捕獲作戦
「具体的にはどうすんだ師匠。部屋の中に隠してると思うけど隙見て侵入でもするのか?」
ルクスの部屋で、俺達は絶賛作戦会議中である。
うす暗い部屋の中、小テーブルの淡いランプの光がジジっと揺れた。
「それだと逆にこっちが弱みを握られるな。あの計算高い女のことだ。部屋の中にすら置いてないかもしれない」
「どーゆーこと? 部屋の中に置いとかないと、紛失するかもしれないじゃん」
「もし部屋を調べられたら発覚するだろ。どこかバレないようなとこに隠した可能性だってある」
「確かにその考え方は分からなくもないけど」
あぐらをかいたルクスが思案しながら呟く。元泥棒稼業だけあって納得できる部分もあるようだ。だがまだ何か、パズルのピースが足りないといった感じで難しい顔してる。
「普通は調べられないところに隠すだろ。例えば服の中、下着の中……いや下着は無理そうだな。パエリア、ちなみにオリハルコンの形状はどんなんだ、重さは?」
「いやいや下着は無理でしょ師匠」
「形状はこのくらいの長方形でねー重さは少し重いくらいかな」
パエリアは両手で長方形の形を作る。ハンバーガーだと推定6個分くらいかな……重さはパエリアの基準だとまったくアテにならんな。確かなことは身体に隠せるようなサイズではないということだ。
「あの女はけっこう頭のキレる相手だからな。こっちも慎重に作戦を立てていこう」
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次の日。
「……フロンジ起きなさいヨ、フロンジおいっ」
「ぐわぁあ!」
ミリーンの特徴的な声がすると思ったら、急に電撃で強制モーニングをカマされた。
「何すんだおいっ!?」
「こっちのセリフだわヨ! オリハルコンが盗まれて困ったから怪しまれないよう金髪の女を見張ってほしいのだわヨ。そう言ってたでしょうよフロンジ」
あぁ……そういえば、そんなこと言ったな俺。
暇そうなこいつにお願いしたんだった。
「わりーな、昨日は忙しかったからつい寝ちまった」
「金髪ショタ小僧もドカ食いツインテールもフロンジも惰眠を貪ってんのに、何でこのミリーンちゃんだけがどこの馬の骨かも知らん女を見張らないとダメなのヨ。ちゃんと高級なチョコレートケーキとショートケーキと最高級のアールグレイの紅茶おごりなさいよ! ケーキはイチゴが上にのってるやつヨ!」
「わ……分かった分かった。ちゃんとおごるよ」
口悪いがケーキでつられるとは案外こいつチョロいな。
意外にも真面目に見張ってくれたようだし。
「で、どんな塩梅だった?」
「部屋から出たのはトイレだけヨ。あとは特に出てないし部屋に何かを隠した様子もないわヨ。もう眠いから帰るわヨ」
「なあミリーン。そういやチョコレーのやつどこ行ったんだ最近全然見ないんだが?」
「あのポンコツなら世界を巡って自分とは一体何なのかを見つけるとか言って、帰ってきてないわヨ」
うーむ。だいぶ病んでるようだな、ガラスのハートかよ。
ミリーンはあくびしながら虚空に消えていったのだった。
顔を洗ってきたルクスが部屋につくなり、外からノックがしたので俺が出る。
「ちゃーす。頼まれてた件ですけど」
「ああ」
「例の女は部屋の中には入れてくれなかったんすよね。それで部屋の隙間からしか中は見えなかったす。怪しい様子とかはないっすねえ、部屋もきれいだったし」
「そっか。わざわざありがとう」
とすると……第二案の作戦でいくしかないな。
そしてその日の夕方に、船は無事に陸へとついた。
俺達が陸につくなり真っ先に渡し場の先頭に立ち、リシェルが来るのを待った。
船を出る時点でこいつは恐らく持っているはずだ、オリハルコンの現物を。
「師匠なかなか来ないね」
「ここしか通り道はないんだ。来るさ……話をすればお出ましのようだ」
船と渡り場には道を繋ぐ大きな板一枚しかない。
避けて通るのは不可能だからな、こいつのことだから小舟を用意するとか泳いで逃げるなども、選択肢として考えたがさすがになかったな。
金髪の襟足をなびかせて、さも自分は一般人と言わんばかりの態度でリシェルが歩いてくる。こちらには気づいているのか、それとも知らないフリをしてるのか?
痺れを切らしてこっちから声をかける。
「よぅ」
「返しなさいよオリハルコン!」
「えーと……誰でしたっけ?」
やや遅れてリシェルは困惑気味の表情。
こいつ本当に人の顔が覚えられないのか、俺とはもう3回は会ってるだろうが。
「あーそういやアンタ、アナグラ王国で会ったっけか。 何か用?」
「しらばっくれても無駄よ! あなたが持ってるんでしょオリハルコン!」
「いきなり何のことやら……そこ通してくれる邪魔なんだけど」
リシェルの柔和な表情に陰が差し、殺気が顔を出す。
「そうはいかねえな。ルクスお前もなんとか言ってやれ!」
「えっ俺も!? えーと……こ、ここは通さないぞ」
「天下の往来を塞ぐとは一体どんな用件なのかなぁ? 早くしろよ時間が惜しいんだ」
「むぅ~さっきから言ってるでしょ、持ち物見せなさいよ!」
「なに? 何で? あんた等にそんな権限あるの?」
「盗まれたんだ彼女のオリハルコンがな」
「それで私が持っているんじゃないかと、じゃあどうぞこの袋を見ればいいさ。ただし、なかったら金貨そうだね……レジスト金貨で5枚をいただこうか。だってそうだろう。人を犯人扱いしといて何もなかったらごめんなさい。こっちの立場がないだろ? で、どーすんだ?」
俺達は互いに顔を見合わせる。
それぞれの顔に焦りが浮かんでいる。
その間にリシェルは腕組みをしてつまさきをとん、とん、とん、と木の床を蹴ってこちらをより焦らせる態度をとっていた。
「よしレジスト金貨5枚だな」
「ちょっとアツトさん!?」
「師匠!?」
勝手に契約した俺を仰天の眼差しで見つめるパエリアとリシェル。
そりゃ勝手に決めた俺が悪いよ確かに。
これは後の伏線さ。
俺が伝えた作戦は、船から降りる前にリシェルの荷物を暴くとこまで。
この袋の中身にオリハルコンは入っていない。
リシェルは口元を歪めて笑う。
「世の中お金! 毎度アリ! さあどうぞどうぞ穴が空くほど見てよ」
「は……入ってるに決まってるんだから」
パエリアが袋に手をつっこみ物を出していくが、髪をとかすクシや乾物、薬草、予備のナイフ、下着など普通の旅行者がもっていそうなものばかり。肝心のオリハルコンは出てこない。
「そんな……ない、どこにもない!」
パエリアはがっくしとその場で膝をつく。
「じゃあ金貨5枚いただくよドワーフの嬢ちゃん。毎度アリ」
そう言いリシェルはパエリアから金貨5枚を受けとり、ほくほくの笑顔で去って行った。
計算通りだ。
「ちょっとアツトさん! どういうことなの?」
「そうだよ師匠。計算通りなんじゃなかったの」
「いいんだよ。あいつはこの渡し場に戻ってくる」
「どうゆうことなの?」
「よーしお前ら荷物を港に下ろすぞ。慎重に下ろせよ」
船を見上げれば船長が荷物の指示を船員に飛ばしていた。
「おそらくあの中だ」
「どうして分かるの?」
「俺達が船に乗る前のことだ。船に積む荷物はそのまま港に置きっぱなしだったろ。タルとかさ、あの中のどれかだ。ヤツは必ず戻ってくるこれは油断させる為の仕掛けだ」
「すげえ師匠そこまで計算してたのかよ」
「じゃ……じゃあ今の内に、事情を言って荷物を船長さんに見せてもらおうよ」
「それはダメだな。俺達もアイツには借りがあってね。まとめて全部返してもらうつもりなんだ。きっちり利子も乗せてな」
そして夕方になった。
見張りの船員2人を残して船員達は酒場へと繰り出したようだ。
俺の予想通り何食わぬ顔でリシェルは現れ、きょろきょろ周りを確認し船員達に吹き矢を吹いた。
「うっ……な、なんだ」
「おいどうした? いてっ!……きゅ、急に眠気が」
リシェルは俺が荷物の裏に隠れているのを気づいていない。
「シシシ。ちょろいもんだね、さてさてツラを改めて拝ませてもらおうか。オリハルコンちゃん」
「ようご機嫌だな。何か探し物かい?」
「アンタ……」
タルの中に隠れていたパエリアとルクスが、タルのフタを開け出てくる。
「ふぅ……もうタルの中なんかごめんだわ。狭苦しいったらありゃしない」
「か、観念しろ盗人」
俺が言おうとしたのに、ルクスにセリフを取られた。
「何か言う事はあるかリシェル」
チェックメイトだ。
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