王女の家
リディア王女が転校してきた。
それはもちろん本当の意味で海外から転校してきたということではない。〈リアルツクール〉という現実改変アプリによって無理やり書き換えられた、偽りの設定だ。
だが、荒々しくも突然の転校とは打って変わって、今のところ特に問題は生じていないように見える。
普通に授業を受けて、普通に昼食をとって、普通に下校だ。
校門を出た俺たちは、高校前の並木道を歩いていた。
「じゃあその『アングル高校』って名前を変更したのは、俺へのメッセージだったってことか?」
「ごめんなさい、どうしてもあなた様にわたくしのことを印象付けたくて」
「…………」
まあ、そっちの世界そのものを生み出した俺が言うのもあれだけど、自重してほしい。規模の話で言えばこの地域だけの話なんだけどさ。
「…………」
ふぅ。
さっきから周りの視線が気になる。
リディア王女が美少女すぎる、というのもあるが、それよりなにより目を引くのはRPG世界から飛び出したままのドレス姿ということだ。胸元を強調したそのドレスは、いかにもアニメのコスプレといった感じ。見ているのは楽しいが道端を歩いているのには目立ちすぎる。
リディア王女はこのまま電車やバスに乗ったりするのだろうか?
……あれ?
「そういえばさ、リディア王女は住む場所大丈夫なのか? もしかして俺に合わせてこっちに歩いてきてるだけ?」
「いえ、わたくしの家もこちらなので」
「家?」
リディア王女は異世界から来た異世界の住人。こっちの世界に家なんてないんだが。
アパートでも借りたのか?
「見えてきましたね、あそこです」
「は?」
俺はあまりの光景に思わず足を止めてしまった。
ここ……空き地だったよな?
小さな山、というか丘があって、小さな草木の生えている場所だった。森というほどではないが人が出入りすような場所ではなかったはずだ。
しかし今、その空いた土地だった場所には建物が立っていた。
一軒家とかアパートとかそんな生易しいものではない。小さなビルに匹敵するその高さと、レンガ質でいかにもな外見をした巨大建築物。
いわゆる、西洋の城がそこにあった。
あ……ありえない。ここ観光地でも何でもない、ただの住宅地だぞ?
「す、すごい城だな。ここがリディア王女の……家?」
「も、申し訳ございません。自分の住む建物、ということでどうしても元の世界の城を意識してしまって……」
彼女は王族だ。外に出たことがないわけではないとは思うが、庶民の家の中を再現しろと言われても急にはできないのだろう。
その点住み慣れた城であれば理解も早い。気持ちは分からなくもないのだが……。
目立つ。
目立つぞこれは?
本当にこんなもの建ててしまって大丈夫なのか? いや〈リアルツクール〉はすべてを改変する万能のアプリ。ならこれぐらいのことは……。
「あんたはこの建物の関係者か?」
と、建物の前で悩んでいた俺たちの前に、一人の老人が現れた。
俺の知らない人だ。
「はい、わたくしの家です」
「ここは先祖代々うちの山だったはずだ! 誰に許可をもらって建てた? ……っと、お嬢ちゃんたちにこんなことを言っても仕方ないか。悪いけど、親御さん誰か大人を呼んでもらえるかな?」
えぇ…………。
さすがにリディア王女本人が建てたとは思っていないらしいが、明らかにご立腹だった。それでも学生相手だということで、いくらか冷静さを保とうとしている。
「い、今はここにはいません。も、戻り次第必ず」
「頼むよお嬢ちゃん。また夜に伺うよ」
土地の所有者である老人はいったんこの場を立ち去った。だが、あの様子ではまたすぐやってくるだろうな。
「何もない丘だから大丈夫だと思ったのですが……。場所をかえなければならないですね……」
そう言って、リディア王女は城の中に入っていった。
城の中は俺が設定したアングル王国の城ととてもよく似ていた。無駄に風通しがよく広い廊下に、彫刻のような置物が数々。奥には部屋が……。
ん……?
「リディア王女。この城、水道とかはどこに?」
「え? 水道? 近くの川から水を引くようにして……」
「と、トイレは? 電気とかガスは? テレビとかネットとか電話って知っている?」
「え……え……え……?」
「言いにくいんだけど、確かでっかい土地持ってると税金を取られるって。あと他にも授業料とかいろいろとお金の問題が……」
「あ、あの、税は作物の六割を収めますので……」
「…………」
「か、神様あああああああっ!」
リディア王女が泣きついてきた。
「わ、わたくし、一体どうすればよいのですか?」
どうやら〈リアルツクール〉というこの改変アプリ、何かに干渉して改ざんすることには長けていても辻褄合わせには向いていないらしい。
この分だと時間がたてば転校の件も問題になってきそうだな。やはり異邦人というのは扱いが難しい。『異世界人』という設定の存在する向こうの世界とは違い、リディア王女は外国人とは言ってもこの世界の住人扱いになっている。法を無視することはできないのだ。
もちろん、〈リアルツクール〉を細かく使えば本当の意味でこの城を手に入れることができるだろう。
でもその過程で誰かが土地を失い、ありもしないお金が生み出され、法を捻じ曲げ世界を歪ませる。
あんなゲームで好き勝手な世界を作った俺が、彼女に倫理を説くのはおかしな話かもしれない。
でも、できれば、彼女に気苦労なくこの世界を過ごして欲しい。あんな世界であんな目にあった彼女には、その権利があると思っている。
だがら……。
「リディア王女さ、俺の家に泊まらないか?」
俺はそう提案した。
ここからがリディア王女編になります。




