海は怖いよ海域の主
船上から聞こえる騒がしい声と、船員達の船内を走り回る声。
気になった俺は船員達に続き階段を上がり船上へと出る。
暗くてロクに見えない海の上にいるからか、余計に不吉なことが起きたのだろうかと推察してしまう。
何人かの船員がたいまつを持ち海に向けてぼんやりとした明かりを照らしワイワイと騒いでいる。
この雰囲気……噂の竜が出たものかと思ったがそういう騒ぎ方じゃないな。珍しい動物とか絶景の景色でも見たかのような騒ぎ方というか。
「おい見ろ。また増えたぞ」
「イルカの群れだ」
「すげっ初めて見た」
おいっ……! 思わずずっこけそうになった!
大の大人が揃いも揃って夜中にイルカ見て何盛り上がってんだよ!
しかも雨降ってんだぞ!
イルカの一団はくの字を彷彿とさせる陣形のような形で、船と速度を並べ海水を走っている。珍しい光景ではあるけども、海の男が深夜にイルカでやいやいの騒ぎ立てるのはいかがなものか?
はぁ……イルカの泣き声が、きゅーきゅー聞こえるけど部屋に戻って寝るとするぜ。
俺はこれでも、人工の物音がする部屋とか場所が死ぬほど嫌いなんだよ。
昼ならともかく夜は特にな。
それで、営業の仕事辞める前に借りた部屋が思いの他に騒音がうるさくて、そのまま外の方が快適なことに気づいてホームレスなったくらいだからな。家があると冷蔵庫や洗濯機といった家電製品が必要になるし家具も必要だ。それに寝る為の布団だっている。
そして、家賃を払う為には働かないと生活はできない。
なら全部捨てればいいということに気づいて今に至るのだ。
やれやれ眠いんだから、勘弁してほしいぜ。
俺が階段を降りようとすると、体格が良くがっしりとした男が階段をズンズンと上ってきた。
口元に生やしたヒゲが特徴的なタルのような寸胴体型の男。確かこの船の船長だったな。
出航する前に、生物の積み荷をさっさと積み込めとか怒声を上げていたのを覚えてる。
「おい野朗ども! こんな夜更けに何を騒いでやがる!? 船の上で酒は飲むなっつただろうが!」
と開口一番に怒鳴りつけた船長に対し、船員は申し開きするのでもなく言うのだった。
「船長イルカの群れです!」
「これが昼間なら良かったんすけど、それでもイイっすね~イルカは」
「ケッ奥様や女子供じゃあるまいし何を呑気なこと言ってやがる、いいからとっとと寝やがれ」
「船長が怒るからイルカ達が速度上げて逃げて行きました」
「そんなワケがあるか! 暇してる時間があるなら船のメンテなり掃除をしろ!」
これには無邪気な船員達も頭を垂れ、うな垂れるのだった。
ちょっとかわいそうな気がするが、まあどうでもいいか。
俺は今度こそ部屋に戻ろうとすると船上から絶叫が聞こえ、またも後ろ髪を引かれる。
何だ何だ? 今度は船より大きいクジラの親子も出たか?
船上へ再び俺が出ると何人かの船員は尻餅をついて、たいまつを眼前に照らしながら巨大なその存在の姿を見上げていた。
朧気な淡いオレンジの光に照らされ、闇の中で蠢く大きな赤い2つの瞳。
俺は雨に濡れることも厭わず、恐る恐るゆっくりと足を踏み出し赤い瞳を持つ正体に近づく。
「おい! 素人が無闇に近づくんじゃねえ!」
船長の声は俺をたしなめるものだったが、もう今更遅い。
進みだした足は止まれない。
予感があったがその通りだった。
正体は巨大な竜だった。この船よりはサイズ的に小さいかもしれないが俺の身体くらいは簡単に丸飲みできそうな大きな口を開けて、多分だが色は青だろう。青い色の竜は俺達を威嚇するかのように咆哮した。
口から吐かれる吐息は暴風のような勢いだ。幾層もの渦巻くような風が通りぬけて俺達の髪や服を激しく揺らした。そして耳をつんざくような海竜の咆哮は腹にまでビリビリと響いた。
普通の動物や魔物とは圧倒的に風格が違う。
「噂だけは聞いたことがある……海域の主、海竜バスケオイドか。今日はイルカから海域の主まで珍しく千客万来だな」
船長は静かに呟いた。
「この竜……敵意はないよな多分さぁ」
俺は願望を込めつつ、こんな状況下でも冷静な態度でいる船長へ問いかけた。
「さぁな。俺も長いことこの海を渡ってるがここまでの大物は見たことがねえ。無事に渡航できるのを願いたいもんだ、まあ船と船員さえ無事なら多少はどうなっても構わねえが……な」
「おい野郎ども! いつまでへっぴり腰でいやがる、すぐに帆を上げろ! それからありったけの投げやりと弓矢をもってこい!」
「せっ、船長この怪物とやりあうんですか!?」
「無茶ですよこの風の中で帆を上げるのは!!!」
「うるせえ! やり合うつもりはねえよ、あちらさんが手を出して来ない限りな。向こうの足の早さが分からねえからな、それに暴風ってほどでもねえ! 後は風と旅の神シルフィに追い風でも吹かせてくれるのを願うさ」
「いいか生き残るが最優先だ! 各々目先の仕事のことだけ考えろ!」
船長がそうハッパをかけると船員達は一応にうなずいて、迷いを吹っ切ったかのように各々が動き出した。
この船長はけっこう場馴れしているようだな。
「グギャァアオオオオオオオオオ!!!」
ん……?
海竜バスケオイドの口というかノドの奥から、まるでポンプが底から水をくみあげるかのように火がこみ上げてきているぞ。まさかと思うが火とか吐かねえよな。
いや……これは危ねえぞ!
直観が働いて俺は咄嗟に、不格好ながら横に倒れ込むかのように火を避けた。
海竜バスケオイドの口から吐かれる火はレーザー光線のような熱量と継続時間を持ち、さらに破壊力まで持ちあわせていた。船の棚板部分を軽々と破壊し炎の柱を船の上に刻みつけている。
「まだ火が出るのかよ……おいマジかよ俺の方に口向けるなよ」
バスケオイドの口から吐かれる火の光線は遅くはない。
機敏な者でもない限り、捕まってしまいそうなほどの速さだ。
しゅっ、しゅっ、しゅっ、しゅっ。
後方からした音に首を巡らす。
船内に行った船員達が戻ってきて、次々と手やりをバスケオイドに投げつけている。
一応少しはダメージがあるのかバスケオイドは呻き声を上げ、俺に向けていた口を反らす。だが首を反らしたその軌道は、よりにもよって船の真ん中に位置するマストに直撃し、折れはしないもののメラメラと燃え上がっている。
そして、ようやくバスケオイドの口から出ていたレーザー光線のような炎のブレスが止んだ。
「た……助かった。しかしこれは……」
「ちいぃっ……デカブツめ! よりによって真ん中のマストをやりやがったか、オイ! 攻撃班の半分はすぐにマストの消化に当たれ! 残りは牽制を続けろ、デカブツを船に近づけさせるな!」
「うーん……何事ぉ~」
こんな事態だというのに目をこすりながら、白いパジャマ姿のパエリアが階段からひょっこり現れた。膝より短いハーフパンツとギリギリ隠れるくらい長めのシャツは、なかなかいいギリギリ具合を醸し出してるが実に今はどうでもいいしロリに興味はない。
というか何故にパエリアは、ピンクの枕ごと腕に持ってきているのだ?
「見てのとおりだ、大物が船に食いついてきている。食い応えのありそうなやつがな」
「アツトさん……そのセリフなんか寒いし面白味もない」
「うるせえ! ネガティブにならないように気張ってんだよこれでもな!」
さて……チラリとマストの方を見る。
あのバケツリレーじゃマストの火は消えそうもねえな。
「ちょいと皆どいてくれ」
「はあ? この非常時に何言ってやがるんだアンタ!?」
「まあいいからさ、見てな! ダスト!」(レベルゼロ氷の召喚)
俺はマストに向け手を掲げ、意識とイメージを集中しマストの上から氷のつぶてを降らす。
蛇口から捻った水がとめどなく出るようなイメージで、小さくそして限りなく細かい粒子を出ていくかのように。
だがマストに巻きついてるかのような火は、消えることなく僅かにゆらゆらと形を変えるだけ。
もしかして水より効果なくないか……?
マストごと凍らすような感じで上手いことできねえかな。
例えばつららで、柱ごと閉じ込めるような感じでよ。
そうイメージするとだ。
下に零れて溜まっていた氷の残骸が意思を持ったように螺旋を描き、時計周りのヘビを思わせる歩みで形を作っていき、熱を奪った冷気は火を徐々に弱らせマストごとコチンコチンに凍らせてしまう。
「ふぅ……なんとか火は消えたか」
イメージとはちと違ったけどな。
こう柱ごと氷で包むような感じでやったんだが、てかレベルゼロてこんなに強力だったかな?
砂漠で水の代わりにガリガリ砕いて、水分補給する程度の能力だったと記憶してるが。
ん……何だ船長も船員もポカーンとしてさ。
「すごいな! アンタもしかしてヴィジョン派の魔法使いかよ!?」
「内心、絶対間に合わねえって思ったぜ!」
「アンタがいなきゃ、マストは倒れていたかもしれねえ!」
と船員達が俺の周りを囲み口々に賛美の声を上げる。
「おい」
俺に近づいてきた船長は、いきなりごつい手で俺の頭にポカンとげんこつをかましてきた。
「いてっ!?」
なんだよ褒められると思ったのに。
「火が消えたのはいいが、マストが凍っちまっただろうがでも礼を言うぜ客人。おかげで全員命拾いしたようだ」
なんだよ俺よりオッサンのデレ要素とかいらねえっつーの。
まあ悪い気分ではないがな。
「ちょっとちょっと!? 次くるよ! もう人間の男ってのは危機感が薄いね本当に!」
とパエリアの声で全員我に帰る。
さて反撃開始と行きますか……と思ったけど図体見るとやっぱこえーよ!!!
すいません予定日より投稿遅れました。
今年中にはなんとか絶対に完結させます。
ちなみにストックは一切ありません。