猫と少女
私こと麻田タ美は、幼い頃に不思議な体験をした。
「ねぇ君、ちょっと道教えてよ」
学校からの帰り道、車に乗った見知らぬ人から声を掛けられたその直後。
「ぐわああぁぁ!」
突然後ろから悲鳴が上がり振り返ると、顔に猫が張り付いた人がひっくり返っていた。
「な、何だよこれ!」
やがて最初に声を掛けてきた人にも、数匹の猫が纏わり付く。
私は何が何だか分からなくなり、その場から逃げ去った。
ひとしきり走り、息を切らして立ち止まったそこは、普段通らない、見た事の無い道。
不安で涙が溢れそうになったその時、私の目の前で一匹の猫がじっとこちらを見ていた。
とても大きく、ふさふさな真っ白い毛の、不思議な猫。
「ねこさん、ここはどこ?」
さすがに猫は喋らないと知らない年ではなかったけど、とにかく不安を払拭したくて、私は思わず声を掛けていた。
無論猫は何も答えず、私に背を向けてゆっくりと歩き始める。
何となく付いて行き、しばらくするとそこは、私の家のすぐそばだった。
見知った場所に戻れた嬉しさでいっぱいで、送ってくれた猫を振り返る事も無く、私は帰宅した。
事件に巻き込まれそうになった私を、猫が助けてくれた。
後日そう気付いた時から私は、あの猫にお礼がしたくて、時間があれば町中を探し回るようになった。
結局あの猫は見つからず終いな上、その時の奇行を知っている友人からは、名前をもじって"マタタビ"なんて呼ばれるようになった。
恥ずかしいけど、そう嫌いでも無かったり。
そんなある日……
「おはよう、マタタビ」
「その呼び方やめってば」
普段通りの朝、友達の千代子との何気ない会話の中で。
「そう言えば夕美、この町のボスネコの噂知ってる?」
「ボスネコ? この近辺にそんな強い猫がいるなんて聞いた事無いけど」
「違う違う。そんな呼ばれ方されてるけど、姿は人間なんだって。そんでもって、この辺の猫の世話を至る所でやってるって噂だよ」
「う~ん、そんな人知らないけど……」
もしそんな人がいるなら、きっとどこかで会ってるはず。
何せ私はかつて、町中の猫を追いかけ回していたのだから。
「夕美ですら知らないとなると、いよいよあの説が濃厚かもねぇ」
「あの説?」
「噂だけはあるのに、実際にその姿を見た人は誰もいない。だから、ボスネコは実在する人物じゃなく、都市伝説や妖怪の類じゃないかって言われてるのよ」
話があらぬ方向に向かうと共に、どんどんテンションが上がっていく千代子。
この子こう言うオカルト的なの大好きだからなぁ。
「ねぇ、ちょっと調べてみてよ」
「何で私が?」
「知ってるでしょ、アタシ犬猫系とは相性悪いって。いやぁ、こんな名前付けられちゃったからしょうがないよねぇ」
「名前は関係無いと思うよ」
「それに、アンタにとっても悪い話じゃないはずだよ。もしボスネコに会えたら、探してた猫について聞けるかもだし」
そっか。
もし私以上に猫に詳しい人がいたら、あの猫の事を知ってるかも……
「分かった、探してみる」
「まぁ私も新しい情報が入ったら教えるからさ、頼んだよ」
これが、私がちょっと不思議な猫の世界に踏み込む第一歩になりました。