遠距離パフォーマンス攻撃土下座
目の前で威圧するように、腕組みをするこの男。
筋肉隆々としてて、まるで商人というよりプロレスラー。
俺が演出した店屋を、大きく目玉を開いてギョロギロと見渡す。
一体全体何の用なのか。
プレッシャーを感じるから、さっさと回れ右して視界に入らないどっか行ってほしい。
ユーリが警戒するような、素振りで俺の耳元で囁く。
大男を見上げながら、若干の緊張を含んだ声。
「ドフォール商業組合は、毛織物や武器を扱うアルフレンドで最も大きい商会だよ。傭兵団とも契約してるし力のある商会だ。揉め事起こすなよ」
「で……どうなんだ? 許可がないなら商人の世界の習わしで、それなりの罰を受けて貰うが」
「……罰とはどんな内容なんだ?」
「勝手に許可なく営業した者にはミル銀貨10枚の罰金が科せられる。払う金がないというのならちょいと商会まで来てもらおうか」
う~ん参ったな。
罰金を払えと言われて金を失うのはイヤだ。
というか現時点で銀貨10枚もの金はない。
ない物を用意するのは不可能だ。
ユーリに借りるってのもな……俺とは初対面同然だし。
クソっ……喉元へ刃を突きつけられてる気分だ。
相手は大手の商業組合。いきなり異世界に来て揉め事は起こしたくねえな。
やるか……アレを!
俺はラグの上で姿勢を正し、折り目正しく座り両手を地面へつく。そして頭は地面へ低く。
すなわちこの格好、DOGEZA(土下座)なり!
「何を……している?」
「ははーっ、お代官様ーっ! これは我が国の古来より伝わるDOGEZA(土下座)という伝統技でして、これを見た相手は良心を揺さぶられるという遠距離パフォーマンス攻撃の一種です! 営業許可はありません!」
俺は謝りながらも、両手に地面の砂を掴み隠す。
この大男が殴りかかってきたら、砂を目にかけ目潰しした後に、ビール瓶で頭をゴッツンしてやろう。
その後、全力で逃げると。
やり過ぎかな。
まっ見た目プロレスラーだから死なんだろ。
姿勢はそのまま、目線は後ろをチラ見。
……そういや瓶やグラスは完売だったけか。
作戦変更、視界を塞いでから金的を蹴り上げて退散だな、うん、これでいくか。
「身なりからして、この国の者ではないようだな。営業許可のことは知らなかったと見える。だが、知らないでは通らない。この辺りはウチの管轄下でな。営業許可を貰わないと、ここで商売は出来んぞ、それに……何やら不思議な物を売っていたようだが、扱う商品にも権利がいるのだぞ」
うへぇ〜めんどくさっ!
心の中でツバを吐き、ついでにガムも吐き捨てる。
例えば塩売るなら、塩を扱う許可しか下りないってことか。
このドフォール商業組合にお金を払ってさ。
現代でいう独占禁止法の枠を外し、一部商品を商業組合ことギルドで独り占めなんてのが、まかり通ってしまうってことかこのアルフレンドでは。
……待て、待て、待てよ。
そもそもペットボトル売るとしたら、いちいちペットボトルの説明して、仕入れ産地とかも答えなきゃいけないのかな。
想像以上に面倒だな。
で、結局俺はどうしたらいいんだよ。
こんだけ頭下げてんだから、さっさと去るがよいわ。しっしっしっ! あっち行け!
悪いがせっかく手にした金だ、縁もない相手にはビタ一文も払いたくない。
「まあまあ、この方は最近こちらに来たばかりですから。どうかコレで」
イレアさんが懐柔するように、ミル銀貨1枚を大男に差し出した。
「フン、街の貧乏孤児院の者か。これが金貨だったら見て見ぬフリをしてもいいが、まあ貧乏孤児院の出せるのはこんなものか」
この野郎……調子に乗りやがって。
そっちがそんな態度なら、こっちにも出方がある。
「ははっー! お代官様ーっ! 何卒、何卒、御容赦をー!」
わざと無駄に大声を上げる俺。
「おい……声が大きいぞっ、それにオダイカンとは何だ?」
「ドフォール商業組合の人が、商人を虐めてる」
「やり過ぎだろ。大手だからって都市商人を追い込んで」
「ママ〜体の大きい人がイジメしてるー」
「しっ。大きな声を出すんじゃありません」
そうだ。
もっとやれ、もっと!
この大男を責めて責めて、良心の呵責に耐えれなくなるまで追い込め!
うっひゃっひゃっひゃっ!
あ〜少し面白くなってきた。悪ノリしてやろ。
「ははっーお代官様ー! 何卒、命だけはお助けくださいー! 営業許可のことを知らなかったのです。私には故郷に、帰りを待つ妻と生まれたばかりの娘がいるのです」(大嘘)
「命をとるって…やり過ぎだろドフォール」
「生まれたばかりの娘さんいるんだし可哀想だろ、許してやれよ」
「ドフォール商業組合の物は、買わんようにしよう」
「きっ……貴様、何を適当なことをっ!?」
慌ててる慌ててる!
うっひゃっひゃっひゃ!
あー笑い堪えて片腹大激痛だぜ!
「両手両足を千切り、ファラリスの雄牛の刑だなんてあんまりだぁああ! お代官様~どうかお助けを!」
俺の、嘘、大げさ、紛らわしい演技でいつの間にか人だかりが出来ていた。
ざわざわと動揺が見物人にも広がり、ドフォール商業組合の大男は野次馬達から批難を受けている。
最早、この場の力関係は逆転。
頭を下げる俺が王で、見下ろす立場の大男のアンタが罪人だ。
ドフォール商会にイジメられ、頭を下げる弱者で可哀そうな俺と。
強力な権力を持ち、弱者をいじめるドフォール商会の大男。
さて、客はどちらの肩を持つかといえば、弱者の肩をもつものが相場だ。
くっくっくっく……さてどうする?
権力をかさに俺を罰するか?
それとも自分のプライドを優先し、店の看板に泥を塗るかい?
理不尽なまでの差。
もはや勝負は決したと思うがね。
「くっ……こ、今回はこれで許してやる! 代わりにこれ1個貰っていくぞ」
くくくっ勝った! 俺の勝ち!
慌てて人を掻き分け、大きな背中を丸めて、逃げるように去って行くドフォール商業組合の大男。さすがというか、ちゃっかりライター1個パクっていきやがった。
「いやーお騒がせしてすみません。せっかくなんで見て行きませんか? これはライターと言ってですね、こうやってボタンをポチッとすると、簡単に火がつきます」
「なんでえ!? 何コレ!?」
「どういう原理なんだ!?」
「こ、これはもしや火の神イフリートのアーティフクト!?」
「アーティフクトだって!?」
火の神?
ただの使い捨てライターなんだが。
盛大に勘違いしてるみたい、まっいいか。
「使い捨てではありますが、このライターが今ならミル銀貨2枚のところ、1枚で販売しております」
「うおぉおおおおお!」
「俺、買うぞ!」
「はいはい。一人ずつ並んで並んで」
手を鳴らして客を誘導する。
「お、おい。アンタ、さっきそのライターだっけ。ミル小銀貨1枚って言ってたじゃないか」
ユーリが耳元で呟く。
「値上げした。売れる時に売るのは、常套手段だ」
「それに、売ったらダメなんだろ本当は」
「今日ぐらいはいいだろ。あれだけ言われりゃ、あの大男も今日は来ないさ」
「たくましいなオッチャン。謝るだけで、ドフォール将棋組合の人間を追い払う人間とか初めて見たぜ」
「よせよ照れるじゃねーか、はっはっはっ!」
「いや、別に褒めてねーから」
ユーリは手でがぶりを振る。
やや呆れというか白けた表情。
俺は転んでも、タダでは起きない主義だからな。しかし、販売ルートは考え直した方がいいな。商品一個一個に利権料とか払ってたら、とても商売にならない。
あと、スキルのボックスの能力とかも試してみるか。
何はともあれ、食いっぱぐれることは、無さそうだ。
今日は俺なりに考えて、良くやった方だと思う。
ふぅ、とにかく俺自身に今日はお疲れさんっと。
もうすぐ沈む夕日を見ながら、心の中で呟く。