スキルレベル5ミックス解放
それはただっ広い草原地帯を抜け、アフレンドの街道へと向かう途中のことだった。
実に珍妙な生物というのが世の中には存在する。
自称超ダンボールと名乗るダンボールでできたポンコツ精霊や、頭から何故か透明なビニール袋を衣類のように被り、質量の軽そうな羽をもつピンク髪の毒舌精霊。この世界でライオンとワシの姿を併せ持つグリフォンなどの生物もこの目で見てきた。
多少のことでは驚かない自信があった。
「師匠……さっきから、となりになんか変なのが飛んでるんだけど」
「知ってる……なんだお前?」
知らないフリを決め込んでいたが、
表情にとまどいを張り付けたルクスが言葉にしてしまったので、さすがに無視するのにも限界が訪れた。
驚きを通りこしてなんと形容すればいいのやら。
そのヘンテコな姿ゆえに、マヨラーのところの精霊だとすぐに理解はできた。
「初めましてアツト様。私は主神マヨラー様に仕えし序列第1位のダスティーと申します」
「……あ、ああ」
俺のフルスイング無視など、なかったことのように澄んだ声で言葉を返してきた。ベージュを基調とした何層かの長さの違う衣を纏い、天使を思わせる大きな白い両翼をもつ女の精霊。首には虹色の一枚貝をかけ、素足の足首には丁寧に編まれた真珠つきのアンクレット。
見た目や雰囲気からして、さすが序列第一位と納得させるだけの気品や高潔感を漂わせている。
頭にすっぽり被っている鉄バケツがなければ……の話だ。
前は見えているのか?
そもそも、なぜ鉄バケツを被っているのだろうか?
とパッと見て分かる疑問は、とりあえず胸の内に飲み込んでおく。
格好はともかく喋り方はとても丁寧だ。その奇妙なギャップ故に、どこまでがおふざけでどこまでが本気なのか、常人の感性で理解をするにはあまりに難しい。
「アツト様のスキルがレベル5になったので、そのご報告に参りました」
「上がったのか!」
スキルレベルが5になったということは、スキル【ミックス】が使えるようになったということだ。よく分からん能力だがゴミを合成できるということは覚えている。
この世界では神への信仰心がフツーに根付いている。神が作ったされるアーティファクトとかすごい道具が普通に残ってるらいだから。火と鉄の神イフリート、水の神アクア、旅と風の神シルフィなどメジャーな神に比べマヨラーは不人気らしいがな。
だからマヨラー信仰してみないかと言った時も、「「「誰ソレ?」」」とこんな反応だった。
まあ晩飯を決めるような感覚で了承を貰ったがな。さっそく祭壇をつくる為に、家の外に薄い板をひな壇のように組み立てて仕上げ、白い布を一枚敷いたものを祭壇に見立て、マヨラーの好物とやらの魚の骨を供養した。
不思議なことに魚の骨はスゥっと、色が失われてゆくように消えていった。
マヨラーが亜空間的なとこから手づかみでもして、むしゃむしゃバリボリと食ってるんだろうか? なんとなくそんなお行儀の悪いイメージを抱いた。ともかくレベルが上がったのは、これの成果だろう。
「では、スキルについて説明させていただきます。手で対象の物に触れ【ミックス】と口にすると合成可能です」
「へー随分と簡単に使えそうだな」
「ただし、それは成功した場合のみです。失敗した場合は対象の物を二つ失います」
「ちょいとリスクが高くないか? 手元に残るならまだいい試行回数を増やせるからな。高価なものとか稀少なものも失うなら、おいそれとできねえじゃん」
せっかく面白そうなスキルだというのに、これじゃ拍子抜けだ。
「ですからレベルゼロの召喚物で、色々お試しするのがいいと思われます。ちなみにスキルミックスで合成したものには特殊な能力がつきますからね。そうそう序列第三位のチョコレーから、預かってきたものがありますからお渡し致します」
とダスティーが言うと、虚空から一筋の光の柱が現れ、青い折りたたまれたビニール風呂敷がゆっくり落ちてくる。あれだよな花見とかで下に敷くビニールだよな。なぜにわざわざチョコレーはこれを俺に?
「そのビニールとダンボールでミックスを使うと、ダンボールハウスを合成することが可能です。とチョコレーからの伝達です。私の用はここまでですが、何か質問はありますか?」
質問といえばそりゃあ。
「あのな。素朴な疑問なんだけど、何でバケツ被ってんの?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ。
この天気のいい快晴の下で異様な雰囲気が、この場に立ち込める気がした。
まるで邪気をとりこんだ暗雲が、うねりこんでいくかののような気配だ。
それを醸し出しているのはもちろんダスティー。
「私の素顔を見たいと……そう言われるのですか? 深淵をわざわざ覗きこまなくてもよろしいというのに。台風の日に最初にケガをする者はいらぬ好奇心を出す者と相場は決まっているのに。好奇心はね猫を殺すんですよ……そうコロスんですよ、コロすんですよ、コロすんですよ。ならば深淵をお見せシマショウカ、ウフフフフフフ……アーハッハッハッハッハッハァッー!」
イカン、急に壊れたファミコンソフトみたいにバグっとる!?
早くリセットボタン押さないと!
まともなヤツだと思ってたのに高笑いしてるし、コイツもやっぱりポンコツの系譜かい!
「いい! 素顔は見せなくて別にいいから! もう用事もないから!」
「あら。そうですか、それでは私はこれにて失礼いたしますアツト様」
といい別れの貴族みたいな振る舞いをして、何事もなかったかのように、フッと消えていった。
ふぅ……素顔見たらやべー雰囲気だったな。
できるだけ関わりになりたくない精霊だ。
さて、やってみるか。
ダンボールを何個か召喚して重ね、ビニール風呂敷に両手をおき「ミックス!」
両手から溢れるような光が溢れ、ポンっと軽快な音と立ち込める煙のあとにだ。
目の前に立派なダンボールハウスが現れた。
「うぉっすげっ!?」
「師匠これは?」
「これはなルクス。家だよ家」
現代を生きるホームレスにとって立派な城。
ダンボールで組まれたその家は、屋根部分からビニール風呂敷を被せたように、ダンボールと風呂敷の見事な調和で彩られていた。
中に入ってみると、見た感じ天井も高いしダンボール製の窓やテーブル、それに二段ベットまでついてる。広さは8畳くらいの1kタイプ。
触ってみるとダンボールなのに、なぜか伸縮性がある。
これはチョコレーが言っていた、超ダンボールてやつなのかな。
廃鉱山バルブに行くときに一度宿に泊まったが、木製だから上の部屋の足音のうるせーことうるせーこと。
壁を手で叩いてみたが、謎の伸縮性で防音性もしっかりありそうだ。
床を叩いてみたがフローリングよりも防音性も強く、案外快適に過ごせそうだ。
「これ普通に寝れそうだね師匠」
ルクスはダンボール製のベッドに寝転がってそう言う。
「ああ。雨露もしのげそうだし宿代が浮きそうだ」
せっかくなのでここで一晩過ごしていこう。
「なあルクス。思ったんだが、これ解体どうするんだ?」
「さあ。俺に聞かれても」
「……だよな」
結局、ここで一晩休んだ。
ご丁寧にテーブルにあった説明書を読んで、解体に1時間もかかった。
組み立ては秒で出来たが、解体がめんどくせえ!