プロローグ
私は魔王になりたい。
魔王ってみんなが思っているよりも悪い奴ではないのだ。
私が9歳になる前日の話である。
30人くらいの平和な小さな村が魔王に襲われた。
魔王から結界を張って完璧に息をひそめている、魔法少女の住む村が襲われるのは珍しいことだった。
大人たちは慌てふためき、魔王に立ち向かい、死んでいく。
私以外の魔法少女候補は村から逃げ出し、森の中にいた魔物に襲われ死に、息絶えた。
私は魔王から目をそらすことができず、その場に立ち尽くす。
最初からおかしかったのだ。魔王は村に来てから攻撃せず何か話したそうにしていただけなのに、こちらから攻撃を仕掛けて圧倒的な力に阻まれ死んでいく。
「あなたは、何を、しにきたの?」
まっすぐに魔王の目を見て話しかけると、魔王の手が優しく私の体を包み込み抱え上げた。
「君をさらいに来た」
禍々しい城にある美しい庭園の噴水に腰かける二つの影がある。
「半年前の魔王サマとの出会いってわけ。魔王様ってとても凛々しくて素敵よねえ・・・」
少女が目の前のフードをかぶった人影に熱く語っている。
「へぇ・・・ボクもそんな出会いをしてみたいなあ」
中性的な声が答える。にっこりと笑ったその口に八重歯がちらり。
「あなたの八重歯って、魔族って感じがして素敵よね」
少女が興味津々でフードをのぞき込もうとすると、フードを深くかぶりなおす。
「あ、これは、パパに似たのかな。八重歯というか、どっちかというと牙なんだけど」
「なに顔赤くしてるの。まあ、どっちでもいいけど、魔王様もあるわよね、牙」
そういって再び魔王に思いを馳せる少女は、自分の髪をくるくる巻きながら空を仰ぐ。
魔界は魔王の目と同じ赤い空だ。
しばらく空を見つめていた少女は、そうだ。とフードに向き直り声をかける。
「まお、私修行の時間だった、またね!」
「あ、うん、修行頑張ってね、さっちゃん」
「ありがと!あなたも頑張って!」
城に向かって駆け出した少女は振り返らずに返事をした。
見送るまおは幸せそうに笑っていた。
「さち、走って転んだらどうするんだ、急がなくても修行してやるから、大丈夫だぞ」
「魔王様!私だって早く強くなりたいの!それに、そんな簡単に転んだりし」
「ほら転んだ」
「い、痛くないから大丈夫です!」
魔王の前にスライディングしたさちは目に涙をため小さな声で答えながら立ち上がる。
「今日は何をするの?」
涙をぬぐい、目をキラキラとさせながら魔王に尋ねる。
「これまで魔族としての心得は座学で学んだな。今日からはさちが魔法を使えるようになるために「わぁ!ついに魔法!」
「そう、その魔法なんだが、こいつから教えてもらってほしいのだ」
さちは目を輝かせたまま、あたりを見回す。
魔王の後ろからゆっくりと姿を現したのは
「まお!どうしてここに?」
「まおと知り合いだったのか。なら話が早いな。私の息子さ、二人とも頑張るんだよ」
フードをかぶった影が頷く。
「むむむむ・・・息子ですって!?し・・・知らなかった。どうりで牙が」
「さちさん。ビシバシいくのでよろしくお願いしますね」
動揺をするさちに向かって声をかけたまおが顔にかかったフードを外しながら言う。
(ま・・・待って、魔王様と瓜二つじゃない・・・!!!)
そこには青い瞳の小さな魔王が立っていたのだ。
二人は先ほどの出来事を話しながら、噴水庭園の横にある広場へ向かっていた。
「まさかあなたが魔王様の息子だったなんて・・・とても驚いたわ」
「さっちゃんのびっくりする顔が見たくてちょっと意地悪してたんだ」
「魔王様の前で態度が変わって見えたのだけど、普通に戻ってくれて安心したわ」
「みんなの前でパパなんて呼ぶのかっこ悪いでしょ?パパの部下がいるときには気を付けているんだ」
ボクは別にいいと思うんだけどね。とまおが苦笑いする。
(魔王の手下って部下っていうのね・・・)
広場は庭園と違い、円形に石のタイルが敷き詰められ、広場の端にはマネキンのようなものが何体も並んでいる。入り口には小屋があり、様々な大きさの武器が揃っている。
「ここは魔法だけじゃなくて武器の訓練にも使われるんだ。」
「すごいでしょ、さちはひとまずこれを使って魔法を使ってみよう。」
まおがさちに渡したのは、禍々しいステッキだった。
「これは、えっと、ステッキ、よね?」
「そう。魔王軍の武器職人が魔法少女の武器をまねて作ったんだけど、あんなにきらきらした素材がなくてこうなっちゃったんだ。」
「なるほど。まあこのドクロも魔族っぽくて悪くないわね」
ステッキの頭の部分には小さなドクロがハマっており、一応ハートの形と赤を基調としたデザインにはなっているようだ。
「ひとまず、魔法少女としての覚醒をして魔法を使えるようになってから魔族の呪文を覚えると早いんじゃないかってパパが言ってたんだ。頑張ろうね!」
にっこりと笑った青い瞳は、人間界の雲一つない美しい空のようだった。