王女の受難
カルネ村で暴れまわった皆斗たち。
それを止めようとする兵士。
「何が勇者だ! 何が異世界人だ! こんな糞みてぇな能力しかない俺たちを馬鹿にしやがってっ!」
「ゆ、勇者殿。我々はあなた方を粗末に扱ったことはありません。ただ、適材適所というものを……」
「うるせぇよ!」
縋りつく兵士を、皆斗は乱暴に突飛ばした。
「ああ……ああっ、本当にイラつくな。こうして憂さ晴らしでもしてなきゃ、こんなコンビニもカラオケねぇ上にネットも繋がらない田舎以下の糞世界で過ごせるわけがねぇだろ! いちいち突っかかってくんなよなっ! こんな村の一つや二つで」
「勇者殿! それはあまりにも横暴ではないですかなっ! この村の人々も、あなた方と同じように生きて……」
「――〈カース〉」
み、皆斗っ!
まさかっ……。
アングル王国は最初の王国。
最初の王国の最初の兵士。当然ステータスは控えめに設定されている。
つまり、今の皆斗たちでも殺すことができてしまうということだ。
「ゆ、勇者殿、やめ……」
「〈ヒール〉」
「そこまで……そこまでお前たちはあああああああああああああああああああああああっ!」
兵士が叫んだ。
呪い状態を付加された兵士にとって、回復魔法の〈ヒール〉は体力を削る攻撃にも等しい。痛みは相当なものだろう。
「〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉っっ!」
非情な皆斗は全く攻撃の手を緩めなかった。
そして……。
「…………」
とうとう兵士は、悲鳴を上げなくなってしまった。
死ん……だ。
兵士が……死んだ。
皆斗……。
お前、とうとう味方の兵士にまで、こんなことを……。
「なんて、なんて恐ろしいことを……」
いつの間にか、森の奥にリディア王女が立っていた。
震える手で口元を抑えている。
どうやら飛び出した兵士を追ってここまで来たようだ。護衛の兵士数十人を連れている。
「勇者様! あなた方は大変なことをしてしまいましたっ! この国では人殺しは罪、ましてや村単位でなど反乱そのものですっ! あなた方を逮捕しなければなりません」
リディア王女が憤るのも無理はない。
これは確かに、とても許される問題じゃない。文化の違いで許される範囲を超えている。
しかしどうして奴らはこんなにも狂暴化してしまったのだろうか? 確かにみんな素行が悪くて裕也をいじめたりしていたが、ここまで邪悪ではなかったはず。少なくとも人殺しをしたことのある奴はいないはずだ。
これが、異世界効果なのか?
「勝手に召喚して、糞みてぇな能力押し付けて魔王を倒して欲しい? お前何様のつもりだっ! 俺たちゃボランティアじゃねーんだぞ! 何かをしてほしいならもっともてなせっ! もっといい武器や防具を用意しろっ!」
「…………」
リディア王女が手をかざした。
すると、背後に控えていた兵士たちが動き出す。
剣を構え、異世界人たちを囲むように動き始めている。もはや完全に盗賊か何かを相手にしている雰囲気だ。
油断はなかった……のだが。
「うっ」
「な、なんだこれは?」
「足が……」
兵士たちは一斉にその足を止めた。
突然、足元から生えたツタが彼らの足を絡めとり、その場から動けなくしてしまったのだ。
「逃がさないわよ」
若菜だ。
農夫、の職業適性をもつ若菜が、奴らの足元にツタを生み出したのだ。
そこからは、村で起こった出来事の焼き増しだった。
非戦闘職の盲点を突いた攻撃。皆斗の(カース)&〈ヒール〉に代表されるようなそのイレギュラーな攻撃は、時間さえあれば兵士を全滅させるのには十分だった。
兵士は全滅した。
残っているのはリディア王女だけだった。ツタのせいで身動きの取れない状態だ。
「嘘……です。こんな……こんなことになるなんて……」
「さてと、王女様。俺らを犯罪者扱いした罪は重いぜ。そうだなぁ……」
もっと兵士がいれば、どうにかなったかもしれない。
おそらくリディア王女もここまで大事だとは考えていなかったのだろう。無理もない話だ。
裕也がいればどうにかなったかもしれないが、今、この場に彼はいない。
皆斗たちに加担していなかったことを喜ぶべきなのか、それとも止められなかった不運を嘆くべきなのか……複雑な心境だ。
「慰めろ」
「……え?」
「俺たち男を慰めろっつってんだよ。その胸や尻は飾りかっ!」
「そ……それはっ!」
リディア王女の顔が羞恥に歪んだ。皆斗の視線が示すその意味を理解し、とっさに胸元を隠す仕草をする。
「へへっ、安心しろよ。俺もこんな血なまぐさい恰好じゃあ楽しめねぇからな」
皆斗の身体は血にと煤にまみれていた。この姿を見れば、たとえその場にいなかったとしても彼がどんな大罪を犯したのかすぐに理解できる。
「村の外れに宿屋がある。そこで待ってろ。俺たちゃ近くの川で体を洗ってくる。」
こうして、港たちはその場を離れていった。リディア王女が逃げ出さないよう、監視の女子たちを残して……。
俺はそこでリプレイ動画を切り上げた。
「そのあと、襲われる寸前でわたくしはこの世界にやってきたのです」
「………………」
そうか……。
リディア王女はなんとなくこの世界にやってきたんじゃない。あいつらの毒牙にかからないよう、この世界に逃げてきたんだ。
どうやってあの〈リアルツクール〉とかいうアプリを手に入れたのかは知らないけど、とりあえず……事情は理解できた。
「俺はリディア王女が考えているほど万能の神様じゃないかもしれない。けど、できる限りのことはするよ。あいつらのこと……俺の責任でもあるんだからな」
「ありがとうございますっ!」
「リディア王女はこれからどうするんだ? その……こっちでしばらく休んだ方がいいよな?」
あの動画を見てしまった以上、とてもではないが帰れなんて冷たくあしらうことはできなかった。
〈異世界ツクール〉を使えばまた向こうの世界に送ることはできると思うけど、初めての試みだ。今すぐにというわけにはいかない。失敗して変な場所に召喚されても困るからな。
だとすると落ち着くまではこの世界にいてもらった方がいいよな? 俺もいろいろと調べる時間が欲しい。
「でも住む場所がないよな……」
「ご安心ください。わたくしは〈リアルツクール〉があります!」
「その〈リアルツクール〉ってやつ、俺にも詳しく教えてくれないか? どんなことができるんだ?」
「……神様も知らないのですか?」
「俺は神様でもなんでもないからな」
こんな事件を起こしてしまったんだ。変に万能神様を気取ってあの出来事まで俺のせいにされたら困るからな。
この件は協力しながら解決していかないと。




