秘策サクラ作戦
ライターを買ってくれた旅人は、満足そうに去っていった。
1人が足を止めるとまた1人と、興味のありそうな人が増えていく。
物珍しさもあるのだろう。
地球産のれっきとしたゴミだが、価値は人それぞれだ。
まず、一人が買ってくれたことが大きい。
やる気も気力も出るってもんさ。
「ねえコレ何? どう使うの?」
ちょこんとラグの前に座り、中の物を眺めるピット。
早速、俺の考えた秘策が発動である。
そう。孤児院の2人に、とにかく興味もったフリして買ってもらうという作戦。
要はサクラだ。
質問とかしてくれれば、後ろにいる人も買いやすかったりするだろうし。
「これはペットボトルといって、水筒代わりに出来るんだ。軽いし案外頑丈だよ」
ピットにペットボトルを渡す。
ペットボトルで地面をポンポン叩いて遊んでやがる。
ピットのやつ純粋に、好奇心から行動してるな。
「それにね、こうやってカットしたペットボトルに下から小石、砂利、砂、木炭、布を詰めて上から泥水を入れると」
「入れると?」
客が俺の声をなぞる。
ペットボトルに入れた泥水が下に向かっていく。
「ご覧のように綺麗な水がでます」
「うおぉおおおおお!」
「すごい! 汚い水が綺麗な水になった! 信じられない」
「もしや、水神アクアの使いかアンタ!?」
「何回かやるともっと、水綺麗になりますよ」
そんなに驚かれても困る。
ホームレス時代に、水の確保の為に使ってた知識だ。
アウトドアをする者なら、この程度は常識。
「これいくら!」
主婦がズズっと体を乗り出す。
買う気マンマンのようだ。
「えーとトル銅貨5枚で」
しばしの無言のあと、主婦は眉根を寄せ顔を近づけてくる。
高すぎたか……それとも適正価格か、どっちだ!?
値段はあってないようなものだし、つけるの難しいよ。
「買った! 水筒代わりになるし、水も綺麗に出来る! 安価だし、いいものを買えたよ」
「お、俺にくれ!」
「こっちは3つちょうだい!」
「俺が先だよ!」
いったん購買意欲に火がつくと。
客達はラグビーのスクラムを、横に組んだようにして、我先に! 我先にと!
下に敷いたラグを踏む勢いで、押し寄せてきてごった返し。
「お、押さないで順番に!」
「ねえ、お釣りは?」
小銀貨を渡されそう言われる。
やべっ……お釣り全然用意してねえよ。
突発的事態に冷や汗ダラダラ。
というか金なんかねえよ!
そしてこの世界の貨幣価値がよく分からん!
「ユーリ立て替えてくれ!」
「私がかよぉ! 仕方ねえな」
ユーリに立て替えてもらい、なんとかペットボトル完売。
ふむふむ。
ミル銅貨5枚に対し、シル小銀貨でのお釣りが15枚。
うーん恐らくだが、このこのミル銅貨1枚辺りの価値はそう高くないと推定する。
単純に銀が高いのか、それとも銅の含有量とか流通量の問題なのかは分からんが。
そんな気がするなあ。
「うわーこのグラス素敵。ガラスって高価そうですけどー幾らなんですかー?」
イリスさんがクッソわざとらく、吹いてしまいそうなほどの棒読みでセリフを言う。
ダメだ……この人。大根役者過ぎて逆に不自然すぎる。
人選ミスだったか。ピットにやってもらった方が良かったな。
「ガラスだって」
「見慣れない柄だな」
「ふむ……価値がありそうだな」
一息つく暇もなく、遠隔地から遠出してきたであろう3人の商人がズカズカと近寄ってきた。薬草、織物、食糧品を3人ともバックにこれでもかと詰め込んでいる。
そういやアルフレンドは、商業が栄えてる街だと言ってたなイレアさんが。
ライバルが多いってことだろうけど、扱う商品が被ることがないのは最大の強みだ。
地球産のゴミ資源という、供給は俺からしか生まれないのだ。
需要と供給のバランスは、どの世界においても天秤として存在するからな。
そのバランスが崩れないのはいいことだ。
まだこの商人達、穴が開くかのように手にとって、真顔でじっーと触ったり見てるよ。
「この茶色いビンや透明なグラスは幾らだい?」
この世界のグラスやビンの相場知らないしな。適当でいっか。仕入れ金はタダしな。
「1本辺り20トル銅貨で如何ですか?」
「買った! 全部だ!」
「俺にも分けろよ!」
「買い占めはズルいぞ、しかしガラスをこんなに安価に売るなんて……いったいどんな仕入れを、まあ、そこはお互い商人の命綱、聞かないでおこう」
商人達は、グラスやビンの分配をどうするか、互いに話ながら、去って行った。
商人は何気なく呟いた言葉であったろう。
俺が商人?
このホームレスの俺がか?
ホームレス時代を振り返り、後悔したことはない。
メシが食えない時は辛いけど。
胸の奥底にくすぶっていた、とうに凍っていたような心が活動を始める。
生きてる実感はホームレス時代にもあった。
それとまったく別の、次の朝焼けが待ち通しく感じるような気分。
遥か遠い、何処かに置いてきたような気持ち。
商人か……悪くないな、物を売って人から喜ばれるってのも。
商品を売ってラグに無造作に置かれた、ミル銅貨や、シル小銀貨を手に掴み眺める。
俺が売ったんだ。
へへへっいいな……なんかさ。
「あ〜あ。アレ転売されるぜ絶対」
ボソっと衝撃的なことを呟いたユーリ。
「何っ!? 転売だって! そういうつもりで売ったんじゃないぞ!」
「そりゃ買った人の自由だろ」
……なんてシビアな世界だ。
でも目指してみよう。このスキルを活かしてさ。
およ?
なんか厳つい顔したハゲのオッサンが、こっちにやってくるぞ。
なんか、めっちゃ睨んできてるし、買い物客にも見えないな。
「お宅、どこの商業組合の者だ?」
「へっ? そういうの入ってないです」
「ウチはドフォール商業組合の者だが、ここの露店営業の許可はとったのか?」
もしかして……ショバ代払えとかって展開じゃねコレ?