弱虫の一歩
まほ学 第1話
物語の舞台となる世界はここより遠く遠く離れた『科学』ではなく『魔法』と言う『奇跡』が発展した世界。そしてその『魔法』を使う者達を『魔導士』と呼び、『魔導士』達はランクがつけられ、最も優秀とされるのが『Sランク』。そして最も才能が乏しいものを『Gランク』とした。この物語はそんな『魔導士』として未熟で出来損ないと呼ばれた少年を中心に進んで行く。その少年の名は『アル・サクシード・レジェットハート』。引っ込み思案で自分を前に出すことのない臆病な少年。その少年はどの様な人生という物語を進めて行くのか。
それを今からお見せしよう。今から始まるのは一つの『奇跡』である。
僕が通う学校。それは優秀な魔導士を育てる為に創設された魔法学校『マギラナ学園』。ここは毎年優秀な魔導士を世に送り出していた。社会に出ても恥じぬことのない立派で有能な魔導士達を育成するのが学校方針。教師は皆、生徒達に一つ一つ手取り足取り丁寧に教え、設備は十分過ぎるほど整えられ、ストレスを感じさせない学校生活を提供しており生徒達にとって素晴らしい学校と言われている。だけどそんな学校で僕は充実した生活を送ってはおらず毎日のようにイジメられていた。多人数から暴力を振るわれこの学校にいるだけで迷惑だと罵倒される。それは僕がこの世界で最も低いランクと言われるGランクと判定されたたったそれだけの理由が原因。
「おいおい、Gランクの出来損ないさんよぉ。お前がここにいられたら迷惑だからよぉ早くここから出て行ってくれねぇかな?」
「それとも俺達が追い出してやろうか?なぁ出来損ないくん?」
「どうしたんだよ俯いてばっかりじゃわからないぞ?何とか言えよ出来損ないがぁっ!!」
耳を塞ぎ黙ったままやり過ごそうとする僕。廊下の隅でいつもの3人が今日も身体を蹴り踏みつける。僕はそれに耐える事しか出来ない……ただ身体を丸めて身を守る事しか出来ない……僕は無力だ。だけどそんな時この学校で唯一の友達がいつも助けにきてくれる。
「俺の親友に何してんだぁーーーーーっ!」
廊下を激走し目の前に居た3人の内1人に飛び蹴りをいれる。その勢いのある蹴りに1人は勢いよく飛んでいき柱に顔面をぶつけた。
「うわっ?!にっ逃げるぞっ!」
「何で『爆炎のブレア』がこんな出来損ないを助けんだよ!」
「言ったろ!親友だからだよっ!!」
3人もいた僕をイジメていた3人をブレア君があっという間に倒してしまった。そして蹲っていた僕に手を差し伸べてこう言う。
「大丈夫かアル?」
「うん。いつも助けてくれてありがとうブレア君。」
「本当にお前はいっつもイジメられてるな。俺がいなかったら今頃もっとひどいことされてるかもしれないぞ。少しは抵抗しないとダメだぞ。」
「うっ…うん。」
『ブレア・マックス・ベル』。火属性の攻撃タイプの魔法を得意とする僕の幼馴染でたった1人の友達。僕と一緒にこの学校に入学してブレア君は僕と違って着実にランクを上げ『爆炎のブレア』と呼ばれるようになっていた。ランクはCと判定をもらっている。ちなみにさっきまで僕をイジメていた人達はみんなブレア君と同じCランクだ。
「それで……何してる途中だったんだ?」
「えっ?あっ!魔法契約の最中だったんだ教室に戻らないと!」
「なら急ぐぞアル。」
僕達は急いで教室に向かう。僕の教室は学校の隅の隅にある狭い教室。そこで授業を受けているのは僕だけだ。それもそのはずGランクがこの学校に入学してきたのは創立して100年を過ぎるこの学校で初めてなのだから。それだけGランクとして『魔導士』になろうとする人間は珍しいのだ。廊下を走りに走って5分ほどでやっと僕達は教室に辿り着いた。
「今戻りましたエマ先生!」
「俺もついでに来たぞ!」
「遅いわよアル君。ほら待っててくれてるんだから早く済ませましょ。」
「はい。」
『エマ・ブランケット・ディアーズ』。風属性の支援タイプの魔法を得意とする僕の担当教師。ランクはAランク。誰も僕の担当になってくれる教師がいなかったそんな時にわざわざ志願してくれた心優しい先生。そんなエマ先生が立っているのは魔法契約用の魔法陣の上。その魔法陣は黄色く光る親指程の大きさの精霊が僕を待っていた。そして僕が今行っている魔法契約には全てにおいて統一されたルールがある。
『その1:魔法にはそれぞれ存在も意識も感情も持っている為、契約にはそれぞれの契約内容があります。』
『その2:その魔法を使役する精霊を呼び出し契約する為の魔法陣は術者が自身で描く必要があります。』
『その3:自分から魔法の契約放棄は出来ません。ですが魔法を使役する精霊から放棄する事は出来ます。』
というもの。今回は黄色の花を捧げて精霊に頬にキスをしてもらうと言うのが契約内容。僕はそのために黄色の花を取りに行っていた。その帰りにイジメにあっていた。
「じゃあ、頑張ってねアル君。」
「はい。」
僕とエマ先生は入れ替わり魔法陣の中へ。そして手に持った黄色の花を手渡すと精霊は花をギュッと抱きしめると僕の周りをゆっくり周りボロボロになった服や身体を見渡したあと微笑んで僕の頬にキスをした。精霊はその後花を大事そうに抱きしめながら手を振り帰っていった。その後も精霊からとは言えキスされるのは初めてで僕は少し恥ずかしくなった。
「それじゃ早速教えるわね。」
「はい!よろしくお願いします。」
エマ先生は短い黒の杖を取り出して構える。僕も自分の身長とは不釣り合いな長さの杖を手に取った。
「じゃあまず私がやって見せるからスペルをよく聞いて覚えておくのよアル君。」
「はい。」
「じゃあいくわよ。『契約されたし風精よ。5本の矢となりて敵を撃て。』『風精の矢』」
するとエマ先生の周りに風が渦を巻く様に5箇所に集まり球体を形成した。
「これが魔法名『精霊の矢』よ。威力は低いけど自分の魔力に合わせていくつでも出す事が出来てどの属性の契約精霊でも扱う事が出来てとても応用が効く優れた魔法よ。さあ、アル君もやって見て。スペルは覚えているかしら。」
「はい、大丈夫です。」
僕は杖に片手を添えて目を瞑り大きく深呼吸した後スペルを唱えた。
「『契約されたし雷精よ。1本の矢となりて敵を撃て。』『雷精の矢』」
「……。」
「………。」
何も出なかった。その避けられない現実に悲しくなるしかなかった。
「アルくん。深呼吸してもう一回よ!」
「は、はい。…すぅ〜……はぁ〜……。よし!」
目をつむり身体に流れる魔力を意識しながらスペルをもう一度唱える。
「『契約されたし雷精よ。1本の矢となりて敵を撃て。』『雷精の矢』」
すると空中を走る様に雷が一箇所に集まり球体を形成する。僕は初めてこんなに上手く魔法が扱えた事に喜んでいた。
「やっ…やった…やりました!!」
「やったなアル!!」
「おめでとうアル君。これでDランク昇格試験はバッチリね。」
「はいっ!」
「えっ?アル昇格試験受けるのかよっ!先にそれを言えよ!」
と少しムッとするブレア君。そう言えばブレア君には言ってなかった。この昇格試験は年に一度行われており自分にあったランクを選択して受ける事ができる。だが選択するだけでは試験に受ける事ができず担当教師が認めて始めて試験を受ける事ができるのだ。だけど僕はこの試験に去年落ちている。だからこそ合格しないといけない2人の為にも自分の為にも。
「ごめんねブレア君。昨日決まったんだよ。」
「まあいいや!それよりも頑張れよアル!俺はCランクで待ってるからな!」
と拳を突き出すブレア君。僕も拳を突き出してコツンと当てて答える。
「頑張って追いつくよ!」
「それじゃあ今日はこれぐらいにして後は試験までの期間『精霊の矢』の訓練よ。」
「はいエマ先生!」
それから3日間僕は『精霊の矢』を練習し続けた。ブレア君もエマ先生も僕の練習に付き合ってくれて最大で3本の矢を出せるようになった。2人には感謝しても感謝しきれないほどだ。試験当日、僕は試験会場になる講堂前にいた。
「うう〜。やっぱり緊張するな。
れっ練習しとこうかな。」
「あら?アル君じゃない。まだ試験まで時間があるわよ?」
とエマ先生が不思議そうな顔をして僕のそばにやって来た。
「エマ先生。」
「もしかして緊張してる?大丈夫よアル君。あなたなら合格できるは頑張ってね。」
「はい。」
「あれ?アルにエマ先生じゃないかどうしたんだよ。」
「あなたこそどうしたのブレア君?」
「ん?俺はここでアルにエールでも送ろうかと思ってな!どうだアル。緊張してないか?」
「緊張してる。けど僕頑張ってブレア君に追いついて見せるからね!」
「おう!その意気だぞアル!もうすぐ試験始まるからそろそろ行った方がいいぜ。」
「うん!エマ先生もブレア君もありがと!僕絶対合格してくるからね!」
と言った僕だけど僕は正直不安だった。Dランク昇格試験の内容は『精霊の矢』の発動。もしあんなに練習して失敗したらと思うと手が震える。僕はエマ先生とブレア君とその場で別れて講堂の中に入った。緊張と不安を胸に抱えながら…。
試験から2時間ほど経って僕は講堂から出る。試験は不合格。Dランク魔法『精霊の矢』はスペルを唱えても何の反応も見せず試験官には…
「失敗だ。君は不合格だ、やはり君には無理なんだ。」
と言われてしまった。2人に顔見せできなかった。あれだけ協力してもらった2人になんて言えばいいのか。とても申し訳ない気持ちで胸が一杯だ。
「おーいアルーー!」
「っ!」
そんな時ブレア君の声が聞こえた。ハッと前を見るとそこにはブレア君とエマ先生が待っていた。2人は僕に近づいてくる。僕はすぐにその場を離れたかったけど足が言う事を聞いてくれなかった。
「どうだったアル?」
「遅かったわねアル君。どうだったの試験は?」
「…………。」
僕は2人に何も言わず俯くしかできなかっただけどそんな時僕をイジメるメンバーの1人『ペルリオーネ・マワレル・カーリー』が大声で言った。
「あのGランクの出来損ない魔導士がまた試験に落ちたみたいだぜ!!」
「………。」
そしてペルリオーネは僕を追い詰めるようにこう言った。
「あいつは魔導士として出来損ないだ!もう試験にも『5回』も落ちてるだぜ!あんな奴がこの学校にいる意味がない!魔導士として終わっている人間なんてこの学校に居らない居られたら僕達が迷惑だ!魔導士になれない人間は僕達を支える雑用だけして生きていけばいいんだ。お前達もそう思わないか?」
「黙れよグズ野郎!!」
ブレア君はペルリオーネを押し倒して胸倉を掴み顔を殴りながら続けて言った。
「お前に何がわかんだよ!アルがどんだけ努力してるか知らないくせに言いたい放題言いやがって!アルよりもお前の方が迷惑だ!!お前みたいな奴俺が……俺が殺してやる!!」
「ひぃっ!やっやべでぐれぇーー!!!」
拳を強く握り直し振りかざすブレア君。殴られた顔は腫れ上がっているペルリオーネにブレア君は容赦無く殴りかかる。
「やめなさいブレア君!それ以上したらあなたを罰しないといけなくなるわ!」
「そんな事どうでもいいんだよ!!こいつは!こいつだけは許せねーー!!」
「もうやめてよ!!!」
その一言でブレア君は止まった。そして2人に駆け寄ろうとしたエマ先生にだけ聞こえるように言った。
「ごめんなさい。ブレア君にも謝っておいてください。」
僕は寮に走って帰る。今のままじゃ協力してくれた2人に顔向けできない。せめて僕の失敗を取り返してからじゃない…本当にここにいれなくなる。
「ちょっと待ってアル君!」
「先生早く止めないとあの人死んじゃうわ!」
「〜〜〜〜っ!!わかりました!!ブレア君、その辺にしておきなさいこの子を医務室に運ぶから手伝いなさい。」
「嫌だね!こんな奴助ける義理はねぇよっ!俺はアルのところに行く!説教ならその後だっ!」
「もおっ!」
「何でブレアを逃がすんだよエマ先生!」
「何であんな事をしたのか答えなさい。」
「そんな事よりあいつはこの俺を殴ったんだぞ!まずそっちから罰するべきじゃないのかよっ!」
「黙りなさい!なら聞くけどあなたはアル君をバカにできるほど凄いの?私にはそうは見えないわ。あなたの方があの子よりも劣っているようにしか見えません。もしもこの先こんな事がまたあればその時は覚悟しておきなさい。私は全力であなたを罰します。それで私が教師を辞める事になってもね!」
「おいアル?いるんだろ部屋から出て来いよ。」
僕の部屋の外でドアを叩く音とブレア君の声が聞こえる。だけど僕はそんな声を聞きながら魔方陣を描いていた。あの失敗を取り消す為に。僕は2人の為にも自分の為にもあの魔法を成功させないといけないんだ。
「ブレア君!アル君の様子は?」
「エマ先生遅い!アル部屋にいるのは確かなんだけどさっきから返事はないんだけど中でカリカリって音だけが聞こえるんだよ。何か書いてるような音が。」
「音?……アル君!アル君!ここから出て来て!試験に落ちたのは私のせいよ。もっとあなたの為に頑張ってあげれば良かったわ。だからそんなに自分を責めちゃダメよ!」
エマ先生が来た。でも僕はエマ先生のせいだとはこれっぽっちも思っちゃいない。それよりも僕の方がダメだったんだって思ってる。だから早くこれを成功させないといけないんだ。僕が今描いている魔方陣はある特別な魔法を発動させる為の物だ。本当はしちゃいけないことなんだけどそれでもやらないと2人に申し訳なくて情けなかった。これは魔法陣であってそうじゃない。図書館で見つけた古い魔書に載っていたいわゆる禁忌とも呼べる魔法。『契約』することなく『スペル』を唱えることもなく自身の『魔力』やその他の能力を無理矢理に底上げする『魔法』。魔方陣を描き終わった僕はその魔方陣の真ん中に立ち自分の想いを口にするだけの単純な構造。だけどここに立ってしまえば自分の想いに嘘はつけない。
「『僕の願いを聞き届ける者よ。僕の名はアル・サクシード・レジェットハート。僕の願いを聞き届け僕の願いを叶えよ。僕に…こんな僕に……自分を変えられるほどの『力』を。』」
僕の声が部屋で反響した後、一瞬の静寂が僕を包んだ。
「"わかった。俺様がその願い叶えてやろう!"」
「"いいよ。私がそのお願い叶えてあげる。"」
「えっ?!」
誰かの声が僕の頭に響く。その瞬間魔方陣が漆黒の閃光と金色の輝きを放ち部屋一面を覆った。そしてその二つが混じり合い爆発した。
「うわっ!!」
「アル!!どうしたんだ!」
「アル君!!何があったの?」
爆煙が部屋を包む。僕の心には暗雲が立ち込める。ここまでして禁忌にまで手を出しておいてまた失敗してしまった。
「ごほっごほっ!何だこりゃ!」
「けほっけほっ。何よこれ〜!」
と魔方陣を描いていた場所から2人の声が聞こえた。
「くそっ!この煙うっとおしいな!」
「本当この煙邪魔!」
部屋の中を突風が吹き荒れ一瞬にして煙が消し飛んだ。そして2人の姿を初めて目にした。
1人は真紅の瞳に逆立った黒髪。全身を黒の鎧で包み焔を思わせる赤の装飾があしらわれている。身に付けている真っ黒なマントの裏地は瞳の色よりも濃い血のような赤だった。そして仁王立ちで腕を組み僕の事を睨む……と言うよりただ目つきの悪い高身長な男性。
もう1人は先程の人とは違って穏やかな表情を見せる。片手をあげてニッコリと笑う女性。碧の宝石よりも綺麗な瞳にサラサラと風の中に靡く金色の髪。黄金の胸当てに白バラの模様を葦らってある。そしてお姫様のような真っ白なドレスを身に纏い、スカートの裾から見えるブーツのような鉄靴。それも胸当てのような装飾が施されその全てが芸術品のようだ。僕は色々聞きたいことがあったが始めて口から出たのはこれだった。
「あなた達は一体……誰ですか?」
2人は僕に笑いかける。この人達は一体誰なんだろう。
続くよ!