オリハルコンの打ち手を求めて
ドワーフの娘パエリアは勇猛果敢に叫んだ。
……が見た目年齢がせいぜいルクスと同い年に見えるからか、弛緩した空気が流れ呼売商人に侮られている。
「……こいつの妹か?」
「なら兄ちゃんにきちんと言っておきな、ショバを荒すんじゃねえってな」
と卑屈そうな呼売商人の一人がしゃがんで、パエリアのおでこをコツンと拳を作りやや尖らせた指で小突く。
それは大人の力を子供に見せつけるような、畏怖させるのが目的の行為。
だがドワーフ娘のパエリアは怯む様子もなくビクともせず、卑屈そうな呼売商人の拳におでこを当てられたまま前にずんずん歩いて行く。まるで重戦車が道端の障害物をいとも簡単に押し倒して行くように。
「なっ……なんだっこのち、力っ!?」
卑屈そうな呼売商人は地面にペタンと尻餅をついて、今度はパエリアを見上げる形の格好となる。立場逆転だ。
というかパエリアの背中に預けてる分厚くでかい斧を見て、力がありそうなのに気づかないのかよ。
「はぁ~情けない……大の男が子供を囲って脅すなんて見苦しいったらありゃしないよ、1対1対でガチンコするならともかくさぁ。目障りだからさっさと視界からどっかいってくれるかな。いい?」
「ああ~ん? 大人に対する言葉使いがなってねえぞチビ!」
と今度は釣り目の男がパエリアの片腕を手で掴んだ。
余裕の笑みを張りつかせその腕に少しずつ力を込めるのだが、パエリアが空いた手で逆に手を掴み返すとぷるぷると震え表情に余裕がなくなっていくのだった。
「いっいていてててて、この……は、離せチビ!」
「ほい」
パエリアは両手で添砲丸投げでもするかのように釣り目の男の腕を持ち、その場で1回転し釣り目の男を軽々と投げ飛ばした。人間投機された釣り目の男は四角い木のゴミ箱にぶつかり「ぐぇっ!」と短い悲鳴。
「う……嘘だろ投げ飛ばした!?」
「ば……バケモノだ!」
とパエリアの怪力に尻込みしながら呼売商人達は逃げて行ったのだった。
「コラァー! 誰がバケモノよ失礼だぞ!」
パエリアは軽い掃除を終えたように手を払った。
「ルクス大丈夫か?」
と俺が声をかけたのだがルクスは背を向け「別に」とぶっきらぼうに呟く。
何事なのだとパエリアと疑問の目を見合わせる。
呼売商人達に恫喝され怖い目をしたので拗ねているのだろうか? 俺はそう思って声をかけるのだが。
「どうしたルクス」
ルクスの肩にポンと手を置いたのだが、ルクスは俺の手を邪魔だと言わんばかりに肩を回すように振り払う。なんだなんだ反抗期か? 一瞬ふんぬ! となったが俺は事情も分からんしここは抑えておくぞ。
「何でもねぇよ!」
「どうした気分が悪いのか?」
「気分は……まぁ、うん」
と耳から入る言葉全てに反抗してきそうな気配だったが、図星だったのか静かにうなずいた。
「よしよしよし怖かったんだねぇ」
とパエリアが後ろからルクスの髪をわしゃわしゃと撫でる。犬や猫の頭を過剰に撫でるようにだ。
「子ども扱いすんなよ、同じくらいの背のくせに」
「なにぃいいいぃ~このぉ~人が気にしてることをっ!」
パエリアが少しずつ般若の表情になっていき顔を真っ赤にする。
銀色のツインーテールも怒りで磁気を帯びたように何故か少し浮き上がる。そのままルクスの頭にげんこつを振り上げようとするのを俺は止めるのだった。
「待て待て待て! どうどうどう~落ちつけよなっ? パエリアが殴ったら地面に身体めり込むからしれないだろ」
「むぅ~人を暴れ馬みたいに言わないでもらえる!?」
うぉっやっぱり馬鹿力だな。
止めてる俺の力を楽々と上回ってる。
パエリアはムスッとしながら振り上げた拳を下ろした。
「ルクス言わなきゃ俺もお前の気持ちを理解することが出来ない。不安や不満があるのならすぐここで吐き出せよ、抱えたままだとずっと気分も悪いままだろうし、スッキリすると思うぞ」
「分かったよ……」
ルクスはようやく向きなおりその場で胡坐をかく。
まだ怒ってるのかそっぽ向いたまま、顔をこちらに向けようとはしない。
「色々あるけど不安なんだよ」
「何がだ? 枕が合わないとか? アクアノイドの料理がまずいとか? 給料が借金天引きなののが不安なのか?」
「いや全然違うんだけど……」
「違うでしょ仕事が不安なんでしょう。ね?」
「少しはあるけどそれも違うよ。パール達のことさ、俺達アナグラ王国で衛兵に追われてそのまま帝都に来たじゃん。手配書が回ってると思ったら家には帰れないのかなぁって思って……」
「な~んだ。そんなことで悩んでたの」
「俺にとっては大事なことなんだよ」
パエリアの言葉にルクスは膝に置いた空の手に力を込めた。
「それならもう解決。足の早い伝書鳩を飛ばしてパパに話つけてもらったから、だいたい元々難癖つけてきたのはあっちだからね。クビが飛ぶまでいかなくても謹慎くらいは受けてんじゃないの」
「じゃ……じゃあ家にはいつでも帰れるってこと?」
「そだよ」
「そんなことを、気にしてたのかルクス」
「普通は気にするだろ。逆に何で師匠は気にしてないんだよ」
「ん? それは大陸に帰ってから考えれば良くないか。いちいちお尋ね者になったかどうか気にしてたら、その日も次の日も憂鬱な気分で過ごすことになっちまうだろ」
「呆れた楽観主義だよ本当……」
「事情は良く分かんないけど、一件落着てカンジ?」
「そうだな。しかしドワーフの族長て権力あるんだな。自分の種族のことならともかく他の街の揉め事を治めちまうんだからよ」
「アナグラ王国の発足にはドワーフ族が協力してるからね。初代アナグラ王が伝説のドラゴンを倒したとされる剣は仲間のドワーフが作った剣なんだって。それ以来、ドワーフは国の庇護を受けて新しい王が戴冠すると時に、剣と腕環を献上する習わしがあるの」
へぇ〜歴史のお勉強をしてる気分だな。
ドワーフ族はアナグラ王国にコネクションを持ってるということか。じゃあエルフは? ヨヨイが語ってた話からして、同じく引きこもりぽいイメージあるんだが。
「そういや聞いてなかったけど、パエリアはこの国に観光か? それとも美味い物でも食いに来たのか?」
「どっちも似たようなもんでしょそれ。うーん……いいかな話しても。ここまで乗りかかった船だし。私はねこの帝都にある工房に依頼をしに来たの。次のアナグラ王国第27代ビザーネ王女の戴冠式に捧げる為の剣と腕環を作ってもらう為にね」
「ちょっと待ってよ。じゃあパエリアの姉ちゃんが王様の式で使う剣と腕環を作るってこと!?」
驚いた様子でルクスが言った。
いや俺だって驚いてはいるんだが、話が大き過ぎてついていけんぞ。
「残念ながら違う」
パエリアはふるふると首を横に振った。
「ドワーフの中で凌ぎを削った腕利きがまず選ばれるの。その中から次の王様が剣と腕環のセットで選ぶんだ。それで式で王に選ばれるとドワーフの族長の座も決まるの」
「なるほど。それで帝都の腕の良い職人に打ってもらうってことか」
「パパの対抗馬の一人はこれまでの流通を覆して、武器や装飾品に鉱石を一部の商会と取引きして、富を独占しようとしてるの。これまでは誰が来てもいいし、食料と酒と旅の話を提供したら、見返りに装飾品とかあげる文化みたいなのあったの。私は旅の人の話を聞くのが好きでさ、その伝統が壊さるのは我慢できないんだよ」
商会……商会ねえ。
嫌な予感がする。
「その商会の名は?」
「確かドフォール商会とかいったかな」
またドフォール商会か。
「パエリアその話協力させてくれ」
俺は迷いも淀みもなく決断した。
ビジネスチャンスにもなりそうだし、ドフォール商会に一矢報いる足掛かりになりそうだ。
「うーんまあいっか……二人とも弱そうだけど。第一級鉱石のオリハルコンはあるの。肝心なのは最高の打ち手なんだよね」
「パエリア……弱そうは余計だぜ」
「そうだよ俺と似たような背丈なのに」
「一度ならず二度も背のことを! ルクス頭出しなさーい!」
「うわぁああああ勘弁してくれー」
やれやれ、明日も騒がしい一日になりそうだな。
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