雨のち災難
海竜バスケオイドは、首を上下に静かに揺らしこちらに視線を向けている。今のところ攻撃してくる気配はない。もしかしてブレスを吐いた後は、しばらくのインターバルが必要ないかもしれない。
しかし怖い顔してんなぁ本当。
闇の中に潜んだ赤い眼が怪しく光っている。
「おい! ボサッとすんなお前ら! ありったけの武器をデカブツに喰らわしてやれ!」
「せ、船長もボーとしてた癖に」
「うるせえ!!!」
船長の号令から少し遅れて、船員達が手槍や弓矢の攻撃を降板から海竜バスケオイドに投げつける。放物線を描く弓矢の中に混じって、いくつかの手槍が投げ込まれるのだが。
やっぱりか。
先ほど同様に、おそらく海竜にダメージは多分ない。身体が固いのか弓も槍も一切刺さらないのだ。多分、針でえいやっ! て身体をチクッと刺されたくらいのダメージなのかもしれない。
しかしチクチク攻撃でも、海竜を怒らせるには十分らしい。
またも耳をつんざくような咆哮し、威厳を高く見せるかのように首を大きく伸ばし、俺達を見下ろすのだった。
俺や船員達はあまりにの、海竜の迫力と声に耳を塞ぐ。
動揺してないのはパエリアと船長ぐらいだ。
そのパエリアが船員から「貸して」と半ば強引に手槍を受けとり助走をつけて、槍を投げつける。
まるで重力を無視するかのようにほぼ直角に飛んでいった手槍は、海竜の身体に突き刺さり黒い血を噴き出させた。同時に海竜が呻き声を上げ痛みに反応しながら身体を激しく動かす。
巨大なうなぎが、ジタバタしてるような光景とでも言えばいいのだろうか。
「おお効いたぞ!」
「よしっ」
小さくガッツポーズをするパエリア。
て……関心してる場合じゃない、俺も戦闘に加わろう。
レベルゼロの氷の召喚を食らわしてやろう。
できるだけ大きな氷の塊を頭の上から落としてやろう。
「ダスト!」
氷業者がノコギリで切る前のような形の大きな四角い氷が、海水の中にドボン! ドボン! と水柱をあげて沈んでいった。ちょうど海竜の前くらいの位置だ。
あらら、射程距離外かぁ……。
おそらくダストの召喚限界射程距離は3メートルといったとこか。
「ド派手に外してるじゃないアツトさん。あっ海の中に潜った」
「どうやら俺のスキルに恐れをなして、海竜のヤツは逃げたようだな」
「そうなのかなぁ」
「野郎ども周辺を警戒しろ。それから水の神アクアの祝福が込められた聖水を持ってこい」
「アレを使うんですか船長!? 1ビン辺り銀貨3枚もの金が飛んでいく聖水を!」
「船長が水神アクアの教会で、セールストークで騙されたやつだよ」
「シスターが美人だったんだろ」
「ぜってーただの水だよアレ。俺ちょっぴり飲んだけど普通の水の味だった」
「くっちゃっべってないでいいから、身体を動かせ!」
うーむ。施設の維持とかで神の信者達も色々と大変みたいだな。
海竜が海の中へと潜りこみ、しばらく雨音だけがこの場を支配する。みんな雨で体は濡れているが、それを気にするような人間は……一人いたわ。
「うぅうう~さっさむっ寒い~」
「大丈夫かパエリア」
「ドワーフって火の神イフリートを信仰してるのよ。元から火の近くで育ってるし、火の神の恩恵で熱には強くなってるんだけど、逆に寒いのは苦手なのよね」
へぇ~信仰する神によって恩恵って色々あるんだな。
「ダスト!」
俺は黒い薄手のレインコートを召喚し、パエリアに渡した。パエリアが袖を通してのだが見事にブカブカである。袖がダボダボのダダ余りだ。
「すごいねこれ。水が全然へっちゃらになったけど、けっこう大きくない?」
「みたいだな悪いがそれで凌いでくれ」
このスキル、どうやら衣類のサイズ指定はできないようだ。
パッケージにMサイズて書いてあったし。
ドオオォオオオオオオオオン!!!!
「うぉっなっ……なんだぁ」
突如激しい衝撃と轟音に襲われ、船がゆさゆさと揺れる足元がおぼつく。船員達もおぼついているようだ。
「船尾だ竜は船尾に回ったぞ!」
「船長! 聖水撒いたけどまったく効いてませんっ!」
「くそがっ! 俺を騙しやがったのか神殿に返品してやる!」
船長達の努力も虚しく船の後ろに回った海竜は短い腕で、怒り狂ったように船体を攻撃している。
ぐぉっ!? また揺れた! こ……壊れるんじゃねえだろうな船もつのか? 早く仕掛けないとまずいぞ。
「ダスト!」
アレを使うか、炭酸ロケット砲とかってミックスのスキルをよ。
破壊力が凄くてコントロールが最悪とか説明があったから、試しすらしてなくぶつけ本番だが、まっ……いいだろ。
ポンッポンっポンッと小気味良い音を立てながら、上から台座つきのペットボトルが降ってくる。ペットボトルに小さい羽がついた、いかにも小学生が工作で作りました。というようなデザインをしている。ひも付きのスイッチボタンみたいなのがついてるが、これが起動ボタンだろうな。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たるだ。
俺は20個ぐらい一気に並べて、端からボタンを押していくのだが。
炭酸ロケット砲は花火が爆発する前のひゅーっという音を立てながら、ぐちゃぐちゃの軌道線を描きながら乱高下しほとんどが海に不時着していく。
ロケット砲の威力で海水が爆発し隆起しているようだ。
ちょっとやばい威力だな……改めて海で試して良かった。
「アツトさん見て」
「おっ」
無数に放った炭酸ロケット砲の内一つが着弾した。被弾した海竜が呻き声を上げてるところへ、もう一つ時間差が追撃し相当に苦しんでいるように見えた。
「かなり効いてるようだな……おっ?」
俺には相当ダメージを受けたように見えたのだが、海竜は首を後ろにやや反らし再び炎のブレスを口の奥から充填してるようだ。さすがにしぶといな……なんとなく俺の方を狙ってるように見えるのは気のせいだろうか。
海竜はその場から動く様子はなく、船は離れていくので射程は遠くなっていく。
船員達の投機用の手槍も尽きたようだ。そしてこの距離じゃもう届きそうもねえよな、推定30メートルは離れてるぞ。
「ブレスがもう一回くるよ! 誰か手槍はない!?」
パエリアが叫ぶのだが船員達は首を横に振る。口惜しそうに手を握りしめ「むぅ~」と不満そうな声を上げる。
「パエリア! これを使え、ダスト!」
「ありがと、このまま投げればいいの?」
「……お、おう」
ついつい焦って、いつぞや使用した物干し竿を出してしまいそのままパエリアに渡す。
「よーし、いっくぞーそりゃあっ」
パエリアは腕をぐるんぐるん回した後、的を定めて投げた物干し竿を放った。ブオンとバットで風を切るかのような音を立て、物干し竿はスピードを緩めることなく海竜の顔に直撃した。
ゴツンという痛そうな音が微かに聞こえた。
普通の魔物や人間ならこの一撃でノックアウトだろうが、海竜には効いてるのか効いてないのか良く分からん。まだ向こうで赤い目が光ってるからな。
「あれ? 爆発しないよアツトさん」
海を指差し俺に疑問譜を浮かべた表情を向けるパエリア。
「……アレは、そういう道具じゃないからな」
海竜は再び炎のブレスをこちらに向けて吐いてきた。
見た感じ明らかにさっきより熱量が強い!
炎の極太レーザーとでも言えばいいだろうか、こんなんまともに喰らったら船が燃えると思う。
「ダスト!」
俺は咄嗟にレベルゼロの大きな氷の壁を、ドミノのようにいくつも並べた。さっきは攻撃用に使ったが防御としてもこの氷壁は使えるだろう……使えるよな……確信はない。目の前から極太レーザーブレスがっ迫ってきてるのだから不安にもなる。
氷の壁の厚みは5センチくらいるだろう。ちょっとやそっとでは壊れなそうな重量と厚みがあるのだが、炎のブレスは飴細工を溶かしていくがごとく次々と貫通し、俺の目の前まで迫っていた。
やばいと思ったのもつかの間、俺は熱風に包み込まれた。
あちい! そして呼吸ができん! 肺が熱の侵入で侵されてるようだ。
あっこりゃ無理だ死ぬわ……船員達の騒がしい声が遠くなっていく。
と思ったら炎の中に手が伸びてきて、強い力に引っ張られた俺は船上に叩きつけられた。
すぐさま、乱暴に水がびしゃっ!びしゃっ! とかけられ意識は少しずつ輪郭をとり戻していった。
「おーしっ無事みたいだね」
「大丈夫かあんた?」
「生きてるのか俺は……そうだ海竜は?」
「炎を吐いた後に、断末魔みたいな声を上げてたからさ倒れたと思うよ。どことなく悲しそうな感じの声だったよ」
「海で生まれた海竜もまた海に還っていくか。そして引いては押し寄せよせる波のように、生まれては消えていくのだろうな生き物ってやつは」
何気に呟いたのだが、パエリアが目をぱちくりさせ俺の方を見ている。
「ルクスから聞いた通り、たまにポエマーになるんだねアツトさん」
「わりぃかよ」
「いいと思うよ」
「てかパエリアよ。パジャマとレインコートほとんど破けてるぞ」
胸とかモロ見えてるし。
「もうっ! 先に言ってよ、それにアツトさんだって上半身の服が黒焦げじゃない! このおたんこなす!」
パエリアはどちらかといえば貧乳の胸を隠しながら照れてるというよりは、どちらかといえば怒ってるような表情で船室の方へ消えていった。
別にロリの裸には興味がない。
ところで男の裸は見られても文句言われないのに、なぜ女にはきゃーっとか見た男の方が悪いような感じで言われるのだろう。この現象おかしくないか?
身体を起こし改めて船の中を見る。
いてて! 火傷が染みる……なんかこげくさいと思ったら俺の髪がチリチリになってるじゃないか。もしハゲてたらどうしてくれるんだ。
船は一応無事なようだな、小さい火の粉があちこちについてるけど船員がバケツで消火活動に当たってるようだ。この分だと問題ねえな。
「たたたたたたた、大変よ大変!」
焦げたパジャマから着替えたパエリアが、血相を変え走ってきたぞ。
「ないのよ! アレがなくなったの! どこ探してもないのよ!」
「胸がか?」
「このおたんこなす!」
「いてぇ!? おいっ俺は病人だぞ本気で殴ることないだろ!」
頭の上に火花が散ったような衝撃と威力だった。
からかうのやめとこ、力ぱないっす。
「私が本気で殴ったらアツトさんの頭から血出るわよ。そうじゃなくてねーオリハルコンがなくなったのー! もうーっ!」
それってドワーフの族長を決めるのに、重要なアイテムじゃねえかよ。
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