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弱者の気持ち、新弟子誕生

 

 リシェルにサイフが盗まれた経緯を説明すると、これからどうしたらいいかその答えは簡単に返ってきた。蛇の道は蛇、同じ盗みを生業をするものには、鋭敏に感じとれるものがあるだろう。




 まず金髪小僧は軽装だった、俺が見たとこバック等も持ち合わせていない。この広い草原で食料もなしに遠くに行くのはあり得ないことだ。そして歩いて半日以内の場所に住処があるという結論をリシェルは出した。


 たき火の中心を見つめ、両手で口元を隠すようにあまりに断的に言うから、俺はその根拠を問いただす。バックを実は少し遠くに置いてきた可能性。もしくは盗みの際に邪魔になるので隠した可能性、それを指摘する。


 リシェル曰く盗みの際に荷物を身軽にするのは当然のこと。だが食い物を例えば偶然に野犬に盗られたりしたら、動けなくなる可能性があるので、それはあり得ないそうだ。盗みの計画は立てれても偶然までは防げない。


 もう一つは、あまりに手慣れていて計画的すぎるという点。


 生物に食物連鎖があるように、盗人にも捕食すべき対象と必要な環境があるのだという。

 このだだっ広い草原で獲物が、いつ来るのやも知れない対象を待つのは効率的にあり得ない。とすれば、やはり住処はこの辺りにあるのだと結論に至る。



 警察のプロファイリングのように、鮮やかにリシェルは持論を展開した。まるで金髪小僧の行方が頭の中で見えているみたいに。


 だからリシェルの案で、今日中に小僧を追うことに決定した。

 寝る気全開だったから、明日にしようぜと提案したのだが、明日には金の行方はどうなっているか分からない、それが盗人の習性だ、そう言われ確かにと納得する。




 夜の草原はまるで影絵だ。何もかもが黒く暗い海の夜にいるみたいで不安になる。一応リシェルがたいまつを持ってるけどね。



「ポケット、ダスト!」


 ライトを取り出してカチッとな、よし問題なし。


「……は?……え? ちょ、ちょっと何ソレ?」


「何ってライトだけど」

「どこで売ってんの?」


「秘密だ」

「え~教えてよーいい金になりそうじゃん」


「……路上でも売れると思うか?」

「売れるよ小さいし、もしアンタがこんな夜に草原で、たいまつを切らしたらどーするよ。そこに都合よくそのライトとかいうのが売られてたとする」

「買うだろうな。暗闇の中で光源もないんじゃ不安になる」

「でしょー。だから教えてよー」


 その内な。とこの場は話を終わらせる。

 リシェルは何を企んでるか分からない、下手に話に乗っかると、また出し抜かれるかもしれない。


 お互いに利害が一致して、組んでるだけだからな一時的に。近寄りやすそうな、猫っぽい顔してながら中身は雌ヒョウみたいな女だ。



「そうそう一つ言い忘れたけどさー」

「ん?」


「ガキの内からそんなことをしてるヤツは、ロクな環境のヤツじゃないだろーね。まっ私が言えた義理じゃないけどね」



 リシェルは急に冷たく言い放つ。鋭利な刃物を感じさせるような温度の声色。そう言われるとこれからサイフを取り戻そうとする決心が鈍りそうになってしまう。複雑な家庭環境の小僧ってことだろ。



 それからほどなく歩いて、草原にぽつんと佇む一軒の掘っ建て小屋を発見した。仮に地図があっても同じ場所に再度来るのは難しいだろう、さながら迷いの森に

 ある蜃気楼てとこだな。



「多分、当たりだよ」とリシェルは言う。


 ライトで家の造りを照らす。藁葺きで木や泥を固めて作ったような趣きだ。触ってみると案外しっかりした作りだ。


 今度は周囲を照らしてみる。畑がある、何やら野菜を育ててるようだ。


 リシェルが俺に手招きしているので近づくと、小さな木窓があった。くいくいと指を向ける。中を伺えってことね。


 そろーりそろーり中の様子を見る。まるで俺の方が泥棒になった気分だよ。


 僅かな隙間から見えるのは、眩しい金髪小僧の後ろ姿

 。ベッドにいる誰かと話をしてるみたいだ。他にも何人かいるな、気になるのは俺の耳に入ってくる声が全てやたら幼いということ。



 しかし、すごいな。

 マジで僅かな情報から、金髪小僧の家を割り当てたリシェルの勘には脱帽してしまう。



「当たりだよリシェル」

「このぐらいの勘がなきゃ、やってられないからね。さあ金を取り返そうか」


「えと……でも、どうやって?」

「私に任せなさい」


 ドンと自分の胸を叩くリシェル。家のドアをコンコンと叩く、強めでも控えめでもなくほどほどの主張音。


 だが反応はなく、リシェルは同じような強さで再度ノックをする。



「はい? どなたかしら?」

「誰かな……こんな夜中に」

「待て開けるな、声を確認するんだ」



 やっぱり聞こえてくるのは幼い声ばかりだ。中の警戒したような様子が伺える。単なる防犯の危機感からか、はたまた咎められるようなことを、常日頃からしているのか、それは俺には分からない。


「あのー」

「はい? 何でしょう」


「水を一杯貰えませんか。道に迷ってしまって」


「……兄ちゃん、どうするの?」

「いいよ開けても」


 ドアを薄く開いて顔を覗かせたのは、金髪小僧より幼い坊主頭の子どもだった。服装もボロで年は10にも満たないだろう。


「よぉー」


 リシェルはすかさずドアに足を挟む。


「金の回収にきた。さっさとあるモン出しな」


 悪役みたいに壁に腕をついて凄むリシェル。俺の方からも金髪小僧の姿が見えて、目が合った。



「逃げろっ!」


 その瞬間だった。

 金髪小僧が叫ぶ。パタパタ足を響かせて子ども2人が奥のドア目掛け走っていく。後ろにもドアがあったのか、流石に気付かなかった。




「だーれが逃がすか」


 リシェルは金髪小僧の襟首を引っこ抜き、投げすてるように片腕で引っ張る。床に叩きつけられた小僧は苦悶の表情を見せた。




「ぐっ!?」


「サイフ出しな」

「な、何のことだ。ここにそんなもの……」


「……うぁっ!」



 リシェルは容赦なく小僧の顔面に蹴りを入れた。加減なんてありゃしない本気の鋭い蹴り。小僧の鼻からは鼻血が流れてくる。


 ……何でだろうか。

 どうしてサイフを盗まれた俺が、加害者意識を感じてるのだろう。悪いことをしてる気分だ、胸の中がモヤモヤする。


 ベッドの上に腰掛け、怯えた顔を見せる少女のせいか? それともホームレスだった社会的弱者の自分をこの子どもらに重ねているのか?


 分からない。自分の心が分からないけど、このままではいけない気がする。


「いいから出せよ」

「……うぅっ!」


 今度は馬乗りになり顔面への一撃。これにも加減なんて微塵もない。ゴツンとした乾いた音が虚しく響いた。多分リシェルは人を殴ることに慣れている。



 俺の心臓の鼓動がバクバクと早くなる。何にたいしてだろう、このリシェルの暴力に対してか?


 おかしいな。

 俺は被害者なのに。

 とにかく止めなくちゃ。


「おい、少しやりすぎじゃないか」


「やりすぎ? おかしなことを言うねー盗まれたんだろサイフ。被害者が盗まれたサイフ、戻らなくていいなんて言うのはおかしな話じゃないか」


「殴ったり蹴ったりするのが、やりすぎだと言ってんだ俺は」

「甘いね、甘々だ。そんなんじゃまた盗まれるよ、今度はサイフじゃなく命を取られるよ」



 リシェルの言い分は正しい。

 盗人に同情してたらキリがない。



「それからコゾー。泣かないとこは流石だけど、アンタが何でこんな目に合ってるか分かるかい?」


 金髪小僧は怯えた顔で、フルフルと首を横に振る、怯えきって絶望した顔で。


「失敗したからだよ。私もアンタと同じく盗人の悪党さ、何故こうしてられるかといったら、大きなドジをしなかったからさ」



 そう言ってさらに、首を掴み往復ビンタを食らわす。何度も何度も。



「……ぁうっ!」


「もういいやめろ!」



 俺は衝動的にリシェルの肩を掴み、止めに入った。


「離しなよ。私が契約したのはサイフを取り返す契約だ、別にどうやって取り返すかの取り決めはしてないだろ」


 コイツ……猫みたいなあざとい見た目から、想像以上にヤバいやつじゃないか。すごく冷たい目、そして殺気を向けられる。腰元のナイフにリシェルは手をかけている。


 俺も引けずに睨み返す。

 クソっ……何でこうなるんだよ!?


「もう止めてください! ルク兄は私の薬を買う為に。そして下の子らを養っているんです!……だからお願いします」


 泣きそうな、少女の悲痛な叫びがこだまする。沈黙がしんしんと降り積もり、時が止まったような感覚を覚える。リシェルも俺もその場に立ち尽くした。


 この無言の間が……痛い。



「ルク兄ちゃんをいじめるなっ」

「このわるものおんなっ」


 裏から逃げた子ども二人が走って戻ってきた。恐らく見てたんだろう、さっきのまでのやりとりを。泣きながら抵抗するように、力ない拳でリシェルの胸辺りをポカポカ殴る。


 この場に正義の味方なんて存在しない。いや何が正義かなんて主観で曖昧な定義だ。この場で正義足り得るのはきっと力。


 力のある者が正義だろう。

 その力の名を、暴力と人は呼ぶだろう。

 だが、大人と子どもじゃ力の差は歴然。


 抵抗しなかったリシェルだが、面倒くさそうに子ども二人の腹に容赦ない蹴りを入れた。


「うっ……うわぁああああん」


 蹴り飛ばされて目を丸くした二人は、やがてわんわんと泣き出した。


「今度は、弱者を振りかざして憐れみを乞おうってか。それがガキの特権と思ってるなら反吐が出るね、もういいからさっさと金を出せってんだ」



 金髪小僧は次第に嗚咽をあげ、弁明を始める。


「ごめんなさい……ごめんなさい、お金は薬を買ってもう半分もないです……許してください」


 と目を覆い泣きながら言った。その様はせめて涙だけは見せないようにと、精一杯の強がりに見えた。



「チッ……とことんしらけさせるね」


 金髪小僧からサイフを受けとったリシェルは、中身を確認する。


「たったこれだけかい? 金貨の1枚もありゃしない」

「元々、そんなになかったからな」



「アンタ、瓶とか売ってるから金持ちだと思ってた。で、どうするのコイツら? 奴隷商にでも売るかい、そういうルートも知ってる。ベッドにいる貧弱そうなガキ以外は売れると思うよ」


「なっ……何でもするんで、それだけは勘弁してください。ひっく……ひっく……お金は必ず返します」



「どうやってよ。アンタらみたいな教養のないガキをどこの誰が雇うんだい? 親は? どうせ身元不明の孤児なんだろ」


 それはきっと真理だろう。

 この子らに親はいない。金髪小僧は言葉を返せずに、うつむいてしまう。四方八方塞がりとはこのことだろう。


 助け船を出せるのは俺しかいない。



「その金は全部、手間賃としてリシェルに渡す。それからさっきのライトとビンも好きなだけやる。それでもまだ不足か?」


「うん……世の中お金! 毎度あり!」


 冷たい表情を崩してリシェルは笑う。本当、潔いくらい金に忠実なヤツだ。とりあえずこの場は収まった。


 リシェルは袋にビンとライトを詰めるだけ詰めて、外へ出ようとする。


「忠告しておくよ。アンタ商人に向いてないね、必ず失敗するよ。利を取らずに逆に施しを与えるとか甘すぎる」



 忠告がズキリ心臓に突き刺さる。だろうな……それでも俺は弱者を踏み付けてまで、利益を得たいとは思わない。物を売って相手を笑顔にするのが、商人の本懐だと思う。


 イレアさんや孤児院の皆だって、裕福じゃないのにこんなオッサンの俺を受け入れてくれたんだ。


 優しさってのは、経済的余裕、精神的余裕から生まれるものだと俺は思う。



 だけど、持たざる者が優しさを失くして、弱者同士奪い合う世界なんて悲しいじゃないか。


「客あっての商人さ。俺はこのやり方で商人の世界でてっぺんをとってやるよ」



 精一杯の強がりを見せる。


「無理だと思うけどね。さっきのような決断を下せないなら、アンタは甘い凡人のままさ。非情な決断を下せるヤツが英雄と呼ばれるのさ。まあ夢見るのは自由さ好きにしな」



 リシェルはそう言い去る。さてさてこの空気をどうしたものか……子どもらは全員泣いている。リシェルが去って少し空気が柔らかくなった気もするけど。


「なあ」


 金髪小僧はビクっと反応し身をすくませる。


「そう怯えるないでくれ、何もとって食おうってんじゃない。お前の名は?」


「……ルクスです」

「ほら立ちなルクス。商人やってみないか? 俺はこれでも商人なんだ、ちょうど弟子が欲しかったんだ」


 ははは、商人といってもまだ自称みたいなもんだけど。乗りかかった船さ。とってやるよ甘さを、優しさの責任てヤツをな。


 ルクスは目元を拭い、コクリとうなずき俺の手をとった。





ようやく本格的に商売の話に移行します。

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