同じなんだと思う。
「くそっくそっくそっ、満足に飯も食えやしねぇ。あのバカな王様をごまかせたところまでは良かったが……これから一体どうすりゃ………………、ん?」
突然、皆斗がフォークを止めた。
彼自身に何かがあったわけではない。周囲の騒がしい様子に気が付いたのだ。
「お、おい、なんだあれはっ!」
「空に……」
「みんな、外に出ろっ! 大変だっ!」
ざわざわと騒ぎだてる人々が、一斉に建物の外に出ている。料金を払っていない様子の人もいるが……咎められる様子はなかった。
「おいおい……なんだなんだ?」
「騒がしいわね」
皆斗たちも様子が気になって窓の外に視線を移している。
俺も一緒にカメラを動かした。
すると。
〝――愚かな人間どもよ〟
空には、巨大な立体映像が投影されていた。
それは、人のような形をした何かだった。
身に着けているのは全身を覆う黒いマントに黒い鎧。唯一むき出しになっているのが頭部だけの状態だ。
まず目を引くのは天を突く二本の角。頭の側面から生えているそれは、アクセサリーでもなんでもない。こいつが人間とは異なる種族であることを示している。
そして鋭くとがった犬歯はまるで猛獣のように口から突き出し、人間を噛みちぎってしまいそうな勢いだ。
白い頭髪は角と同じように逆立ち、まるで整髪料で固めてあるかのようだ。怒髪天を突く、という言葉がふさわしいように、表情も鬼気迫るものがある。
〝我が名はエドワード、魔王エドワードである〟
魔王エドワード。
この物語のラスボスとして設定されている、魔族たちの王である。
「ひいいいいいいい」
「ま、魔王がせめて来た?」
城下町の人々は恐慌状態に陥っていた。今、魔王とは彼らにとって恐怖そのもの。それがこうして堂々と城下町に現れたのだ。恐れを抱かない方がおかしい。
とはいえ、これはただの映像投影。
本物は北の城にいる。
立体映像の魔王は、その手を動かし何かを掴み上げた。
〝うう……うう……〟
それは、生きた人間。彼はその頭を掴み、全身を引き上げているようだ。
魔王によって頭蓋骨を圧迫され、苦悶の表情を浮かべている少女。美しい金髪を持つ彼女の容姿は、今、俺の目の前で昼食を取っている王女様と瓜二つ。
〝――月の巫女、リディア=アングルは我が手に落ちた〟
「な、何っ!」
「嘘でしょ」
これに驚かなかった人はいなかったようだが、中でもとびぬけて驚いているのは皆斗たち自身だろう。実際魔族に攫われたところを見ていなかった彼らにとって、この展開は予想だにしないことだったに違いない。
〝世界を守り、慈しむ神々の結界――〈四神の揺り籠〉を破壊し、この大地を恐怖と絶望に塗り替える。そのための人柱は、あと三人〟
魔王が指を折り、三の数字を指し示す。
〝恐怖せよ人間ども。長きにわたる人と魔の戦いは、もうすぐ終焉だ。ふふっ、ふふふふ、ははははははははははははっ!〟
笑い声を残して、魔王の立体映像は消え去った。
人々は恐怖と混乱に染まっている。
そしてそれは、先ほどまで悪態を付きながら罵り合っていた皆斗たちも同様だった。
……よし。
前日、リディア王女を助けるだなんて国王に言ったんだ。まさかこの誘拐声明を無視して王都でのうのうと過ごすなんてことはできないだろう。
ちなみに巫女は残り三人いて、次に判明する『星の巫女』はかなり北に離れた村の奥に住んでいる。もちろん王様は勇者たちにその巫女を守るようにお願いする展開だ。
これで皆斗たちを魔族退治に駆り出せる。そして仕事が増えれば余計な悪事は働かないだろう。というか北の方は魔物も兵士も強いからそんな余裕はない。
魔王ってこの物語ではずっと北の城にいる設定だったからな。セリフとかも最後の勇者を出迎える言葉が八割以上だし。こういったエピソードを割り込ませるのには一番の適役だ。
ここまでくればあとはどうにでもなるはずだ。リディア王女がこっちに来た時には焦ったけど、うまく元の設定と繋げることができてよかった。もし皆斗たちに王女が殺されるようなことになったら、この話ここで終わってたよな?
それにしても、リディア王女もタイミングがいいよな。襲われそうになったところを〈リアルツクール〉なんて反則アイテム手に入れて。
そういえばリディア王女があれを手に入れたあたりの動画、リプレイ動画確認しておかないと……。
――キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音に、俺ははっとした。
やっべ、次の授業が……。
「リディア王女!」
「はい」
すでにリディア王女が食事を済ませ、俺を待っている状態だった。
声をかけてくれよ声を。
「ごめん、動画に熱中してた! 次は世界史の授業だよな? すぐに教室に戻ろう。遅刻になる」
「え? それは良くないことなのですか?」
「ああ、そうだっ!」
まだここに来たばかりの王女に、遅刻の感覚はいまいち理解できなかったのかもしれない。
俺はリディア王女の手を取り、廊下を疾走したのだった。




