勇気の先への途上
まほ学 第3話
あの日から7日が経った。
『魔王』のゲイルさんと『女神』のシーナさんは古くからの友人だそうで今回僕の前に同時に現れたのは全くの偶然だったらしい。そんな2人が僕の部屋に住む事になったけれど2人の存在を学園側にバレる事は非常にまずい。学園側にバレてしまったら追い出されるだけでは済まないだろう。それにそれぞれの世界の事情でこの世界の人間とは必要以上に関わらないようにしたいとのことだった。2人から色々と話してくれたけれど正直2人がまだ別の世界の住人で御伽話の存在ではない事が信じられない。そんな2人を僕の部屋で匿う形で一緒に暮らしているのだがそれほど広い部屋ではない為3人で暮らすには少し狭い。それにシーナさんは女性だ。一つ屋根の下に男女が暮らすなんて結婚してからが本当なら普通だ。だがシーナさんは御構い無しでゲイルさんは僕にこう言って全て解決させた……のかな。
「アルよ。あいつを女だと思わないことだ。女神とは言われるが体は女でも本能の部分である女としての機能がほとんど失われてると言っては過言ではない!ほら、あれをみろ!俺様達のことを男としてみていない証拠だ!」
パッと見た時シーナさんは僕のベットで下着姿で横になり寝てしまっていた。そのすぐそばには脱ぎ捨てられた鎧とドレス。全く免疫のない僕からすればありえない光景だった。当然鼻血が夥しい量吹き出た。
「うげっ。こいつ…女の裸見たことないのか?まぁ見た目からして幼いからなアッチの経験もなさそうだし……まぁ仕方がないとはいえ……面白そうだからこのままでいいか。」
翌朝。僕が目覚めたのはシーナさんの腕の中だったことは誰かの策略だと信じたい。
2人と出会った翌朝から修行は始まった…のだがそれから毎日朝から晩まで『寝る』『食べる』『用を足す』『勉強する』以外の時間は全て修行の時間となった。
早朝5時からシーナさんの修行が始まる。まず『精神集中の強化』部屋でずっと座って心の中を空っぽにするところから始まり続いて『魔力コントロール』魔法石の原石に魔力を込めるところから始まったがシーナさんが用意した原石の量は個人保有するにはあまりにも多く1つ100000ガルド(1ガルド=1円)もする物をざっと見ても1000個以上はその場にはあった。これをどうしたんですかとシーナさんに聞いたら爽やかな笑顔で秘密だよと言われ知るのが恐ろしくなりそれ以上聞くのをやめた。修行の最中、シーナさんはこの2つの修行は僕が上手く魔法を使えないのはこれの2つが他よりも劣っているからだと懇切丁寧に説明してくれたおかげで頑張ろうと思えた。
その後は学校でエマ先生が『精霊の矢』の応用の仕方など色んな魔法の知識を勉強した。そして放課後。ブレア君と一緒にゲイルさんの修行が始まる。『基礎体力の向上』という事でストレッチから始まり、ランニング1時間、腕立て、腹筋、背筋。それが終わると『身を守る為の護身体術と魔法を当てる為の武術の会得』文字通り自分の身は自分で守る為の護身術と魔法扱えたとしてもただ魔法が発動させる事が出来るだけでは意味がない。それを当てられるように武術を主軸にした戦闘を伝授してもらうことになった。立ち回りや回避行動、予備動作など全てが魔法を当てる為に繋がると言われたがブレア君はゲイルさんと組手をして、僕だけはそれではなく護身体術の特訓……教えてもらったのはたった1つだけ。それがゲイルさん相手に成功する事はなく自分に自信をなくしてしまいそうだ。だけどゲイルさんはそれでも筋はいいと僕に言い聞かせるように繰り返し言う。
これらが終わったらお風呂にはいるのも忘れて寝てしまう。これが今の僕の日常だ。僕には色々と欠けている物が多い。自分を変えるにも立派な魔導士になるにもコツコツこなしていくしかない………これはこれで充実感はあるがなかなか大変だ。
朝の修行を終えて教室に向かう道中。治りきらない筋肉痛で悲鳴をあげる身体を引きずりながら歩いていると日の光が差し込む廊下に女の子がウロウロしていた。こんな校舎の隅の隅にある教室に行くしか利用することのない所に生徒が来ることは滅多にない。だがよく見ると彼女の着る制服はここの制服ではなく『レーベルアカデミー』の制服だ。そこは代々魔道士の家系のそれも貴族の人間しか通う事が出来ないエリート校。そんな娘が何故この学園にいるのかわからないが廊下の真ん中で立ち止まっていると行ったり来たりしていた彼女は僕に気づいて駆け寄ってくる。赤いリボンで結んだ後髪がゆらゆら左右に揺れサラサラとした艶のある綺麗な髪なのが見てわかるほど近くまで駆け寄って来ていた。彼女は乱れた息を整える様に深呼吸してから身体を起こして僕の顔を見て言う。
「あの、えっと……職員室って何処にあるんですか?」
僕は彼女の顔を見てドキッとした。濁りのない潤んだ金色の瞳と真っ白できめ細かな肌。頬を少し赤らめながら問い掛ける僕と同い年ぐらいの彼女がとても可愛かったのだ。
「あの……どうかしたんですか?」
「えっ?あっ!職員室だよね。えっと職員室は僕の後ろの廊下を真っ直ぐ行った突き当たりにある階段で2階に上ったすぐ右の部屋だよ。」
「ありがとうございます。」
僕が指差して教えた方向をチラッと見た後、律儀に頭を下げて走って行ってしまった。僕はそんな彼女の後ろ姿を見ながら思った。初めて女の子に話しかけられたな……と。僕はあまり女の人が得意な方ではなくどちらかと言うと苦手な方だ。それに加えて女の子とあんな風に話した事さえ片方の手で数えられる程しかない。それほど僕は女の子が苦手なのだ。
「何してんだアル?」
「ふぇっ!」
突然背後から話しかけるブレア君に驚き自分でも出した事がない様な変な声が出てしまった。
「大丈夫か。こんなところで突っ立ってよ。」
「なっ…何でもないよ!」
「そうか……ならいいんだけどよもう予鈴鳴ってんぞ。」
「えっ!?うわっ!本当だ急ごうブレア君!」
「お、おう。」
僕はブレア君と一緒に教室に急ぐ中でまた…会えたらいいなと小さく呟いた。
駆け込んだ教室にはエマ先生はまだ来ていなかった。僕達はゆっくり席に着いた時に机が一つ多い事に気が付く。
「今度はどうした?」
「机が一つ多いけど何か知ってるブレア君?」
「いや、俺は知らないぞ。転校生でも来るのかもよ。」
転校生。その言葉を聞いて僕はあの女の子のことを思い出す。だけどそれは絶対にない。だって彼女はあのレーベルアカデミーの学生で僕の様にランクが低いわけがないくブレア君の様に許可を取ってここに来る様な事しない限り彼女がここに来ることはない。
「おはよ〜アル君、ブレア君。ちゃんと席についてるわね。」
「おはようございますエマ先生。」
「おっすエマ先生!」
僕達に挨拶をしながら教卓に立つと1回咳払いして話を始めた。
「え〜ゴホン。今日は何とっ!このクラスに新しい仲間が増えます!みんな拍手で迎えてあげてね!」
このクラスがGランク専用のクラスであるが故に生徒が普通の魔導士はここに来ることもGランクでもいいから魔導士になろうとする人間もいない、だからこそどんな人が来るのか少し…いやかなり興味があった。
「入ってきてもいいわよ。」
エマ先生がそう言うと教室に入ってきたのは道案内をしたあの娘だった。
「それでは自己紹介してね。」
「はい。『レナ・メグリット・スター』です。今日からこのクラスでお世話になります。レナって呼んで下さい、よろしくお願いします。」
再び彼女に出会う事が出来た僕の心臓は激しく脈打っていた。このドキドキは何なだろうか…。
「今度はこっちが自己紹介する番よ。えっと……じゃあブレア君から!」
「あいよっ!」
エマ先生に指名されたブレア君はゆっくり椅子から立ち上がり机に上った。
「俺の名前はブレア・マックス・ベル!ランクはCだがあのクラスは面白くねぇからこの俺の大親友のアルのクラスにおいてもらってる!お互い仲良くしようぜレナ!」
とハキハキとした声でブレア君は堂々と自己紹介した。その隣で僕はブレア君に無意識に拍手していた。
「次はアル君ね。だけどブレア君はまず机から降りなさい。」
「は〜い。」
僕も立ち上がって自己紹介しようとした時、机から降りたブレア君が親指を立てて僕にエールを送る。それに答える様に僕は頷いた。そして深呼吸して息を整える。
「えっと…アル・サクシード・レジェットハートです。ランクはGです。これからよっ…よろしくお願いしましゅ!!」
「「しゅ?」」
「…………。」
やってしまった。最後の最後でやってしまった。僕は恥ずかしくて顔を伏せると彼女はこう言った。
「あのさっき職員室の場所を教えてくれた親切な人ですよね。さっきは本当に助かりましたありがとうございます。」
「えっあの、そんな大した事してないよ。この学園広いから初めてここに来て迷うのは仕方ないよ。」
「あら、2人共顔見知りだったの?」
「さっき職員室の場所を教えてあげただけなんですけど。」
「ふ〜ん。なら良かったわ。アル君、レナさんにこの学園を案内してあげてちょうだい。」
「えっ?」
「お願いしますねアル君。」
突然頼まれてしまった学園案内だけど今から案内したら終わる頃には放課後になっちゃうんだけどそれって大丈夫なのかな……などと思いながらも僕は何も言わなかった。今この現状で断れる空気ではなかった。
「俺も一緒に行くぜ!」
と立ち上がり言ったブレア君だったがその瞬間エマ先生の目が光る。
「ダメよ。」
「何でだよエマ先生!」
「何でって。ブレア君、あなたは今日、クラス内魔法テストでしょ!ここで勉強するのはいいけどテストはちゃんと受けなさい!」
「うっ。……そっ……そんなテスト今日あったかな〜?」
とエマ先生から目を逸らすブレア君だったが満面の笑みで杖を取り出したエマ先生にブレ風で拘束され、そのまま抵抗する事も出来ずあっさり捕まり今は宙に浮いている。
「じゃあ私はこの子を連れて行った後、図書館で調べ物してるから終わったら来てねレナさん。後は頼んだわよアル君。」
そう言って杖で風を操作しながブレア君を教室から連れ出して行ってしまった。
「……えっと案内するけど、何処か行きたい場所とかある?」
「ううん。アル君に任せるね。」
そして僕達も教室を出て学園巡りに行く事になった。
ランク分けされた各フロア。図書館。魔書館。別館。本館。講堂。第1実技場…第2実技場…第3….第4…。食堂。学生寮(男子寮、女子寮)。闘技場。迷いの森。などなど。この学園は色々ありすぎて僕が知らないものもまだまだあったりする。彼女と一通り見て回り校舎に囲まれる様に出来た木々や花々が植えられた中庭のベンチで一休みする事にした。
「この学園って本当に広いんだね。」
「そうなんだよ。ここの創設者がこれもあれもって作っているうちに自分でも予想がつかないほど広くなってたんだって(エマ先生情報)。」
「ふ〜ん。」
「…………。」
「…………。」
話が続かない。しかも中央広場に誰もいないから余計に静かに感じた。そんな時僕の前に現れたのは今1番会いたくない人物だった。
「よう、出来損ない魔導士さんよぉ。こんなところで女なんて連れていい御身分だな!」
それはいつも僕の事をイジメるメンバーのリーダー的人物『ペルリオーネ・マワレル・カーリー』。ランクはCだがブレア君ほど強くはない。だけど僕のことを心底目障りに思っている。僕をこの学校から追い出す為、僕をイジメる為に自分に従う従順な生徒を日に日に増やし続けている。そしていつも彼の周りには信頼出来、強い(自分よりは弱い)2〜3人の生徒を連れ回っている。今日は2人だけだがこの生徒達もペルリオーネと同じく僕の事が大嫌いだ。
「おいおいなんだよ魔法の才能は無いくせに一丁前にデートかよ出来損ない。」
「そうだぜ出来損ない。お前みたいな奴が女と一緒にいる時点でそれは犯罪なんだぜ?」
「……………。」
彼等が何を言おうと僕は言い返さない。だってそんな事をしたらいつものように暴力で全て解決しようとしてくるからだ。そんな事をしたら一緒にいる彼女にまで被害がいくかもしれない。だから僕は何も言い返さないし、何もしない。
「おいおい話聞いてるのかよ出来損ない?」
「言ってやるなよ、こいつビビって口がきけないんだって。だってこいつ出来損ないな上に臆病者なんだから。」
彼等の言葉を聞き流す中で彼女の様子を横目に見るとそこには顔を青くして俯き苦しそうにする彼女の姿があった。
「どうしたのレナさん。気分でも悪いの?」
「………大丈夫。気にしないで下さい。」
と彼女は言うが急に何故こうなったのかわからない。とにかく保健室へ連れて行こうと立ち上がった瞬間僕の目の前には拳があった。
「おいおい、無視してんじゃねぇぞ出来損ない。ふざけてんのか?」
と言いながら僕を殴った手を摩るペルリオーネ。その横を僕には目もくれず通り過ぎ彼女の顔を覗き込むペルリオーネ。
「結構可愛いじゃないか。なぁ、こんな出来損ないより僕らと一緒にいた方がいいぜ。あいつといると碌なことはない。」
「………。」
彼女はそれでも俯いたままだったがペルリオーネが彼女の腕を掴み無理矢理連れて行こうとした。その時、目には涙がたまり今にも泣き出しそうだった。
「やっ………やめろ!!」
「はぁ?何か言ったか無能な出来損ない魔導士よぉ。」
「レナさんを………離せ!」
「出来損ないの言ってることは聞こえませぇ〜ん。」
「レナさんを離せって言ってるんだ!!!」
僕はこれまでに出したことがないほどの大声で叫ぶと彼等は俺を見下す様な目で睨みつけた。
「自分が何言ってんのかわかっているんだろうな?俺達よりも低いランクのくせに命令してんじゃねぇよっ!!」
その瞬間ペルリオーネについて回る取り巻きの1人が拳を振り上げ僕を殴ろうとした。
【「いいかアル。戦いにおいて自分に経験も、技術も、勇気もないことがわかっている上で一番重要なことって何かわかるか?」】
【「後ろに下がって逃げることですか?」】
【「…ま……まあ、そういうことも出来るんだがな。一番重要なのはただ逃げることじゃない。…一歩だ。……たった一歩前へと踏み出すことだ。それをお前に教えてやろう。そのあとは自分で考えな。」】
僕は前傾姿勢を取り向かって走った。
「なっ!」
振り被る拳を頭を下げて潜る様に入り脇の下を通り走り抜ける。
「何だこいつっ!!」
続いて取り巻きの1人が殴りかかってきたが先程と同じ様にして躱しペルリオーネの前に。
「何なんだよお前はっ!うぜぇんだよ!!」
レナちゃんから手を離し少し助走をつけながら殴りかかってくる。それを僕は同じ様に躱すと同時に足を引っ掛けてやった。ペルリオーネは取り巻き達を偶然巻き込む様に大胆に転んだ。それを見届ける事なく僕はレナちゃんの手を握りその場から逃げ出した。この時僕はどんな顔をしていたんだろう……そんな事簡単だ。優越感に浸り笑っていたんだ。今まで敵わなかった相手からレナちゃんを取り返し、小さな勝利を手にした僕にとってこの事実は自信へと繋がった。
「ハァハァ。ごめんね……巻き込んじゃって。」
「ハァ…ハァ…ううん。気にしなくていいよ。私も……経験あるから。」
「……大丈夫だったレナちゃん。」
「うん。怪我もしてないから心配しないで。」
「う、うん。」
「……。」
「……。」
時計の針の進む音と2人の呼吸音だけが静かな教室から聞こえてくる。そんな中でレナちゃんが僕の手を強く握り深刻な表情で話し始める。
「アル君。……君に聞いて欲しい話があるの。聞いてくれる?」
彼女がこの先に話すそれがどれだけの覚悟で話したのかこの時の僕にはわからがなった。
終わりたくない。