プロローグ
「さぁ、今年も始まります。東京競馬場第11レース、芝2000m第118回G1天皇賞・秋!平成10年今年負け無しのこの馬サイレンススズカ!今レースはなんと1枠1番そして鞍上は武豊騎手!解説の大川さんどうですか?今回のレースは」
「そうですね~やっぱり毎日王冠であの無敗を貫き通していたエルコンドルパサーと栗毛の怪物グラスワンダーを相手に大逃げで大金星しましたからね、この大舞台でもサイレンススズカと武騎手はやってくれると思いますね!」
平成10年東京競馬場では割れんばかりの歓声が出た。なんといっても今年は常に大逃げをし、金鯱賞では大差、宝塚記念でも逃げで勝利、毎日王冠では怪物二頭を相手に大金星をしたあのサイレンススズカがここ東京競馬場の天皇賞・秋で出走するからだった。
オッズは1.1倍と近年稀に見る最高オッズだった。もちろん彼らは彼、サイレンススズカと武豊騎手に期待しての賭けだった・・・。
「今年の天皇賞・秋は全12頭の出走となります。さぁファンファーレが鳴ります!」
ファンファーレが鳴り出し観客も一斉に合いの手を上げた。しかしそれを良く思っていない馬主が観客席から見ていた。
「ったくファンファーレも合いの手もいらねぇんだよ・・・これじゃあ馬が思うように走れないだろうが・・・」
彼の名前は近藤久伸こんどうひさのぶ、彼は小さいながらも馬主をしていた。しかし久伸の今は馬を所有しているが、現在北海道に住んでいる妻と娘に馬の世話を任せて、このレースを賭けに来た。
「といっても・・・サイレンスハンターに賭けても数十円、数千円しか増えて戻ってこないだろうなぁ・・・それでも勝ってくれるだけでもありがたい」
そのころゲート前では
「武さん」
「おぉどうした藤田」
「今回は勝たせてもらいますよ?」
「望むとところだ!」
「「ハハハハ」」
そして実況、解説に戻って・・・
「さあ各馬ゲートに収まりました。さぁスタートしました天皇賞・秋!ポーンと白い帽子武豊とサイレンススズカここで好スタートをきった!今回も私達に大逃げを見せてくれるか!」
「さぁサイレンススズカ早くも先頭に立つ!そしてそれを追跡する6番のオフサイドトラップとゼッケン7番のサイレントハンター。そして2コーナーのカーブを入っていきました。」
2コーナーのカーブを先に入っていったサイレンススズカは、もう後ろの馬達からかなり離れていた。
サイレンススズカは全力で走りながらも後ろをチラリとみて、すぐに前を見て走った。
(皆は俺の走りに追いついていない・・・このまま全力で走る!武~!あんたは俺を信じてくれて有難うな!あんたに見つかってなかったら今頃俺は引退させられていたかもしれねぇ!だからよ!ここで俺はお前の恩を返す!)
「さあ2コーナーを回った所ですでに8馬身、9馬身ほどの差が広がっています!これだけ引いても後ろの馬が見えない!引いて引いてようやく見えてきた7番のサイレントハンター!かなりの縦長の展開です。そして今1000mを通過して・・・なんと57秒3!57秒3!かなりのハイペースで走るサイレンススズカ!これは早い!早すぎる!」
1000mを通過して経った時間は57秒3今までに見たことも聞いたこともない数字であった。それを聞いた視聴者、それを見た観客、関係者達はどよめきを露わにした。
おい?早すぎねぇか?
いくらなんでも早すぎる!レコードだ!レコード出すぞスズカが!
そんな声が聞こえてきた・・・。久伸もその一人だった。
「いくらなんでも早すぎるって・・・いや、サイレンススズカにとっては普通なんだろうな」
実況は興奮し解説はただ見守るばかりであった。
「飛ばしに飛ばしてサイレンススズカ!と武豊!後続の各馬大丈夫なのか!?追いつけるのか!?そして大ケヤキを通過!」
飛ばしに飛ばしていたサイレンススズカと武豊のほうでは・・・
「スズカ!お前はやっぱり異次元だ!異次元の逃亡者だ!このレースもこれからも俺に競馬の頂点を見せてくれ!」
(わかってらぁ豊!大ケヤキを通過したところでもっと飛ばしてやるからよ!俺に着いてこい!)
大ケヤキを通過後、誰もが予想しないとんでもない事が起きた。武騎手は聞きたくもない音が聞こえてしまった。それはサイレンススズカの足から聞こえた音だった。それは今まで聞いたこともない音でそれは数秒聞こえた。
「嘘だろ・・・?スズカ?スズカ!」
(ッ!ダメだ!倒れる!身体が追いつかなかった・・・だけどお前だけは落とさない!お前はこれから競馬の未来を受け持つ男だ!だから・・・だから落とさねぇぇぇぇ!)
大ケヤキを通過したところでサイレンススズカは一気に減速して足がおぼつかないのを、このレースを見ていた皆は思った。サイレンススズカに故障が発生したと・・・これがこの先競馬界で誰もが知っていて、それを忘れてはいけない・・・沈黙の日曜日・・・。
その沈黙の日曜日から25年が経った・・・
北海道のとある厩舎では今、母馬が苦しんでいた。それを看護していた近藤久伸の娘、莉愛は気づいた。生まれると
「お父さん!お父さん!」
「どうした?もしかして生まれるか!?」
「生まれるよ!早く!早く!」
厩舎では母馬が一生懸命に子供を出すように踏ん張っていた。見えたきた足は栗毛の色であった。それから1時間半が経ち、遂に栗毛の仔馬が生まれた。しかし
「お父さん、生まれたよ!栗毛!栗毛の牡馬!でも・・・」
「あぁ・・・なぜ生まれてすぐに立ってるんだ?それに生まれたてとしても少し大きくないか?」