もう賽は投げられた~最悪食い逃げするしかねえ
「本当びっくりしたよ。で、どうするの?」
ルクスは俺の質問に、無言で押し黙ったまま、うつむいている。真っ白に燃え尽きちまったぜ……てな具合で浜辺の階段に腰を下ろしている。燃え尽きたのはパエリアから預かった金貨袋の中身だろうが、まったく!
「黙ってちゃ分からないだろうが。えーと君、名前なんだっけ?」
「ネモ族のアシルです……あの、まずは」
「ちょっと待って! 先にこっちの話つけさせて!」
「あっ、はい」アシルというケモ耳少女の頭部辺りにある耳が、垂れてしょぼーんとなっている。
ちなみに尻尾は生えてない。
うん、獣人はアルフレンドの街でも見たからいるのは知ってる。
言うほど獣人て感じじゃないんだよな、体毛がすごいとかでもないし。
「このアシル……ちゃんを何で買ったんだルクス」
なんて呼べばいいか分んねえから「ちゃん」付けしたけどさ、正直なとこ距離感がわかんねー。
ああ……俺は今すごーくテンパってる!
レジスト金貨15枚だぞ!? 多分だぞ、多分だけどこの世界の馬1頭、いや2頭くらいは買える価値の金額だと思うんだ。賠償責任とか重い言葉が、頭と背中に重くのしかかってくる。
正直ぜーんぶ! ルクスに丸投げしたい!
そういうワケにもいかねえよなぁ……あぁ涙出そう。
「師匠が本読んでる間、少し見て回った。そしたら」
「奴隷市場が開催されていたと?」
ルクスはうつむいたまま、うなずいた。
弱々しい声だった。
「人が金で売り買いされるなんて間違ってると思った。昔の自分達を重ねたんだ、金があれば……自由にできる、そう思った」
囁くように言葉を紡いでいくルクス。
一応、反省してる風に見えなくもないが。
「で、このアイル……ちゃん」
「アシルです。あっ……ごめんなさい」ツッコミを入れて謝るアシル。やっぱりお互いの距離感が良く分かってないようだ。
「そうアシル……ちゃんを買ったと。じゃあ聞くけどな、奴隷の中には若い人間の男の奴隷もいただろ、何でお前はこの子に金を出したんだ?」
「それは……」
「かわいそうだと思ったんだろ」
そうだとルクスは首を縦に振る。
「じゃあ同じ奴隷の若い男は、かわいそうじゃないんだな? 立場は一緒だぜ? お前は自分の主観で決めつけてんだよルクス。この子が幼くてけっこう可愛いからだろ見た目がさ」
「そんなんじゃ……」
「じゃあ何だよ、理由を言ってみろよ」
「それは」
言葉に窮して、ルクスは上げた顔を元に戻した。
「自分の金ならいいさ何を買おうがな。人の金だぞ、パエリアはお前の親か兄弟か? 違うだろ? この金を自由に使っていいとお前に一言でも言ったかルクス?」
「言ってない……です」
「そうだな俺も聞いてない。お前は商人としても人としても、最低のことをしている。金貨15枚用意できるのか? だいたいこの子を自由にしたからって、こっちの金がなかったら共倒れだぞ。相手の未来まで保障できないのなら、考えもナシにやるべきじゃねえんだよ」
俺史上、珍しくけっこうズガーンと言ってるけど、これくらいは言わせてもらわねえとな。
「すいませんでした」涙声でルクスが俺に謝る。
「二度とこんなことはやるなよ。それに謝るのは俺じゃなくパエリアにだ。だけど、そんなことをしたらお前の頭が陥没して、二度と戻らなくなるだろうな、きっと」
「……えっと、ど、どうしよう。でも、覚悟して謝るよ」
「まあ、お前がやったことは最低だ。奴隷商が間違っているかどうかといえば俺も間違ってると思う。世界は理不尽なんだよ。なら理不尽に抗う力を持て。まあ俺も立場がお前と同じならわざわざ金出して男の奴隷とか買わねえし、綺麗で可愛い子の方がいいよな普通に」
……あれ? ドンビキだと……!?
ルクスと猫耳少女アシルは、ぴくぴくとひきつった顔で俺を見ている。
なんだその穢れたおっさんを見るような目は!? やめろ!
「なんだその顔は! ルクスお前はこっち側だろうが! 隙あらばいちゃこらしたいとか、本心では思ってるんだろう? ぁあ!?」
「師匠、そんなくたびれた大人の妄想に俺を入れないでくれよ」
「なんだとぉおお? じゃあ最初から若い男を買えば良かっただろうが!」
「いてててててっ!」
ルクスの首を押さえ込み、頭に拳をドリルのように押し付ける。
そんな様子を見ていた猫耳少女アシラは、くすくすと笑った。
「あっ。ごめんなさい、事情は話を聞いてなんとなく察しました。それで、私は何をしたらいいでしょうか! お金の分はしっかりと働こうと思います。炊事、洗濯、料理、一通りはできますよ!」
両手をぐっと肩まで上げ、私使えますアピールをする猫耳少女アシル。
こちらとしてはどう扱っていいか、まだ分からない状態だ。
猫耳少女アシラを買ったのはルクスだが、金はパエリアのものだし。
俺はどうすりゃいいんだろう……うーん。
名案が浮かばない。
「とりあえずそんな気張らないでいいよ。ルクス、その預かった金貨袋、元々いくら入ってんだ?」
ルクスが小袋をごそごそと探り、ちゃりちゃりと硬貨のぶつかる音がする。聞く限り中身はそんなに入ってはいなそうだ。
「えーと。ミル金貨が3枚とレジスト金貨が4枚だね」
「てことは使った分、合わせて全部で金貨22枚か。もっと多い方が良かったな」
「どうして?」と心底不思議そうな表情のルクス。
「ごまかしが効くからだよ。ちょいと袋かしてみ」
俺は金貨の袋にレジスト銀貨を15枚入れシャッフルしてみる。
音だけは誤魔化せそうだ。
「この中に銀貨が入ってると、触らず分かるか?」
猫耳少女アシラとルクスは首を横に振る。
「あとは稼いで上手いこと、この問題を収束させるしかないな」
「何か案が?」
「ねえよ。お前も頭を使って死ぬ気で考えろルクス」
「おーい」パエリアがすっきりした顔でこっちにやってきた。
表情から察するに、トイレを無事に借りれたらしい。
「来たぞ。とにかく俺に話を合わせてくれ、いいな」
2人はコクリとうなずいた。
「トイレは無事に借りれたらしいな」
「うん、ギリギリだったよ。生まれたての仔馬みたいな感じになったけど、3件目の家でようやく借りれた」
「はっはっはっはっはっはっ! それは良かったな! お漏らししたら大変だからな。ドワーフの族長の娘なのに、お漏らし姫なんて言われるぞ」
「姫じゃないって。族長の娘なだけ。えーとこの人はどちら様で?」
「んっ? ああ」
上ずった声で返答する俺。
俺とルクスはアイコンタクトを互いにとる。
もちろん以心伝心テレパシー、なんて能力を俺はもってない。
どっちかが話を合わせるしかない。
「その俺が、いじめられるこの子を助けて!」
「そうそうそう! 結局ルクスはガキどもにボコられたから、俺が手助けしたんだよ!」
とっさについたルクスのウソに俺は合わせる。
「危ないところを助けていただいたんです!」
猫耳少女アシラがさらに話を盛る。
いやウソはついてないか、この言動に限っては。
「ふーん。でもアツトさんもルクスも弱いんだから、あんまり無茶しない方がいいよ」
さらっと毒を吐くパエリアの発言はおいといて。
「そして帰る家がないというから、俺達について来たいんだって、な、ルクス!」
「そうなんだよ! どうかな!?」
「ふーん。別に2人がいいならいいんじゃないの? これ以上人が増えるのは歓迎しないけど」
パエリアは人が増えるのに、そこまで乗り気でもないようだ。
まあ、そりゃそうだよな。急に旅する仲間が増えました! と言われてもおい待てや! となるのが普通の反応だ。同性だしな。
「アツトさん金貨袋」とパエリアが指摘をする。
「おう」
何気なく手渡したが、バレないか心臓がどきどきである。
「まあ色々話もあるだろうし、酒場でなんか食べようか」
「今日は道中にアシルが加わった記念もかねて、俺が金出すよ全員分な」
ここでパエリアに金貨袋を開けられたら、一貫の終わりだからな、困るんだよ!
「アツトさんそんなお金あったけ?」
「パエリアにはお世話になってるからな」
「アツトさん……何か悪い物でも食べた?」
疑いの眼差しを、俺に向けるパエリアは目を細めて言う。
「なんだ失礼な。俺だって人におごることもあるんだぞ」
と言いつつロクになかった気もする。
うーんスイカのアイス、スイカバーンをホームレス時代におごったことがあったような。
そういや3回連続当たりを引いたこともあったな。
あの豪運があれば、金貨の10枚くらい拾えてもおかしくないよな。
う~ん辺り見渡しても、落ちてないな。
「じゃあ、お言葉に甘えて! よーし今日は飲むぞ!」
パエリアは片手を上げ私に着いてこいとばかり、勇ましく我先にと酒場に向かう。
「師匠どうしよう……お金だいじょうぶなの?」
「ああ。いざとなったら俺とルクスで、皿を洗ってやりすごそう」
「……皿洗いだけで済むの?」
「さあな、出たこと勝負だ。もう賽は投げられたんだよ、なるようになるしかねえ」
「その時は、私も皿洗いがんばりますね」
「すまんな」と俺は猫耳少女のアシルに謝った。
正直10話辺りで展開を間違えたと思う今日この頃。
孤児院を立てなおすまで主人公が滞在して、無双しても良かったんじゃないかと。
プロットを作らないとこんな雑になるので気をつけるべきですね、はい。