ドワーフの怪力娘
海の見える街シオンベゼネの朝は早い。
日の出と共にまず漁師達が船を出し、市場では早朝取れたての魚が「今日一番で取れた新鮮なサンマだよ、ニシンもあるよー」など威勢のいい声とともに、水の入った大きなタルに入れられ売られている。
俺は氷を売ろうと思って声をかけるのだが、早朝は忙しいのか、網の目を縫うように慌ただしく漁師たちが動いており取り付くシマもない。
「ちょっとお時間いいですか。あの氷とか……」
「どいてどいて。こっちは忙しいんだ!」
「魚を冷やす氷などは……」
「そんなとこに、ボッーとつったてたら邪魔だぞ!」
……ポツーン。
完全に空気ですわコレ。
氷販売あえなく撃沈。
「ちぇっ……これじゃ氷売るような雰囲気じゃねえな」
「どう師匠、氷は売れたの?」
「ダメだな。朝は忙しすぎるみたいだ」
「みたいだね。みんな忙しそうだ」
朝焼けの海を背にし、慌ただしく動く市場の漁師達を見てルクスは言う。
まだだ!
まだ、終わらんよ!
「ダスト!」
ポンっと小気味いい音と煙ともに、製氷皿に入るくらいの氷をガラガラと目の前に積み上げる。
「氷はいらんかね氷、魚を冷やしたり水に入れてもよし、用途は自由だよ~」
「氷だって?」
「バカなどっから出したんだ!」
「こんなところに氷があるはずが……」
忙しそうな漁師達が足を止め、氷に視線を釘づけだ。
よし畳み掛けるぞ。
「お代は銅貨1枚からで十分です、好きなだけもっていってくれ」
「量は本当にいくらでもいいのか?」
「いいですよ。どれだけ持っていっても」
小さいタルに氷を入れるだけ入れた漁師から、トル銅貨1枚を貰う。
漁師はホクホクな笑顔で去っていった後に、漁師達が氷の山に殺到する。
「俺にもくれ!」
「銅貨1枚からでいいのか貰うぞ!」
「魚を冷やせるのは有難い!」
もはやバーゲンセール状態で、漁師達が氷に群がる。
「はい押さないで順番に並んでください……あっ、お、おい!」
漁師の何人かが氷だけタルに詰めて、どさくさに紛れ何事もなかったように去っていきやがる!
「お代はっ……行っちまったよ!」
「あの人達、お代払わず行っちゃたよ師匠! どうするおいかける?」
「この場を離れるのは無理だ。仕方ないが売るのを優先する、ルクス一列に並ぶように人員整理してくれ」
「わ、分かった」
不慣れなルクスが手で漁師達を誘導するが、行列を見て時間がかかりそうだと判断した漁師達は去っていく。最終的に俺の手元にはミル銀貨7枚とミル小銀貨20枚、トル銅貨15枚が残った。おそらくだが、日本円に換算すると……ざっと2万円くらいじゃなかろうか。袋パックの骨なしチキンラーメンに換算すると70個くらいは買える計算だ。
思ったよりは稼げなかったな。
「ふぅ~師匠けっこう売れたね」
「予想よりは少なかったけどな、小腹すいたしちょっとメシ食ってから動こうぜ」
以前ユーリが教えてくれた店。
銀天秤のくじら亭という店にやってきた。
名前のとおり店先の看板には、銀天秤に乗ったコミカルなくじらが描かれている。
店は開いたばかりなのか、俺たち以外の客は2人ぐらいしかいないようだった。
「ところで師匠はどんな商人を目指してるの?」
どんなって……。
そういや考えてなかった。
「行商人とか街商人とかあるじゃない」
「行商人だな。一箇所に留まるのはガラじゃないんだ。荷物ってやつは多いほど、人をその土地に縛るからな。旅の荷物と俺自身は身軽でありたいのさ常々な」
「なるほど行商人か。ところで師匠って時々キザだよね」
「うるせえ!」
なんてやりとりをしている最中、女の店員がやってきた。
「ご注文はどうされますか?」
「まず飲み物はファンシーホップ入りのビール。アナグラエビの炙り塩焼き2つ。それとローロ産のミルク入りオートミールと海鮮サラダと子牛肉入りのシチューかな。ルクスは?」
「俺は飲み物はミルクティーで。それと鶏肉のオレンジジソース煮、あとカモのブドウソースとアナグラエビのレモンソース焼きと、ローロー産のバター仕立ての白パンで」
「かしこまりました」
「なんだよルクス。こんな時くらいビール飲めよビール」
「昼前から酒かよ師匠」
「酒は飲んでも飲まれるな。俺にとっちゃガソリンみたいなもんさ」
料理を堪能し外に出る。
かかった費用はミル銀貨5枚と、ミル小銀貨2枚とトル銅貨16枚の会計だった。
「いや~うまかったな、アナグラエビは本当に美味すぎだぜ」
「俺は初めて食べたけど、脂がのってて美味かったよ。遠くから客が来るだけはあるね」
「だろう。さてもう一仕事だ氷を売ってくるか」
「どこへ売るの師匠?」
「八百屋とか肉屋だよ食品は鮮度が命だろ」
「それ大丈夫かなぁ」
「まあ見てろって」
その後俺は、八百屋や肉屋に行き氷はいらんかねと声をかけたのだが――。
「氷ねぇ。アンタこれが何に見える」
「ふっ。見くびるなよ、解体してない豚肉だろ」
「そう豚肉だよ。氷の下に敷いたら肉なんかおいたらびしゃびしゃになるだろ、さあ商売の邪魔だ帰った帰った!」
そして八百屋に行くと――。
「いらないね。氷があったとこですぐに溶けちまうだろ。野菜の鮮度には大して影響がない」
「じゃああの、氷を口に含んでガリガリと水分補給するとかもできますが、どうですか!」
「何をワケの分からんことを!? 冷やかしならとっとと帰ってくれ!」
クソース!
突如砂漠にワープして、水なしで干からびることになっても、氷は売ってやんねーからな!八百屋のハチマキ親父に至っては俺に、鮮度の悪そうなトマトを投げつけてきやがった!
まったく……まっ投げられたトマトは食うけどな。
むしゃむしゃむしゃむしゃ……。
ん……瑞々しくて口の中に甘酸っぱさが広がっていく。そんな味は悪くねーぞこのトマト。
「ということだルクス。報酬はトマト1個といった具合だ」
「さすがにポジティブに捉えるにしても、無理があるよ師匠」
「さて、どうすっかなぁ。氷販売に成果は望めないし、ン?」
改めて街をキョロキョロしてると、挙動不審なお嬢ちゃんを発見。
細長い木の丸カゴを持って道行く人達に声をかけてるのだが、いやかけようとしてるのだが不慣れなのか声も小さく弱々しい態度なので、素通りされて途方にくれてるようだ。
「あの子この辺の人じゃなさそうだね。服とか見る限り多分、帝都の人じゃないかな」
とルクスがつぶやく。
確かにこの辺の人とは服装が異なるな、長めの衣装で確かブリオーていう服じゃないかな、あれは。
「おいそこの小娘」
「はい?」
「この辺りでは路上での販売は禁止だ」
と近くにいた衛兵が、途方に暮れていた娘を注意しにきた。
「そ、そうなんですか。私帝都で呼売商人をしておりまして、この辺りが禁止とは知りませんでした」
「そうだろうな服装を見る限り」
と言って厳しい目で娘を睨め付けている。
娘は委縮し下を向いて、うつむいてる様子だ。
んー?
俺は市場で漁師とか肉屋に野菜売りに、声をかけたけど注意はされなかった。
ということは、個人販売ならいいってことだよな。
漁師に氷売ったのは路上販売に該当しそうだが……早朝だから衛兵いなくてラッキーだったてことかな。
そう推理する。
「とにかく詰所まで来てもらおうか。話はそこで聞く!」
「い、いたっ……離してください!」
衛兵は乱暴に女の子の手を捻り上げ、木のカゴが落下し中身の包帯やイチジク、ブルーベリー、イチゴなどが地面にぶちまかれる。
「おい! やりすぎだろ!」
ルクスが横暴な衛兵に対し、勇ましく声を張り上げた。
「なんだ貴様ら? 妨害しようというなら貴様らもしょっぴくぞ!」
ちっ……めんどうくせーことになってきたな……。
ダストでこの衛兵の頭上からビンでも落として逃げるか? いや……適当に試してたスキルミックスで唯一の成果があった、(小麦粉+ガシャポン玉)
灰色の煙を使ってみようかな。
これを使うとどうなるかというと、その場にガシャポン玉を叩きつけると忍者よろしく、もくもくと辺に煙が立ち込め相手の視界を塞ぐことが出来る。ちなみにこっちの視界も塞ぐことになるし、小麦粉まみれにはなるわ、離れたとこに投げないと大して意味はない!
「やめなさいよ。嫌がっているじゃないかっ!」
「なんだお前?」
そこにはビシッと指を差し、白い髪でツインテールのこれまた背の低い子がいた。
特に目を引くのはその格好だ。
ピンと伸びた耳で片方には輪っかのピアス。可愛らしい容姿とはアンバランスで、鉄の鎧を纏い大木で一刀両断できそうな重厚な斧を背中に背負っている。
ドワーフの女の子か?
爺さんや男をアルフレンドで見かけたことはあったけど、女の子を見るのは初めてだ。というか本当に怪力なんだな、見るからに重そうな見た目なのに平然としてやがる。
「アナグラ住まいのドワーフか。黙って穴に籠っていればいいものを、お前も詰所に来るか?」
「やってみなさいよ」
と近づいてきた衛兵は口元に笑みを浮かべ手を伸ばすのだが、逆に軽々と腕を捻りのけられる。
まるで赤子の手を捻るといったようにだ。
「いてッ……いててててっ……いてっ、やめろっ!」
「アナグラ王国の人間って、口だけのは一丁前だよね、もう少し身体鍛えたらどうかな?」
「クソッ……なんて馬鹿力だ!? いて……いててててっ……ぐわぁああぁ腕がお、折れるっ!?」
「一つ今後の為に教えておいてあげるよ。ドワーフの嫌いなものの一つはバカと言われること。二つ目はエルフの人間達、三っつ目は女の人を尊敬しない男の人、それから四っつ目は弱い男の人間だ」
と言い男の尻を勢いよく蹴り飛ばすと衛兵は、一回転してもんどりうってケツを突き出し倒れこむ。
4つもあるじゃねーか。
「クソっ……覚えていろよ今すぐ衛兵を呼んでくるからなっ!」
べーっと舌を出してドワーフの少女は、勝ち誇った仕草をする。
ご意見、感想などありましたら作者が泣いて喜びます。