カルネ村その後
リディア王女が家に来た。
俺の家、といったが住んでいるのは賃貸マンションの一室だ。
「ここが神様の家なんですか~」
「靴は脱いでね」
俺の家には今、俺しか住んでない。両親は海外出張中でいない、なんて一昔前のラノベみたいな設定が現実だから困る。
3LDKのこの部屋は、一人で暮らすのには広すぎる。一応両親の部屋もあるのだが、完全に持て余してる状態だった。
「とりあえず……そうだな。母さんの部屋を使ってくれ。家のものは勝手に使ったり食べたりしてくれてもいい。そういえば……着替えとか持ってるのか?」
「ご安心ください神様。わたくしの〈リアルツクール〉があれば生み出すことができますので」
「それもそうだな」
……土地とかとは違って服を作っても問題にはならないだろうな。だったらそのあたりは任せても大丈夫か。
「…………」
リディア王女は立ったまま周囲をきょろきょろと見渡している。見慣れない部屋で戸惑っているのかもしれない。
一人暮らしの俺の家に女の子をあげるのは始めてだ。
落ち着かないなぁ。
「神様、わたくしは……」
「大和」
「え?」
「伊瀬大和、それが俺の本名だ。俺のことは『大和』って呼んでくれ。俺は神様でも何でもない、ただの人なんだから……」
「そ……そのようなことは……」
「今日の学校みたいにあまり目立ちすぎるのは困る。あまり長い時間になるとは思ってないけどさ、ここにいる間ぐらい……リディア王女にはリラックスして過ごしてもらいたいんだ。俺は目上の人じゃなくて普通の人。友達ぐらいの感覚でいてくれると嬉しい」
「は、はい……では、大和様」
「うん」
様は余計だけど、このあたりで妥協しよう。
俺はソファーに座り込んで脱力した。
疲れた。
今日、リディア王女が転校してきてから気が休まらなかったからな。我が家に着いて安心だ。このまま寝てしまってもおかしくない……。
ふと、隣を見るとリディア王女も眠そうにあくびをかみ殺していた。
「眠いのか?」
「ごめんなさい、大和様。もう眠くて……」
「…………」
無理もない。
彼女にとって昨日からずっと衝撃的な出来事続きだ。休める時間もなかったに違いない。
本当はもっといろいろと話をしたいこともあったのだが、今日は彼女を休ませることを優先しよう。
「廊下を出て右の部屋が母さんの部屋だ。待っててくれ、すぐにシーツや布団を用意するから」
「……お気遣いなく……大和様……」
ふらふらとしながら、リディア王女が部屋から出て行った。
大丈夫か?
まあ、異世界と違って命の危険があるわけじゃないからな。それよりも……。
「…………」
さて。
やっと一人で落ち着ける時間ができたか。
リディア王女の前であまり〈異世界ツクール〉をつつくのは気が引けたからな。これでじっくりと考える時間ができたわけだ。
気になることはいろいろあるけど。
まずは、リディア王女がいなくなったあとどうなったかを確認しておく必要があるな。皆斗たちは一体どうなったんだ?
以前のようにリプレイ動画の中からそれらしきものを探す。皆斗、とタグ付けされた動画を時間順に並べれば、簡単に奴の足跡をたどることができる。
どうやらあの後、皆斗たちは城に戻ったようだ。
スキルを応用した攻撃ができるようになったといっても、皆斗たちの攻撃手段は限られており効率も悪い。小さな村は滅ぼせても、首都丸々征服することなんて不可能だ。
なら皆斗たちは一体どんな言い訳をするつもりなんだ?
先の一件の代表者である皆斗は、城の玉座の間にいた。
「リディアが……攫われた……じゃと?」
玉座に腰かけた白髪まみれの老人が、震える声でそう呟いた。
彼の名前はレオン=アングル。
リディア王女の父にして、この国の国王を務める人物である。
「その通りです、国王陛下」
対する皆斗は片膝をつく、国王に対する礼を示している。
「近くの村に現れた魔族を倒すため、俺たちはすぐに現地へ向かいました。リディア王女は俺たちに加勢するために……、兵士を連れて来たのですが……タイミングが悪く……。魔族たちに攫われてしまったようです」
「おお……では、勇者殿たちが暴れているという最初の報告は……」
「俺たちが魔族と戦っていたところを、勘違いされてしまったのでしょう。報告が遅れて申し訳ない……」
と、いうのが皆斗の主張らしい。
一部始終をリプレイ動画で視聴できる俺とは違い、国王陛下は報告しか受けていない。皆斗の明らかな嘘を……否定できる要素はなかった。
「すまないっ! 俺たちの力が及ばず……許して欲しい」
つい先日、俺が差し込んだ強制イベント――全知の将ライオネルとの遭遇。あの一件のせいで魔族出現に信ぴょう性が出てしまった。
加えて皆斗のこのへりくだった誠意のある対応。何も知らなければ……俺だって騙されてしまうかもしれない。
異世界召喚の勇者は替えの利く存在ではない。何度も召喚されたらゲームバランスが崩壊してしまうからと、俺がそういう設定にしたからだ。
したがって今、皆斗たちを安易に処分することはできないのだ。百歩譲って国王陛下が皆斗たちに不信感を持っていたとしても……。
「良いのだ勇者殿。聞けば勇者殿の多くは非戦闘職に適性を持っているとのこと。恵まれない条件の下で奮戦した事実は、尊敬に値するものじゃ。わしが頭を下げるべきこと」
「もったいなきお言葉です、陛下っ!」
「わしらは魔族からこの国を守らねばならん。勇者殿、召喚しておいてこんなことを言うのは気が引けるが、どうかこの国を……救ってほしい。そして願わくば、娘のリディアを……」
「ありがとうございます国王陛下。必ず……必ず俺たちの力でリディア王女を救出してみせます!」
こうして、皆斗は村の件をうやむやにし、堂々と勇者として帰還を果たした。
リディア王女が帰還すればすべて解決しそうな話だけどな。だからといって今ここいる王女を一人で城に帰還させるのはあまりに酷だ。
こうなってしまったのは俺のミス。創造主である俺の罪。
なら彼女が安心して帰還できるように環境を整えておきたい。それが俺に課せられた使命だ。




