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黒猫の夜

作者: 鷲宮新二

 夢も願いも希望も野望も才能も意欲もない人なんて、今どき珍しくもないだろう。


今日の義務を果たし、明日の業務を確認し、己の責務に疲弊する。

そうして1日が終わり、明日が訪れ、7日が過ぎ、31日が去り、365日が巡る。


ルーティンとイニシエーションのみが予定を埋める。

うんざりするほど平坦で、清々しいほど凸凹な道を、恨み混じりの賛歌を携え歩く日々。


理屈の通った矛盾を抱えて生きる人がこの世界ではほとんどだ。

その1人である俺が言うんだ、間違いない。


賭けてもいい。

ギャンブルは嫌いだが、勝率が高いなら話は別さ。




 いつも通りの仕事帰り。

静かな夜に響くチャリのチェーンが回る音。どこかのパーツが軋む音。ライトのモーターが回る音。ブレーキがタイヤを擦る音。


何年もかけて何を作ってるのか誰も知らない工事現場を過ぎた先の駐車場まえに、この通り唯一の自販機が光っている。


 1本90円からという安さだけが売りのこの自販機は、今の仕事を始めた頃からの行きつけだ。


カン高い音を握りしめたら、通りは静寂に包まれた。



 お気に入りは100円のカフェオレ。一歩進むと110円のいちごミルク。気分を変えると90円のブレンド。


レギュラーメンバーの入れ替えや売り切れを見たことがないのは、ただ人気がないのか、補充がこまめなのか。

正直助かってはいるが、そろそろ新人が入荷してもいい頃だとおもうのだが。


 財布から100円を生贄に捧げて、いつものカフェオレが召喚される。


すぐ横の段差に腰掛け、金網を背もたれにすれば、憩いのひと時が始まる。



 一口飲んで空を見上げる。

蒸し暑い夜に、冷たいカフェオレが染み渡る。


 二口飲んで虚空を見つめる。

後輩のミスをフォローするために、小一時間ほど社内を駆け回った疲労を思い出す。


 三口飲んでアスファルトを眺める。

先輩が話を聞いてなかったせいで起きたダブルブッキングを調整したしわ寄せが俺に来たことを思い出す。


 一口に飲んでムカつきを腹の底に流し込む。

沈んだ気持ちを腹に鎮めて静かに立ち上がる。



 空のボトルをゴミ箱に捨てる。

ついでに、穴にはめ込まれたファストフードのドリンクをゴミ箱の中にねじ込む。



 憩いのひと時が終わり、チャリのチェーンが回る音。どこかのパーツが軋む音。ライトのモーターが回る音。ブレーキがタイヤを擦る音が、静かな夜に響く。



 誰もいない夜道を、チャリの薄ぼけた光が照らす。


自販機の駆動音が遠ざかっていき、今日と似た明日へと進んでいく。


安いカフェオレの味が、まだ口に残っていた。

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